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レナ・ナナセの素晴らしい日々に男は要らない  作者: 山梨明石
二人が出会うまでの六ヶ月
13/21

12

 ドルロムの街は不気味な程静まり返っていた。

 誰もがデスグリズリーに怯えて家の中でじっとしているのだろう。

 街の入り口にある警備兵の詰め所から兵が飛び出てくる様子はない。

 無理もない、せいぜい平時に配属される兵の数なぞ高が知れてる。

 本隊のあるテント伯爵の居城から増援が来るまで、彼らは絶対に外に出ない筈。

 それでいい、私の戦いに介入しないで欲しい。

 別の機会ならばいいが、今はダメだ。


 私は前回街に訪れた時のおぼろげな記憶を頼りに、芋畑を目指した。

 かなりの混乱がうかがい知れる、道に散らばった果物や荷がそのままの荷馬車を避けて走る。

 王都と違ってドルロムの街並みは単純で、私はさして迷う事もなく芋畑の近くまでたどり着いた。


「"くらくなれ"」


 詠唱と共に、頭上に浮かぶ光球の光度をぎりぎりまで落とす。

 おぼろげな明かりを頼りに、音を立てずに忍び寄る。

 農民が使用していたのだろう、農具置き場のぼろ小屋に身を潜めて物陰からほの暗い芋畑の様子を伺った。


「……いた」


 視界の奥、闇の中で何かが蠢いている。

 全長三メートルはありそうな巨大な熊だ。デスグリズリーと見て間違いない。

 耕された芋畑の中心で、そいつは四つ足をついて地面に顔をうずめて何かを貪っていた。

 ぺちゃぺちゃじゅるじゅると音を立てて。

 芋は、このようなみずみずしい音を立てるほど水分を含んではいない。


「…………ちっ、遅かった」


 小さく舌打ちする。

 芋畑の中から、誰かに助けを請おうとでもしたのか、天に向けて伸ばされた人間の腕が生えている。

 それを、デスグリズリーが大口を開けて喰らった。

 腕は腕ではない、何かの肉になった。


「ごめんね、助けてあげられなくて」


 芋の葉っぱやつるに隠れて、その人物の全容は把握できない。

 だが、誰であろうと犠牲者が出た事に変わりはあるまい。

 仇討ちのつもりは毛頭ないが、これ以上不幸な犠牲者を出す前にデスグリズリーを討つ。

 私はベルトに結わえたアイアンショートソードをゆっくりと抜いた。

 使い続けてもう半年になるが、手入れを怠らなかったおかげか未だ切れ味は衰えていない。

 右手で抜いたそれを左手に持ち替えて、続けて尻ポケットから小さい魔石を一つ取り出す。色は赤い。

 その魔石を右手で持ち刀身の根元にあてがって、魔力を弱めに流し込んだ。


 私の魔力が通じた事で、魔石が反応する。

 固形物だった魔石が手の中で粘り気の強い液体へと化していく。

 どろりとして熱を持つそれを、指先で刀身の根元から剣先まで素早く引き伸ばした。

 アイアンショートソードの刀身に、ぼんやりと発光する真っ直ぐ伸びた赤い線が描かれた。


「魔の加護を示せ。"付与(エンチャント)"」


 これの発動にイメージは不要だ。重要なのはいかにして魔石を上手に溶かし、塗れたかにかかっている。

 私の詠唱と共に魔力が失われ、魔法が発動する。

 刀身に伸びた赤い線が力強く輝いて、続いてアイアンショートソードの周りが赤色に歪んでゆらめいた。

 私は魔法が正しく発動したか確かめるために、近場に生えている雑草に右手に持ち替えたアイアンショートソードの切っ先を当てた。

 切っ先の触れた雑草が、嫌がるように身をくねらせながら燃えあがり灰になった。


「よし、ちゃんと付与(エンチャント)出来てる」


 魔法は正しく発動した。

 先ほどまでただの鉄の塊に過ぎなかったアイアンショートソードに、炎の魔石の力が込められた。

 この短剣は今や斬り付けた物全てを燃やす、危険極まりない炎のアイアンショートソードと化したのだ。


 戦いの準備が整った。

 私の意気に呼応するように、食事中のデスグリズリーがふと顔を上げた。

 そして、私を見た。


「――――――がふるる」


 私の全身が総毛立つ。腋に汗がにじむ。


 デスグリズリーがゆっくりと立ち上がる。

 二足で立ち上がるデスグリズリーは、ちょっとした一階建ての家屋ばりの高さがある。

 その迫力は圧巻としか形容できない。

 胆力の弱いものはこの姿を見ただけで腰を抜かし、生きる意志を砕かれるだろう。

 おそらくは、あの犠牲者のように。


 奴の口元は血と臓物でてらてらと光り、薄く開いた口元から白い牙が覗いていた。


「ふしゅる、ふしゅ、ふしゅ」


 デスグリズリーの瞳が、新たな獲物(わたし)を捕らえた。

 奴の口元から、血とは異なる粘性の高い透明の雫がぼたり、ぼたり、と垂れた。


「―――ヒトを一人喰っておいて、まだ足りないの?」


 私は軽口を叩きながら物陰を出て、デスグリズリーと対峙した。

 デスグリズリーの好戦的な意思を宿した瞳が、私の頭、首、胸、腹を射抜く。

 私をどのように食い散らかしてやろうか、それだけで頭が一杯なのだろう。


「私は殺されるつもりもないし、食べられるつもりもない」


 私は短剣を前にする形で半身をとった。

 対して、デスグリズリーは再び身を屈めて四つ足に戻った。


 突進するつもりだろうか。鈍重そうに見えるが熊の瞬発力は侮れない。

 加えてあの身丈だ。襲い掛かられ組み伏せられでもしたら、それは死を意味するだろう。

 警戒心を最大限にまで引き上げる。


「―――悪いが、私の都合の為に死んでくれ」


 ……差し迫った状況になるといつもこうだ。

 なりを潜めていた前世の口調がついつい口から出てしまう。

 本当に何時までたっても()が抜け切らない奴だなと、自嘲してしまった。


「―――ヴォオオヴォッ!」


 デスグリズリーが吼えた。


 戦いの火蓋が、切って落とされた。





 デスグリズリーの背後が爆発した。

 デスグリズリーの強靭な後ろ足が芋畑を蹴り上げたのだ。

 大地が弾け、中空に芋と土と葉がミックスされたものが舞う。

 尋常ではない勢いで、デスグリズリーが飛び出した。


 速い!

 あれは最早突進と言うよりも発射だ。

 私とデスグリズリーとの距離が、一足でもう間近まで縮まる。

 奴の次の一手は何だ? そのまま突撃か? 噛み付くつもりか? いや、爪で私を切り裂くのか?

 何でもいい。

 その次の一手を挫かせる。


「"かがやけ!"」


 言葉に力を乗せて詠唱する。

 頭上に待機した光球が、始めに呼び出した時よりも更に強烈な光を放った。

 光の洪水がデスグリズリーを襲う。

 強い光に顔をしかめながらも、デスグリズリーは飛び込んだ勢いのまま右前足で私を切り裂こうとする。

 しかし、はっきりと相手を認識出来ていない状態で放った攻撃を回避する事は容易い。

 バックステップで危なげなく回避すると、空を切ったデスグリズリーの爪が大地を抉り爆散させた。


「一撃貰えば只ではすまないな……!」


 冷や汗が頬に垂れた。

 死神の冷ややかな手が私の喉を撫でている。

 まったく、これのどこが"いける"だ。ダンめ。


「ヴォアアアアアアッ!! ヴォウオオオオオッ!!」


 一時的な視界不良に陥ったデスグリズリーが、闇雲に辺りを引っ掻きまわす。

 芋畑が、私が隠れていたぼろ小屋が、中の農具が、瞬く間に粉砕されていく。

 まるで台風だ。攻撃の回避と有利な状況を作り出したのはいいが、正直攻めあぐねる。

 奴の視界もじきに慣れるだろう、出来ればその前に決着を付けたい所だ。

 私は再度尻ポケットから魔石を取り出す。色は黄色、有する性質は雷だ。

 極少量の魔力を込めて、活性化させる。


 暴れ狂うデスグリズリーめがけて、私は魔石を投げつけた。

 放物線を描いて飛んでいった魔石は、吸い込まれるようにデスグリズリーの頭部に命中する。

 活性化した魔石に強い衝撃が加わった事で、魔石が砕けた。

 魔石が砕けたことで、魔石に込められた雷がデスグリズリーを襲った。


「ブヴォオオオオオオ!!」


 バチバチと激しい音が鳴り、焦げ臭いにおいが辺りに舞う。

 雷に身を焼かれたデスグリズリーはたまらず顔を覆い隠し、身もだえした。


「普通の魔物なら、大概これで一撃なんだがな……化け物か」


 大抵の魔物ならば、今の一撃で全身を焼かれ死ぬ。

 だと言うのに、デスグリズリーはただ苦しむだけだ。

 なんて、しぶとい。

 今まで立ち会ってきた魔物の、どれよりもタフだ。

 驚異的な生命力を前に、私は敬服すら感じた。


「ならば、これならどうだ!」


 だが、せっかくの機会を活かさない手はない。今が好機とばかりに、私はデスグリズリー目掛け突貫する。

 うずくまるデスグリズリーは私に気がつかない。

 元々さして離れていなかった距離は直ぐに縮まって、私の間合いに奴が入った。

 私から向かって左側の横っ腹目掛けて飛び込む。


「せあああああああっ!!」


 通り抜けるように、デスグリズリーの横腹に切りかかる。

 脆弱な皮膚を守ろうと発達した太い獣毛が、私の剣を止めようと絡みつく。

 しかし、その目論見は泡と消える。

 剣に獣毛が絡みついた途端、その全てが燃え上がったのだ。

 抵抗もむなしく、短剣はデスグリズリーの皮膚を切り裂いてダメージを与える。

 付与(エンチャント)された炎の力が、牙をむいてデスグリズリーに襲い掛かる。

 皮膚を炎が舐め、傷口を炎が焼く。

 私は、デスグリズリーの横っ腹に燃え上がる炎の一本線を刻み付けてやった。

 抵抗の一撃を喰らわないために、私は一旦デスグリズリーから距離を取った。


「ヴォアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 やはり、獣は獣らしく火に弱い。

 だが、まだ浅い。

 めらめらと燃える体をそのままに、デスグリズリーはうずくまるのをやめ、起き上がった!

 二足で立つデスグリズリーの目は、私をしっかりと捉えて離さない。既に視界が回復したと見える。

 これだけの仕打ちを受けて逃げの一手を打たない以上、まだデスグリズリーの余力は残っているに違いない。


「……ふぅーッ」


 充分に先手は取った。

 雷の魔石の一撃と、横っ腹を切り裂いた一撃だ。

 だが、十二分な致命傷となるはずだったそれは、未だデスグリズリーの命に届いていない。


「ヴァアアアアアアアッ!!」


 鼓膜がびりびりと震える激しい咆哮と共に、爪が振り下ろされる。


「しっ!」


 私はそれをデスグリズリーの懐に飛び込むように転がりながら回避し、起き上がりざまに斬り付けた。

 太い左足に炎が奔る。


「ヴォオオウッ!!」


 慌てて私の身を追うがその動きは鈍い。

 虚しく空を切った爪を見ながら、私は再び距離を取る。


「……くそ、なんて割りの合わない戦いなんだ」


 一見して、私と奴との間には大きなアドバンテージがあるように見えるかもしれない。

 既に三度の攻撃に成功し、そのどれもが命中した一方で私は一度も攻撃を喰らっていない。

 だが、だからといって私が有利な立場に居るというわけでもない。

 現に、今さっき回避した爪が抉り飛ばした地面の有様は、初めて回避したデスグリズリーの攻撃と同等の威力である事を物語っている。

 どれだけ相手を追い詰めても、攻撃力が変わっていない。

 つまり。

 私はこれから先、どんな方法でもいいから一撃も喰らわないまま相手を殺さねばならないということだ。

 さもなければ、私は死ぬ。


「中級の壁は厚い、その謎が解けたよ」


 お前には早いといわれ幾数ヶ月。

 ついに訪れた機会に喜び勇んでみたものの、まさかここまでとは。

 自分で選択した事とはいえ、溜息の一つでもつきたくなる。


「次があったら、もう一人はごめんだな……」


 今までは一人ででも何とかなっていた。

 だが、これからは誰かと行動を共にすべき時期なのかもしれない。

 冒険者ギルドの朝組み連中は大概一人で依頼をこなすそうだが、ああ見えて彼らは規格外ぞろいなので当てにならない。

 この危機を無事に乗り越えられたら、真剣に考える必要があるな―――。


「ヴォオオゥッ!!」


 再び襲い来る攻撃を回避しつつ、私はそんな事を頭の片隅で考えていた。



「……はぁ、はぁ」


 私は、やりとげた。


「はぁ、はぁ、……もう、たくさん……だ……」


 目の前に、地に倒れ伏したデスグリズリーがいる。

 全身の獣毛が燃え尽きていて、焼け爛れた皮膚と幾重にも奔る切創が痛々しい。

 既に息は無く、血も流れ出ない。

 対して私は無傷だ。

 いや、回避動作の際にあちこちを擦った傷があるから厳密には違うか。

 土まみれのチュニックワンピースを叩いて汚れを落とす。

 アイアンショートソードにかけた炎の力は、既に消えうせていた。


「ひゃあ……」


 しりもちをつく。

 疲れた、とても疲れた。

 一体何度ギリギリの攻防をくり返した事か。

 ささくれ立っていた神経がやっとなりを潜め、一息つけるようになる。


 出来れば早々にデスグリズリーの肝を切り出したい所だが、体はそれを拒否している。

 私は肉体の欲求に屈して、体を地面に横たえた。

 ひんやりとした土が気持ちいい。

 戦闘で高ぶった体の熱を奪ってくれる。


「はぁ……今回は、本当に危なかったなぁ……」


 口調が元に(元に?)戻る。

 私は心中に沸きあがる喜びをひしひしと感じた。


「でも、これで私を中級冒険者と認めざるをえなくなったでしょ……」


 本来三人で討伐するべき魔物を私一人で討伐せしめたのだ。

 充分に中級クラスの実力有りと判断される実績が手に入った。

 中級になれば収入も上がる、活動範囲も広がる、いい事尽くめだ。

 心地よい疲れに身を任せながら、仰向けになり天を仰ぐ。


「よかったぁ……」


 嬉しさをかみ締めながら、馬に乗った警備兵がおっとり刀で駆けつけるまで、私はずっとそうしていた。 




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