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レナ・ナナセの素晴らしい日々に男は要らない  作者: 山梨明石
二人が出会うまでの六ヶ月
12/21

11

 テント伯領地へ向かう途中休憩と食事の為に小さな宿場町に立ち寄り、適当な飯屋で簡単な昼食を食べて、また乗り合い馬車で揺られる事数時間。

 低級ではあるが魔物払いの祝福が施された馬車は魔物に襲撃される事もなく、半日をかけて無事にテント伯領地へ辿りついた。

 王都周辺とテント伯領地の境目には、物流で栄えるドルロムの街がある。

 私はそこで乗合馬車から降りた。


 私と共に降りた談笑する二人のドワーフを尻目に、私はひとまず宿屋を探した。

 大抵の街の例に漏れず、街の入り口近くは宿屋が最低一軒はある。

 ドルロムの街は初めて訪れたわけでもないので、いくつかある宿の中から前回選んだ宿をチョイスする。

 値段そこそこ、飯はなし。風呂なし、鍵あり治安良しの悪くない宿だ。

 どの宿に泊まるにせよ、最重視されるのは治安、これにつきる。

 なので、宿に泊まる場合は最低でも治安が良い、という事を確認しなければならない。

 そしてこの宿は前回確認済み。値段やサービスは二の次だ。


 とりあえず一日分の部屋を取り、銀貨一枚と引き換えに鍵を受け取り背嚢の中に突っ込む。

 下手に持ち歩くよりも、生態認証が必要な五倍体積背嚢の中に入れておいた方が安全だからだ。

 鍵を受け取った後は、酒場に行く。

 酒場は酒と食事と憩いを求めて人々が集まるので、情報収集に適している。

 既に陽は暮れており、宿に程近い酒場からは楽しげな喧騒が聞こえている。

 きゅるると鳴る腹の虫をなだめながら、私は酒場へ足を踏み入れた。



「なんだ、おめえそのナリで冒険者だったのか」


 カウンターで豚肉と野菜のスープを木のスプーンでつつく私の隣には、男のドワーフが二人並んで座っている。

 乗合馬車で相席したドワーフ二人組みだ。

 酔客達が賑やかに騒ぐ店内でも、彼らの声は良く通る。

 私は返答するために、口の中の食べ物を良く噛んでから飲み込んだ。


「んぐ……うん、意外だった?」

「おうよ、わしらはどこぞの貴族の娘かと思ってたんだぞ」

「失礼があっちゃ悪いと思って、こちとら珍しくずっとだんまりだったってのによ」

「おあいにく様、私は貴族の娘でもないし、そもそも貴族だったら乗合馬車なんて使わないでしょ?」

「…………言われてみりゃそうだな」


 裕福な身の上なら、わざわざ好んで乗合馬車など使うはずなかろうに。

 まあ見た目は小奇麗にして、主に女性に対して失礼のないよう努めているのは確かだが。


 立派なヒゲをたくわえたドワーフ二人組みは肩を竦めて、なみなみとエールの注がれたジョッキを呷る。

 彼らが食事中の私の隣に席をとってから、もうこれで五杯目だ。

 同じく王都から来た二人に聞いても意味がないかもしれないが、一応デスグリズリーについて聞いてみる。


「私ね、ちょっとデスグリズリーの肝が欲しくてここまで来たんだけど、二人とも何か知らない? 最近ここら辺で目撃されたらしいんだけど」

「デスグリズリーの肝を取りに!? お前さん一人でか!?」

「は~、おめえそんなに強いのか、人は見かけによらねえなあ」


 ……私が下級冒険者である事は黙っておく。

 倒した実績もなければそもそも目撃した事もないのだが、それをここで言えば彼らは私を止めるだろうから。

 気まずそうな私には気づかぬまま、ドワーフ達が続ける。


「……残念だが知らん、わしらも王都の武器屋に武器を卸し終わって帰ってきたばかりだからな」

「武器?」

「ああ、剣とか槍とか斧とかだ」

「へえ、じゃあ二人とも鍛冶師さんなんだ」

「あんまり売れ行きはよくねぇけどな、世知辛い時代だ」


 私の二つ隣のドワーフが深く溜息をついて、エールを呷る。

 そうは見えなかったが、彼らは鍛冶師だったらしい。


 武器を取り扱う人間は主に三種類いる。

 冒険者か、軍人か、犯罪者かだ。

 エクスバリア王国軍はそもそも自国の鍛冶連盟に武器の製作を依頼しているので、よっぽどのことがなければ外部から武器を仕入れる事はない。

 なので彼らは、冒険者向けの武器屋にでも武器を卸し売りしてきたのだろう。

 犯罪者向けの闇商人、という可能性もなくはないが…………。


「世話んなってる武器屋によ、先々月に卸したロングソードがまだ残ってるつって苦い顔でいわれちまった。

二ヶ月も売れずに埃を被ってるだなんて、わしの武器が可哀想だ」

「最近じゃ冒険者もいい素材を持ってこなくなったしなぁ……」


 渋面のドワーフが愚痴を零す。

 冒険者稼業の衰退と、冒険者達の寂しい懐事情がこういった所で影を落とす。

 昔は鍛冶師と武器屋と冒険者の間で、経済のサイクルが上手に回っていたのだろう。

 だがそれも昔の話だ、是非もない。武器を手にする冒険者が減っている以上それは避けられない運命だ。


「そっか…………まあ元気だしなよ、そのうちいい事あるって」

「いい事、ねえ」


 陽気で豪快な性格で知られるドワーフがこんなにもどんよりとした雰囲気でいるとは、相当に鍛冶業界の現状は厳しいようだ。

 冒険者側として少し申し訳なくなったので、彼らにエールを一杯ずつ奢る事にする。


「ほら、これでも飲んで」

「おっ、気が利くな! 最近じゃ酒も満足に飲めなくてうんざりしててよ、助かるぜ!」

「冒険者の娘っこに乾杯!」


 すると彼らは暗い雰囲気から一転して破顔し、上機嫌になった。

 五杯も飲んでおいてまだ満足していなかったのか!

 ドワーフの尋常ではないアルコール耐性に薄ら寒くなる。


「いいよ乾杯なんてしなくても……それにしても、どうしようかなぁ」

「デスグリズリーか?」

「うん、見たって人がいればいいけど、居ないなら自分の足で歩いて探そうかなって」

「ふぅん……ま、気をつけるこったな。警備兵の連中も最近手を焼いてるって聞くぞ? 死者も出たそうだしな」

「……しってる」


 最近デスグリズリーがテント伯領地で目撃される、と簡単な情報があるものの具体的な生息地はよく知らない。

 目撃者が見つけられればそれでいいし、この街に居そうにないならば自分の足で探してみてもいい。

 ともあれ、ギルドと同じくこの地でもデスグリズリーの被害は大きいようだ、気を引き締めていかねばなるまい。


「なんとかするよ」


 深皿の中に浮くニンジンを汁と共に掬いあげ、口の中へ運ぶ。

 ニンジンの甘味と野菜と豚肉の味がしみ出た塩気の効いたスープの味が、口の中に広がった。


「おいひい」


 美味しい。もう一杯スープを頼んでも食べられそうだな。

 沢山食べて明日の活力を養おうと、私がそう思っていた矢先。


「―――、―――!!」

「―――――――!」


 酒場の外から、切羽詰った叫び声が聞こえてきた。


「せっかくの食事中に何……?」


 酔っ払った誰かの叫び声にしてはおかしい、まだ酒場が開いてからそう時間は経っていないはず。

 だが叫び声には何か恐ろしい者を見てしまったような、怯えの感情が混じっている。

 どうにも様子がおかしい、私は片手に深皿を持ったまま振り返る。

 何を口走っているのかは分からなかったが、この場の雰囲気にそぐわない逼迫した叫び声に酒場の客は皆何事かと外の様子を伺っていた。

 突然の静寂に包まれたおかげで、続けて聞こえた叫び声は私の元まで良く通った。


「―――だから! デスグリズリーだって! すぐ近くの芋畑に出たんだよ! こっちに向かって来てる! 早く逃げるんだ!!

柵も罠も全部壊されてた! 逃げろーっ! 皆逃げるんだーっ!!」


 酒場の外では、誰かが口早にそんな事を言って回っているようだった。

 誰もが息を呑んだ。

 そして。


「だ、だだ、誰か警備兵を呼んでこいよ……」


 がたり、と席を立った男が恐怖を顔面に貼り付けて情けなく言った。

 それを皮切りにして、次々と客が席を立つ。


「おま、お前が行けよ!」

「お前こそ!」

「ねぇ、早く逃げましょうよ!」


 酒場が俄かに騒ぎ立つ。

 突然の事態に混乱と恐怖が酔客たちの間に伝播していき、酔いを醒ましていく。

 酒場の店主や店員も慌てふためいており、この事態を収拾できる人間は一人もいそうにない。

 浮き足立った客が一人、また一人と料理や酒をそのままに店外へ飛び出してどこかに消えていく。

 店員までもが外に出て、どこぞの家なり何なりに飛び込んでいき、次々と辺りの家から明かりが消えて窓と扉が閉められていった。

 流石に店主は家を空けるわけにいかないのか、青ざめながらも気丈にカウンターを死守している。


「お、おい、やばいぞ」


 隣のドワーフが焦りの混じる声で言った。彼らもすっかり酔いが醒めたらしい。

 私ははしたないのを承知の上でスープの残りを一気に啜った。

 頬袋をぱんぱんに膨らまして、その中身を少しずつ無理やりに咀嚼して飲み込む。

 少々の時間をかけたが、私はスープを飲み干して、唇をぺろりと舐めた。


「おじさん、お勘定」


 出そうになるげっぷを無理やり堪えて、カウンターに銀貨を一枚叩きつける。

 私の食事代と奢ったエール二杯分込みだ、もしかしたら足りないかもしれないが。


 足元に置いてあった背嚢の中に手を突っ込み、目当てのものを取り出す。

 背嚢の中をまさぐって、私の手の中に握られたのはずしりと重い短剣。

 私が六ヶ月前に始めて生き物を殺した武器。

 アイアンショートソードだ。

 それをベルトにくくりつけて、もう一度背嚢の中から小石のような魔石を幾つか取り出して、尻ポケットに入れる。


「―――Please help me」

「お待ちしておりました、レナ様」


 妖精型支援システムのトーキィを呼び出す。

 事前に起動準備をしていたのではと言わんばかりの起動の速さだが、今はそれが頼もしい。

 急を要する事態だ、まごついている時間はない。

 人の臭いをかぎつけたデスグリズリーが民を襲う可能性はかなり高い。

 別に誰それが死んでも私に責任はないけれど。

 デスグリズリーという脅威を排除できる力を持っているのに、それを行使しないで見ているだけのつもりはない。


「この人達を守ってあげて。あと、荷物の監視も。いざという時は何してもいいから」

「了解しました、他のサポートは必要ですか?」

「のーぷろぶれむ」


 私自身にトーキィの介入があってはいけない。

 それは私自身の力でデスグリズリーを下した事にはならないし。

 何より私がそうしたくない。


「かしこまりました」


 トーキィが対になった六枚の翼を微振動させながら、残る三人の周囲で待機した。


「お前、さっきから何言ってんだ……? に、逃げなくていいのか?」

「んや、気にしないで。こっちの話だから」


 深呼吸を一つして、精神を落ち着かせる。

 まかり間違ってもアルコールを摂取していなくてよかった。

 これから私は命と命のやり取りをする。

 私とデスグリズリーの存在を賭けた戦いだ。

 どちらかが死に、どちらかが生きる。

 そこに油断があってはならない、酒気帯びなんてもってのほか。

 その場その場で出せる全力を出し切らねば、その隙を突かれて私は死ぬ。


 だから私は心に刻む。

 私は殺す、デスグリズリーを殺す、全力で殺す。

 私が殺されない為に。


「……よっし」


 スイッチを入れ替えるようにして、私の心身の準備が整った。

 後は万事を尽くすのみだ。


「じゃあ、行ってきます」


 ガムラン氏と交わす挨拶のような気軽さで、私は言った。

 てくてくと外に歩き出す私を、店主のおじさんとドワーフ二人組みが呆然と見つめる。

 ややあって、ドワーフ二人組みが焦りながら言った。


「まさかとは思うがおめえ、デスグリズリーを倒しに行くんじゃ……」

「や、止めとけ、せめて警備兵が来るのを待て! それにこんな暗闇じゃあ死に行くようなもんだぞ!!」


 足を止める。

 彼らの言う事ももっともだろう。

 時刻は夜、街の街灯も王都に比べて頼りない光度の上、何某さんが触れ回っていた話の通りなら今デスグリズリーは近くの芋畑に居るはずだ。

 流石にそこまで街の明かりが届くなんて甘い考えは持っていない。

 大抵の魔物は夜目が効く以上、夜の視界の悪さは人間にとってあまりに不利で、暗い闇は恐怖を招く。

 以前の私ならば、大人しく酒場に立てこもって警備兵の合流を待っただろう。

 以前の私ならば。


「……んー、それは大丈夫、かな。私にはこれがあるし。"ひかりあれ"」


 イメージするものは暗き道を照らし、闇を遠ざけ、魔を払う光。

 短い詠唱に込められた想像は魔力という肉体を得て、現実を侵食する。

 肉体を巡る魔力がほんの少し消えて、代わりに光の球体が私の頭上に現れた。

 トーキィのようにふよふよと浮かぶそれは、店内の安物の魔法灯よりも爛々と輝いて部屋を明るくする。

 何度か練習したかいがあった。

 アナベルさんに必要になるからと勧められて学んだ魔法が、早速役に立った。


「そりゃ、光の魔法か……?」


 まぶしげに眼を細めたドワーフが、手で影を作りながら言った。


「うん、だから平気。心配しないで?」


 私は安心させるように彼らに微笑んで、今度こそ店の外に出た。

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