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2-7

 ―――それは昼食を終え、食後の白湯を飲んでいる最中のことだった。

 ごごん。という、くぐもったような衝撃音。

 何かが崩壊したような。あるいは爆発したような。

 明らかに異常と分かる轟音が森の中に響き渡った。


「―――なっ!?」

「きゃあっ!?」


 カップを投げ捨てて即座に立ち上がり戦闘態勢に入る。

 素早く引き抜いたアイアンショートソードを逆手に握り、油断無く構える。


「"気配感知"」


 技術(スキル)を発動し周囲を確認する。

 しかし、少なくとも近辺に怪しい気配は感じられない。


「レナさん、今のは一体……?」

「分からない。……とにかく、一旦ここを離れよう。驚いた獣や魔物と鉢合わせるかもしれない」


 もしこの場に私一人だけだったのなら、興味本位から近辺の調査に向かったかもしれないが、今は一般人たるリリィが側に居る。

 彼女の身に万が一があっては冒険者の、いや、それ以前に私のプライドに関わる。


『―――では魔物が出た時は、この不肖レナ・ナナセが命に代えてもリリィお嬢様を守ってみせましょう』


 冗談っぽく言ったにせよ、私は彼女を守ると決めた。

 美少女を守り戦う。それは願ってもない事だ。

 加えて、その守護対象である美少女が私好みの女の子なら―――命と引き換えにしても、本望だ。

 私は割りと本気で、そう思っている。


「行こう、リリィさん。カップもシートもここに置きっぱなしでいい、まずは安全を確保しないと」


 リリィの手を取り立ち上がらせる。

 そして森を出ようとするのだが―――。


「あ、あの……そのっ、ええと」


 リリィの様子がおかしかった。

 どうも煮え切らない態度で、口を開いては閉じ、まごついている。


「……どうしたの?」

「………………あ、あのっ! ですねっ!」


 長い沈黙の後、逡巡していたリリィは何かを決意したのか表情を固めた。


「さ、さっきの音の出所を、調査して頂けませんか!?」


 そして、とんでも無い事を言い放ったのである。


「―――な。何を言ってるんだリリィさん!」


 一体全体何を言い出すのか! あまりの発言に思わずうろたえる。


「危険なのは承知の上です。ですが……そう、新聞記者としての勘が言っているんです。今の音の出所には、何か大きなネタが隠されているんだって!」

「勘だなんて……。いや、リリィさんの気持ちも分からないでもない。でもそのお願いは許容出来ない、私にはリリィさんを守るっていう義務がある」

「そこをなんとか、お願いします! 私にも多少なりとも護身術の心得はありますから!」

「リリィさん!」


 リリィはどうしても件の音について調査したいらしいが、私としてはそれは到底許せるような話ではない。

 例え説得を続けたとしても、お互いの主義がぶつかり合うだけで悪戯に時間を浪費するだけだろう。

 早急に安全を確保する為、無理やりにでもリリィを引きずるべきか。


「悪いけど、こうなったら意地でも連れて……」


 そう思い、リリィの腕を引く。

 するとその勢いに任せて、とすん。と、リリィが私の腕に身体を預けてきた。


「―――リリィ、さん?」

「……どうか、お願いです。レナさん」


 そして上目遣いに、見つめ上げてくる。


「新聞記者(・・・・)としてではなく。依頼主(・・・)として頼みます。どうか、私と一緒に異音の正体を調べに行ってくれませんか?」

「―――――-」


 新聞記者ではなく、依頼主。ときたか。

 ……基本的に冒険者への依頼は冒険者組合を通して行われる。

 だが、依頼主が必ず組合を通さなければならない理由も、個人を名指しして依頼してはいけないという決まりもない。

 故にリリィが言い出した事は、どこもおかしくない、至極真っ当な事だった。


「……報酬は?」

「私の出来る限りで、何でもします。お金も、沢山ありますから。……あ、でも……常識的な範囲で、お願いしますね?」


 思わず空を見上げる。

 出来る限りで、何でも、か。

 思わずぐらりとくるような、魅力的な報酬だ。

 ……冒険者が依頼主に名指しで依頼されたとて、それを断るのもまた冒険者の自由である。

 そこに罰則等は無い。ないのだが。


「…………」

「…………はぁ」


 ないのだが。

 私を見つめ続ける、この可愛らしいリリィ(依頼主)の依頼を断るのは。

 ―――報酬の内容を差し引いても、私には到底、出来そうになかった。


「……私の指示には必ず従うこと、これを依頼主として厳命してもらう限り、同意するのはやぶさかではありません」


 頭を下げ、私はあえて事務的にそう告げた。

 言外に不満であると伝えているのだ。


「―――!」


 しかしその途端。リリィの顔が見る見る輝いていく。

 ……これは早まったかしらん。


「やった! レナさんならそう言ってくれるって信じてました! うれしい! レナさん大好きっ!」

「わ、ちょ、ちょっと、うわっ」


 リリィが私の胸に飛び込んでくる。

 勢いに押されバランスを崩しかけ、たたらを踏む。

 まるで奇妙なダンスを踊っているかのように。


「ま、まって、私今刃物持ってるから! 危ないから! 落ち着いてって!」

「あ、ご、ごめんなさい。私ったら嬉しくってつい……」

「もう……」


 私の声にはっとしたリリィは、そこでようやく私から離れてくれた。

 あははー。と苦笑するリリィを視線で非難しつつ、ひとまずアイアンショートソードを鞘に納める。

 まったく、これでリリィが怪我でもしていたらどうするつもりだったのか。

 いやまぁ、いい匂いだったが。

 状況が状況でなければ、もっと堪能したかったが。


「……仕方ないなぁ。それじゃあ、片づけをしたら音のした所に向かうからね? 私の指示は絶・対・厳・守! いい? 破ったら即刻退去!」

「はい、勿論です!」


 ああもう、甘々だ。甘ちゃんもいい所だ。

 いっぱしの冒険者を名乗るのなら、この時点で強硬手段に出るべきなのだ。

 こんな―――リリィの魅力にほだされて、危険を承知の場所に連れて行くなんて、狂気の沙汰だ。

 朝組みの連中に知れたら、笑われるやら呆れられるやら分かったものじゃない。

 ……しかし、こう内心で言い訳を並べ立ててみても、結局の所決めたのは私自身の意思に他ならないわけで。是非もないわけで。


「あ……それはそうと、レナさんは報酬の件はどうするつもりですか?」


 自分の甘さ加減に呆れていると、そういえば報酬の内容をしっかり定めていなかった事に気がつく。


「ええっと、出来る範囲で何でも、って言ってたよね?」

「はい、その通りです」


 リリィが出来る範囲内で何でもしてくれる報酬。

 文面にしてみると、危ない響きが漂う誘惑に満ちた内容だ。

 あんな事とかこんな事とか、して欲しい事なんていくらでも思いつく。


「……いや、駄目、駄目駄目、それは危ない」

「?」


 ただ、私の脳内で湧き上がる発想の殆どが常識的じゃない。

 首を縦に振って貰えるような内容を考える為には、それなりの時間が必要だろう。


「すぐに思いつきそうにはないから、依頼が完了して落ち着いた頃に話すよ」

「……レナさんがそれでいいのでしたら、いいですけれど。報酬の支払いを渋ってもめるかも、とは思わないんですか?」


 もっともな疑問である。

 依頼の内容と報酬の内容は大原則として厳格に定められるべきである。

 そのあたりをあやふやにしては、依頼主と冒険者、双方に不要なトラブルを招くからだ。


「―――ううん、ちっとも。リリィさんはそんな人じゃないでしょ?」


 しかし、短い付き合いとはいえ、リリィの性格は把握してきている。

 彼女ほど真面目な人物も早々居ない。自分から言い出した事なのだ、約束は必ず守ってくれるだろう確信もあった。

 だいたい、新聞記者という立場の人間が報酬の支払いを渋った―――などと風評が立てば、今後の活動に悪い影響を及ぼすだろう事に気がつかない筈がないのである。


「―――はい」

「うん。それじゃあ、行くとしましょうか」


 投げ捨てたカップを拾い片付けながら、私は小言を呟く。


「Please help me」

「お呼びでしょうか?」


 ここのところ連日世話になっているトーキィを呼び出した。

 今回は私の成長の為云々などと言っていられる状況ではない。

 出し惜しみはしない。


「リリィさんを護衛して。異常があれば私に知らせる事。合図したら即座に支援プログラムを展開。いい?」

「Exactly(かしこまりました)」


 そうトーキィに手短に伝える。

 これで私の身に何かがあったとしても、リリィだけは守りきることが出来るだろう。

 トーキィがリリィの側に寄り添ったのを確認し、私はリリィを連れ立って森の奥へと進み始めた。


・


 一歩踏み出すごとに、チリチリとした感覚が頬をかすめる。

 間違いなくこの先には何かがある、そんな予感を感じる。

 後ろに続くリリィもリリィなりに感じるものがあるのか、緊張した表情で私に続いている。


「…………」


 森の奥へ進む度に、森の色が濃くなっていく。

 ひとえに、森や洞窟、遺跡の跡などといった場所の奥地は強い獣や、魔物の棲み処となっている事が多い。

 そろそろそんな輩と遭遇してもいい頃合の筈なのだが、その気配が全くと言っていい程ない。

 まるで、何かにおびえ息を潜めているかのような。

 良くない雰囲気が、漂っている。


(トレーサー起動)


 声に出さずに口で言う。それだけでトーキィに私の意思は伝わる。

 私の網膜上を黄色のスキャナーが走り、森に潜む何者かの透視を試みる。


(……やっぱり、居ない、か)


 だが、どうやら私の思い違いであったらしい。

 いつぞやのゴブリン戦で猛威を振るったトレーサーだが、何の成果も得られなかったようだ。


(リリィさんが居るから、ちょっとナーバスになってるだけなのかな?)


 ……まあ、警戒するに越した事はない、これはこれで良しとしよう。

 外敵が居ない事を察した私は騒がしくない程度に進む。

 その後を、リリィがおっかなびっくりついてくる。

 そんな事を数度くり返した後。

 私達はそれを発見した。


「――――――あな?」


 森の中に忽然と、大きな穴が空いていた。

 あまりにも唐突すぎる発見で、しばし思考が停止する。


「なんだってこんな所に……」


 この穴があの異音の正体なのだろうか。

 後ろからリリィが穴に近づいてしゃがみ込み、穴の底を見た。


「大きな穴ですね……。これは崩落によるもの、でしょうか。穴の底を見てください、何かの建築物らしき後が見えます」

「っと、どれどれ?」


 リリィの言葉に従い気をつけて覗いてみると、確かに穴の底には風化して崩れた石柱の破片や、割れた陶器の破片が散らばっていた。

 崩落に巻き込まれたのか、樹が何本か穴の中に突き刺さるように倒れており、それらの衝撃によるものかと思われた。


「まだ見ぬ未発見の遺跡……って所かな? 仮にそうだとしたら、かなりの大発見になるんだけど」

「……ですよね」


 リリィはあまりの事態にぷるぷると小刻みに震えていた。

 そりゃあそうだ。こんなの、新聞記事の一面どころか号外モノだ。もし本当に初出の遺跡だとすれば、相当なビッグニュースになる。


「ふ、ふぉぉ。すごいですよレナさん! 私、今すっごく興奮してます! 号外間違いなしです! 臨時ボーナス絶対出ますよ!」

「……それはなによりです、はい」


 あはは、リリィがまぶしいなぁ。

 メモを取る手も、スピードが速くなり若干ブレつつある。

 少し鬼気迫るものを感じて、私は苦笑を漏らすしかない。


「にしても、遺跡……かぁ」


 地中に埋もれていたが為に発見できなかったのであろうこの遺跡(仮)。

 冒険者組合の連中に知られでもしたら、数日もしないうちに隅から隅まで探索しつくされ、根こそぎ金目のある物は持ち去られてしまうだろうな。

 ……どこの盗賊団だ。いや、この場合は盗掘団か?

 どちらにせよ自分で言っててなんだか悲しくなってきたぞ。


「それでリリィさん? 音の正体らしい物も見つかった事だし、ここら辺で街に」

「戻りません!」


 だろうなあ。

 駄目もとで聞いてみたが、そう答えると思っていましたとも。

 なにせ私ならまず間違いなく探索を続けただろうし。

 むしろここで引くようなら冒険者じゃない。


「わかりました。魔物だけじゃなくて、罠の可能性もあるから今まで以上に私の言葉に従うこと、いい?」

「了解です! レナさん! 調べましょう隅から隅まで! きっとこの先にはエクスバリア王家に伝わる秘宝なんかが隠されてたりしますよきっと! そんなの見つけちゃったらどうしましょう! 私ひめさ―――」

「興奮しすぎ! てい!」

「あうっ!?」


 段々テンパり気味になってきたリリィのでこっぱちに、チョップを一撃かます。

 嬉しい気持ちも興奮する気持ちも十分に理解できるのだが、そういうのが(・・・・・・)何よりも危ないのだ。


「はい、リリィさん。深呼吸して深呼吸」

「えぇっとぉ……レナさん?」

「いいからする!」

「は、はい! すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」


 真面目にも言葉どおり深呼吸をしたリリィに、頃合を見計らい話しかける。


「……いいよ。ちょっとは落ち着いた?」

「えあ、はい、その、なんとか」

「だったら良し。私が冷静でいても、リリィさんが慌てたままだと、守れる人も守れなくなっちゃうし」


 はやる気持ちを抑えてこそ、物事に柔軟に対応できるのである。

 冷静さを失った味方は敵よりも厄介、とは誰の言葉だったか。


「……ごめんなさい、レナさん。私……」

「ううん、気にしないで。こういうのも、冒険者の仕事のうちなんだから」


 商隊の護衛依頼でも似たような状況は稀にある。

 依頼主の息子のぼんぼんが、始めて見る魔物に興奮するあまり馬車から顔を出し、その隙に頭をがぶり、なんて話だ。

 まあどこぞの息子が魔物に食われようが知った事ではないのだが―――リリィがその役目を被るのだけは御免こうむる。

 故にリリィの手綱は私がなんとかして握る。

 ふと舞い降りた非日常に興奮するのは結構だが、その浮ついた足で死線を踏ませる真似だけは絶対にさせない。


「―――」


 トーキィに視線を飛ばす。


「―――」


 まさに阿吽の呼吸。

 忠実なサポートプログラムであるトーキィは、心得たとばかりに、上下に緩やかに飛行することで了解の意を示したのだった。

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