1話 Happy Birthday!
――― 2040/06/20 23:30
左耳に付けっぱなしのデバイスを二回叩き、視界の端に時計を表示する。
「後30分。ギリギリだが今日中には間に合ったか」
カタカタ、ターン!とメールの文面を書き上げ、送信ボタンをクリック。一昔前のアニメキャラがお手紙を運ぶ映像が流れて送信完了。
やはりキーボードは物理に限る。仮想キーボードは書いてる感じがしないんだよな。
「んあ〜。疲れたぁ」
仕事終わりの疲労と達成感を、マグカップに残っていたコーヒーと共に味わう。
仕事関係のタブを即行て全て閉じ、残ったホームページのWEBニュースを目で追った。
「『スポーツ選手の現役寿命の低下』ねぇ……はっ、寿命があるだけマシだろ」
ニュースではスポーツ選手の平均引退年齢が25歳を下回り、競技の継続性がうんぬんかんぬんと話をしているが、俺からすれば能力を活かせる場があるだけずっとマシだ。
俺が、俺達は、2030年6月21日に纏めて殺されたんだから。
「あぁ、そうか。もうあれから10年か。時間ってのは、つくづく不平等なもんだ……ん?」
女の子のSDキャラがお手紙を運んでくる映像が視界の端に流れる。
高天原社からか……まさか、さっきのメールの返信がもう来たのか?今何時だと思ってるんだよ。
「『新型アンドロイドのテスター募集』だぁ?よりにもよって俺に送ってくるかよ」
外れ値のデータ分析には最適かもしれんが、声を掛ける相手としては最悪だろう。高天原社の関係者にランダムで送ってんのかね?
「なになに、『感情学習型アンドロイド』ね。ついに機械が感情を得ようってか?高天原社なら。いや、イザナギなら不可能じゃないのかもな。けっ」
高天原社で発売しているアンドロイドには感情豊かなモデルも存在している。
だが、それは表情パターンが他より多いというだけ。Aを入力されたらBを出力する。その数の違いでしかない。所詮、機械は機械なんだから。
「……『仕事のサポート機能』に『一通りの家事機能』か……」
狭い部屋をグルリと見渡せば、いやでも部屋の惨状が視界に入る。
敷きっぱなしの布団。脱ぎらかした服。積まれたカップ麺のゴミ。何を入れたかも忘れたダンボールの一角。
ついでに顔に手をやれば最後に剃ったのがいつかも思い出せない無精髭が生え揃っている。
出かける予定が無いと一々剃るのがめんどくさいんだよな。綺麗に剃っても数日で元通りだし。
「……ハイスペックなお掃除ロボをタダで貸してもらえるなら、アリっちゃアリか?」
新品のアンドロイドはちょっといい車ぐらいの値段はするからな。アンドロイドは好きではないが……まぁタダだし。掃除洗濯だけさせる分には邪魔無い、か。
「契約期間は2か月か……えぇい、やったれ!」
アニメキャラがテスターを受ける返答が書かれたお手紙を高天原社へ運んでいく。
こう言うのはノリで決めるべきだ。5秒で考えた結果と30日悩んだ結果は大体同じらしいしな。あれ、30時間だっけ?どっちでもいいか。
「……やっぱり早まったか?数日寝かせてから判断しても……いやいや、もう送った後だし今更どうしようも」
ピンポーン
「うおっ!?ビビったぁ」
いきなり部屋に鳴り響いたチャイムの音に、椅子からひっくり返りそうになり慌てて手すりにしがみつく。
誰だよこんなド深夜にチャイムを鳴らす奴は。
「んー。誰もいない?おっとと」
覗き窓から外を見てみたが誰もおらず、扉を開けて確認しようとしたら玄関扉が何かに引っかかった。
なんだなんだと空いた隙間からアパートの狭い通路を覗いて見れば、TAKAMGAHARAのロゴが描かれた人一人は入りそうな程のバカでかいダンボールが置かれており、ご丁寧にアンドロイド在中のシールが天面に貼ってある。
「アンドロイドって置き配なのかよ。てか、届くの早すぎだろ。怖っ!」
何はともあれ、こんなものが通路を塞いでいれば、翌朝の出張やら登校やらの際に文句の嵐が俺を襲うのは目に見えている。俺でもそうする。
なんとか無理やり玄関を開けた俺は、四苦八苦しながらクソ重くてデカイ箱を部屋へ運び込んだ。
『今時は何もかものスピードが早いんですわ』なんてニュースで言っていたのを聞いた事があるが、間違いなく宅配のにーちゃんがピンポンを押してから留守判定して置き配に切り替えるまでの時間は早くなっている。もうちょっと待てや!
「はぁ〜。やっと運べた。引きこもりのアラサーには辛いぜマジで」
起動と初期設定は明日だな。今日はもう疲れた。寝たい。
だがその前にアンドロイドの外観ぐらいは拝んどくか。テスター募集のメールには外観の画像は付いてなかったから人型かどうかすら知らないんだよな。
「まぁ、ドラム缶から手足が生えてるオールドタイプのボディでも、掃除が出来ればそれでいいんだが、っと」
机にあったハサミをカッター代わりに使用して梱包用のテープを切る。
さてさて、どんな機械が入っているのかね。
ダンボールの蓋を開け、中に詰まっていた彩り豊かな花の形をした緩衝材を掻き出す。
――― そうして、ウチに届いたアンドロイドの、彼女の顔を初めて見た時。何かを考えるよりも先に俺の口は勝手にこう言ったんだ。アイツには秘密だからな。
「―――綺麗だ」
造花の下から現れた物は、現実離れした美しいピンク色の髪を持つ白い肌の少女に見えた。
年は高校生ぐらいか?あぁいや、瞳を閉じて呼吸もなく眠る姿から大人びた印象を受けるが、パーツ単体で見ればもっと幼く見える。実際に動き出してみればまた印象は変わるだろう。
「コイツは、アンドロイド、なんだよな?こんなに人間と見分けがつかないアンドロイドなんて見た事ないぞ」
ネットや町でアンドロイドを見る機会はそれなりにある。中には人間に似せた物も当然存在するが、どれだけ見た目がソックリでも、感覚的な所で人間では無いと分かるものだ。偉い学者が言うには我々には本能的に同族を見分ける機能があるらしい。
だが、目の前のアンドロイドからは、アンドロイド特有の嫌悪感を感じなかった。
花に囲まれて眠るその姿は、まるで棺のようで。同時に赤子が眠る揺り籠のようで。どこか神聖さすら帯びていた。
「……瞳は、どんな色なんだ」
ふと、そんな事を考えた。
長いまつ毛が付いた瞼に隠されたその奥。これだけ美しい造形なんで。瞳だけ手を抜いたなんて考えられない。きっとその奥には美しい宝石の様な瞳があるはず。
一度そう考えてしまえば、手が伸びることを止める理由は無い。
俺はアンドロイドの柔らかな頬に手を添え、ヴェールのように閉ざされたその瞼を持ち上げようとして……
パチリ、と。俺が触れる前に瞼を開いた彼女と目が合った。
「あ、えっと、これは、違くてだな」
一点の曇りもない赤みがかった瞳に見つめられ、自分でも意味の分からない言葉が口をつく。
その間にも俺の思考はグルグルと混乱し、混迷していく。
寝ている少女の顔に触れるとか犯罪では?いや、少女じゃなくてアンドロイドだから合法か?そもそもこの子は本当にアンドロイドなのか?いや箱にはアンドロイドって書いてあったし……
「―――う」
「う?」
「うぁぁぁぁん!!◎$♪×△¥○&?#!(判読不能)」
「な、なんだ!?なに!?なにのなにがなに!?」
アンドロイドの瞳が潤んだかと思うと、突然大量の液体が瞳から弧を描いて吹き出し、大音量の鳴き声がさして広くない部屋中に響き渡る。
赤子の泣き声は体に見合わずパワフルだと言うが、体の大きい者が同じように全力で泣けば、パワフルでは済まない。もはや音響兵器だ。
「な、なにが目的だ!頼む、泣き止んでくれ!俺が通報されちまう!!」
「びぇぇぇぇん!!◎$♪×△¥○&?#!(判読不能)」
びちゃびちゃびちゃ(水溜まりが広がっていく床)
――― 2040/06/21 00:00
――― Happy Birthday!誕生日、おっめでとー!君の一年が楽しいものになりますよーに!
混沌の極みの様な状況にトドメを刺すかのごとく、つけっぱなしのデスクトップからアニメキャラの誕生日ボイスとハッピーバースデーの歌が流れ始める。
もう勘弁してくれよ……。
◆◆◆
なんとかアンドロイドを泣き止ませて再びスリープモードへ移行させた所で勇敢なる隣人の通報により警察が到着。
アンドロイドの初期設定ミスによる誤作動だったと何度も説明し、なんとかお帰り願ってから布団に倒れ込んだ。
信じられるか?俺、今日で30歳なんだぜ?まったく、なんて誕生日だよ……。




