17/62
十六
「――まぁいいや」
僅かな睨み合いの後、ハクビが少年から目を逸らした。やれやれと言うように肩を竦める。
「今は深く追及しないでおくよ。そろそろ帰らなきゃいけないし」
ハクビの言葉に、少年が目に注いでいた力を抜く。ホッと息を吐いたのが見て取れた。
「でも私、キミに興味が出ちゃったんだ」
「…………は?」
ハクビの言葉に少年はバッとハクビを振り返った。再びハクビを凝視する。ハクビは、満面の笑みを浮かべていた。
「またキミに会いたいな。明日も此処に来て良いかい?」
「はい?」
「私の名前はハクビ。これからよろしくね」
「はあっ!?」
一方的に告げられた名前。それはまるで、宣戦布告のようで。少年はただ、ニコニコ笑うハクビの顔を、目を見開いて見つめていた。顔が引き攣る。
そんな二人の間を、凍える様な力強い北風が吹き抜けていった。もうじき多くの草花や木々が眠りだす冬が来る、そんな、肌寒い晴天の日の出来事であった。掏摸をして必死に生きる浮遊児の少年は、ふらふらと街を歩く得体のしれない男、ハクビに、出逢った。