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2-6

「それじゃあ行こっか? 一応大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐに私の後ろに隠れてね?」

「は、はいっ!」


 気を取り直し、今回の目的であるモルム草採取に取り掛かるとしよう。

 "気配感知"で既に分かっていた事だが、こちらに敵意を抱いた魔物が襲い掛かってくるなんて事も無く、私達はつつがなく森の中へ入っていく。

 森に足を踏み入れた途端、濃密な木々の香りが鼻孔をくすぐった。

 水気のある、()んだ空気だ。

 私は鼻をすんすんと慣らし、その臭いを嗅ぐ。

 ―――異臭は、しない。


「臭いは異常なし、と」

「臭い、ですか?」

「うん。今は普通の森の臭いだからいいけど、これが血なまぐさかったり、あるいは変に甘ったるかったり、そういった不自然な臭いがした時は要注意なんだ」


 冒険者にとって、臭いを嗅ぐ事は最も簡単な危機回避方法だ。

 嗅ぎなれない異臭がした時は、それ即ち異変が発生しているという事。

 血の臭いは言わずもがな。

 甘ったるい香りは食人植物が近くに居るというサインだ。

 それら異常な臭いを嗅ぎ逃さない事が、冒険者の命を今日から明日へと繋ぐのである。

 ……とはいえ、しきりに臭いを嗅ぐ姿はまるで犬のようで恥ずかしくもあるが、犬の真似事で命が助かるのならば大いに真似すべきだろう。


「そうなんですか……なるほど、なるほど」


 神妙に話を聞いていたリリィは、私の言葉を逐一メモに書き落としているようだ。

 森の中では足場も不安定だろうに、不思議とバランスを崩す気配はない。

 取材を続けるうちに身につけたバランス感覚が成せる技なのだろうか?

 淀みなく私の後ろに続くリリィの姿に奇妙な感動を覚えつつ、先へと進む。


「さて……そう深いところには生えてないとは思うんだけど……どうかなっと」


 地面に注意を向けながら歩く。

 モルム草はさして珍しい薬草ではない。大抵の森にはほぼ必ずといって言い程生えている。

 さらに特徴として小規模の範囲に群生する為、一度見つけさえすればすぐに目的の量を刈り取る事が出来る。

 繁殖力も強い。根こそぎ刈り取るような真似さえしなければ一、二ヶ月程度で生え揃う。

 それでいて傷薬になる程度の薬効があり採取もしやすいのだから、まこと便利な植物である。


「……よし! 見つけた!」


 探索を続けること数分。ついにお目当てのモルム草が見つかった。

 モルム草の見た目は、前世において数世紀前に絶滅したクローバーと言う植物に似ている。

 まあ似ているとはいえ、大きさは数倍ほどもあり、葉の数も三つから六つになっていたりとかなり変化があるのだが。


「わぁ……。自然のモルム草ってこんなに大きいんですね……」


 リリィがしゃがみ込んで、興味深そうにモルム草を見つめる。

 メモ帳へのスケッチも忘れずにこなすあたり、芸が細かい。


「そうだねー。家庭で育てる事も出来るけど、やっぱり自然で育った方が大きくなるし、効き目も良いのが育つっていう話を聞いた事があるよ?」

「そうなんですか……。私みたいな一市民からすると、モルム草は傷薬の材料としては知っていても、現物を目にする事はあまりないですから、なんだか不思議と新鮮な気分です」


 そう言いつつ、リリィは屈託のない笑みを浮かべた。


「――――――」

「? どうかしましたか? レナさん?」

「あ、や……。よ、よかった! うん! も、もしこれでリリィさんがモルム草について私よりも詳しかったら、今日はとことんつまらない一日にさせちゃったかもしれなかったから、さ」


 声がやや上滑りになってまった。

 あ、危ない。

 何が危ないってリリィの笑顔が危ない。

 胸にきゅんとくる。


「もう、そんな事ないですよレナさん。まるで一緒に冒険しているみたいで、楽しいです」

「……そっか」


 まずいな。顔が熱くなってくる。


「よ、よーし。それじゃあお昼も近いし、早めに終わらせちゃうね!」

「はい!」


 私はにやけそうになる表情を抑える為、モルム草の収集作業に徹することにした。

 あのままだと絶対に気持ち悪い笑みを浮かべてしまっただろうし。

 ……小さなナイフを使い、モルム草の根っこの周りをくるりと掘る。

 続けて根っこを切り取り、簡単に土を払ってから布袋の中へ。

 これら一連の作業を布袋が一杯になるまで続ける。

 作業は物の数分で終了した。


「ふぅ、こんなものかな。……取材に使えそうなシーン、あった?」

「うーん……あはは。ちょっと微妙……かもです」


 リリィは苦笑している。まあ無理もないだろう。

 作業を始めた頃は熱心にメモを取っていたが、それも最初の内だけで後は作業を見つめるのみ。

 この数分間で新聞の一面を飾る記事を書くに相応しい何かがあったとは、到底思えない。


「いやぁ、分かってはいた事だけど……なんか、ごめんね」

「いえいえ、大丈夫です」


 元々派手な依頼を受ける気が無かった為に気まずく思うところはあれど、これが紛れもない冒険者の現状である。

 リリィには粛々と受け止めてもらうほかない。

 だが、薬草の採取シーンだけというのも物足りなさ過ぎるだろう。

 街に戻ったら冒険者ギルドが懇意にしている薬局まで行って、傷薬を作る現場も見せてあげたほうがいいだろうか……。

 いや、それはそれで「私の密着取材」というよりも、「モルム草が傷薬になるまで」に主旨が変わってしまうか。

 ままならないものだ。


「えと、とりあえずこれで依頼の分は済んだから、お昼にしようか?」

「そうですね、私もちょっとお腹が減ってきちゃいました」


 まあいい、まずは昼飯にしよう。

 掘り起こして荒れた箇所を簡単に直しておき、適当に拾った木の枝をモルム草の群生地の前に突きたてておく。

 これは冒険者間で伝わるローカルルールで、この目印のついたモルム草は採取したばかりだよ、というメッセージ代わりになる。

 いかに採取の容易なモルム草とはいえ、根こそぎ刈り取ってしまっては元も子もない。それを防ぐ為の印というわけだ。

 今回は目印が無かった為、恐らく何処からか飛んで来たモルム草の種がこのあたりで芽吹き、群生するまで誰にも見つからなかった、という事だろう。


 後始末を済ませた私は、少しはなれた場所に背嚢から取り出した防水シートを引いた。

 続けて防水シートの四隅に開いた穴に楔を打ち込んで固定。

 その後水筒の水で簡単に手を洗い、背嚢から食パン、干し肉、塩胡椒、卵、乾燥野菜、お皿、その他もろもろを取り出して並べていく。


(リリィさんも居ることだし、ちょっと奮発してみようかな)


 始めのうちは特に反応もないリリィだったが、食品に続き五徳やフライパンに鍋まで出てくると流石に慌て始めた。


「レ、レナさん? なんだか、袋から出てくる量と袋の大きさがあっていないような、気が、するのですが……」

「ああ、これ? これは故郷の友人が餞別にってくれた魔道具でね、見た目の五倍は荷物が入るんだ」


 前もって考えておいた言い訳をすらすらと述べる。

 まるで嘘っぱちだが、内容量が見た目と合致しない袋という魔道具は実在するので、あながち嘘というわけでもない。

 ちなみに魔道具とは読んで字のごとく、魔法の力を宿す道具の事である。

 私が装備している力のネックレスといったものが、それにあたる。


「おおお……! それはまた、貴重な品物を頂いたんですね!」

「うん、とっても便利でね。重宝してる」


 喋る間にもてきぱきと準備を進める。

 五徳を組み立てて、その上に蓋を落とすように、円盤状の鉄板にコの字の収納スペースがついた付属品を装着させる。

 収納スペースには魔石を入れる。入れる魔石は勿論火の魔石である。

 火の魔石に魔力を通し活性化させると、すぐさま高熱を放ち始める。

 熱くなってきた鉄板の上に鍋を乗せ、水筒の水を入れ、続けて乾燥野菜と干し肉を投入する。

 乾燥野菜と干し肉は加工中に濃い味付けがされているので、湯や水でふやかすだけで即席のスープになる。


「おお……! さすがです、手馴れてるんですね」

「えへへ、まあね。これでもいっぱしの冒険者ですから!」


 火の魔石の熱は強い為、鍋の中の水はすぐにお湯になり沸騰し始めた。

 後は放っておけば勝手にスープが出来上がる。ひとまず鍋を下ろし脇に寄せ、新たにフライパンを五徳の上に乗せる。

 フライパンに熱が行き渡るまで待ち、頃合になったら干し肉を二つ載せ、ガチガチに固まった脂が溶けるまで少々待つ。

 溶かした脂をフライパンに回したあたりで、卵を二つ割り目玉焼きを作る。


「リリィさんは両面焼き派? それとも片面焼き派? それとも、ぐちゃぐちゃ?」

「え、えーっと……両面焼きで、お願いします」

「はい、両面焼きね」


 頃合になった卵をフライで返し焼いていく。

 しっかりと焼けたことを確認したら、食パンの上に焼いた卵と干し肉を一つずつ乗せて、軽く塩胡椒を振り、食パンで挟む。

 そうして、昼食の出来上がり。というわけだ。


「えー。レナ特製! 目玉焼きと肉のサンドイッチに、野菜と肉のスープになります!」


 シートの上にはカップに注がれた湯気を立てるスープと、肉の香ばしい香りが漂う目玉焼きサンドイッチが二人分。

 それらを目を丸くして見つめるリリィは、おぉ……。おおぉ……。と感激している様子だった。


「す、凄いです。こんな短時間で、あっという間に……」

「"時こそ唯一黄金を越える"だったっけかな。何にせよ、素早く済ませる事は冒険者に必要な技能ですから!」

「レナさんは、いつもこんな風に料理を?」

「いつもってわけじゃないけどね。今日はリリィさんがいるから特別(・・)

「そうでしたか……恐縮です」

「あはは、いいよいいいよ。さ、冷めないうちに食べちゃおう?」

「そうですね。頂きます」


 二人一緒に手を合わせて昼食にありつく。

 サンドイッチだけのつもりがスープも作ってしまったが、よしとしよう。


「むぐ……。美味しいです、とっても」

「よかった。頑張って作ったかいがあったよ」


 小動物のように可愛らしく食事するリリィの姿を拝める事も出来たのだし。

 ……とは言え、いい所を見せようとちょっと張り切ったばかりに、無駄に使ってしまった火の魔石の出費分を思うと先が思いやられる。

 普段であれば魔石なんて使わずに、枯れ木や落ち葉を集めて一から火を起こしている。

 それに卵も乾燥野菜も使わない。勿体無いからパンと干し肉を齧り水で流し込むだけだ。それが本来の私の仕事中の昼食だ。

 リリィが居るからこそ、本当に今日は特別(・・)なのである。

 節制に励むのは冒険者の常。

 それは私とて例外でない。


(依頼の報酬と食費の差し引きで、赤字確定だなぁ。アハハ……)

「……?」


 デスグリズリーの一件で懐が暖まっているとはいえ、流石に精神的に来るものがあった。

 貧乏性だなぁ、と遠い目をしつつスープを啜る。

 そんな私を、リリィは不思議そうな顔をして見ていた。



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