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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 麻生あきら
第六章

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72 分岐点

「ジュゼッペ氏、『科学』アルジャブラ伯爵領にいると思います」

 

 イシャーンは事もなげに言った。

 全員の視線がイシャーンに集まった。

 資料室の最奥の壁から微かに音がした。

 

「すまない。護衛だ」

 と、アルドーは苦虫を噛み潰したように言った。

「イシャーン、続けて」

 

「この二ヶ月ばかりアルジャブラ伯爵領内の一番大きな商会で、酒の仕入れが増えたのを見付けましてね。不思議に思って夏の休暇に行ってみたのですよ」

「ああ、君の趣味の帳簿パズルか」

 

 イシャーンの趣味『帳簿パズル』。

 過去の帳簿や会計記録を見て世の中の出来事に当てはめる、という『商務』に生まれたからこそ出来る遊び。

 

「ええ、その商会ってアルゲンテア侯爵(うち)の直営なんですよ。で、夏の休暇に『商務』の北隣ですし、話を聞きに行ったんです。それで領主館からの注文なのが判りました」

 

「それが何か問題?」

 フラッハは首をひねる。

 

『科学』一門は始祖の代から、古いしきたりでアルコールを飲むことを禁じている。

 商店や露店に酒は売っていないし、買う人もいない。

 料理用の度数のかなり低い酒を置いてある店もあるが、観光客向けの宿や飲食店で使用するものだ。

 だが、仕入れの商品は楽しむ為の酒だ、とイシャーンは説明した。

 

「エミリオが言っていたな。かなり呑むと」

「で、まあ。子飼いの密偵に探らせまして。大当たりでした。領主館ではなく、神殿に近い西側の家にいました」

 

 マグノリア王国の中央に位置する王城を含む王都は、北に発電施設に囲まれた大神殿、東に『商務』、西に『教育』、そして南は『司法』に囲まれている。

 そして王都の北東、大神殿の東には『科学』アルジャブラ伯爵領が広がる。

 

 ふむふむ、とペールは頷く。

「殿下ー。もしかしてうちの国の軍隊って役立たずですかー?」

 

「⋯⋯我が国の軍の戦う相手は、ほぼ害獣だからな」

 不本意さを滲ませてアルドーは言う。

 

「武勲を挙げた知将も、害獣が相手ですしね」

 フラッハも肩を竦めた。

 

 

 

 資料室で膝を突き合わせた五人に、王国軍に対して何とも言えない不信感が湧き上がった。

 そんな状態で話さなければならないのが、これ、というのが余計にアルドーの舌を鈍らせる。

 

「そこで以前にも増してかなり芳しくないし、気分の良くない話をしなければならない」

 アルドーはそう前置きして話す。

 

「ジュール・ギルランドの話だ。イシャーンは知っているか?」

「噂の範疇でしかわかりません」

「君の知恵も頼りたいから話すが、いいか?」

 イシャーンは了承する。

 

「ではまず、ジュール・ギルランドは夏の休暇の四日目に、クローステール男爵の邸から馬車で自宅に帰る途中、暴漢に襲われ連れ去られた」

 イシャーンやフラッハ、ペールなどその場にいなかった者に向けて話す。

 

「軍によると、マールム公爵領の中央にある高級宿に彼は連れ込まれたそうだ。上客用の個室に入れられて、簡単に手が出せなかったらしい」

「さっきのイシャーン君の話通りなら、当然ジュゼッペ氏はいなかった。と?」

 フラッハが問う。

 

「そうだ。高級宿というだけあって、客の素性を秘匿することに長けていたようで、中の様子は策を練って調べたそうだ。内容は聞くには聞いたが、最悪の気分だ。クリスの格好をした女性が、ジュールに何か飲ませながら暗示をかけたようだ」

 

 アルドーは苦いものを口に含んだように、顔を歪ませ言った。 

「『私を救い出して』『第二王子を手に掛けて』女性はそう言って聞かせたと」

 

 

 

 そこまで詳細にわかっていて何故、軍は保護しなかったのかと全員が思った。

 アルドーはそれを感じ「救出が困難な構造と、ジュールに騒がれると手間取るから」と、軍の釈明をそのまま伝えた。

 

「そうしているうちにジュールは解放され、コルデラ侯爵領に戻された」

 

「解放された時、かなり衰弱していたと聞きました。医療所に入れられる程に⋯⋯」

 クリスは組み合わせた両手の指を握りしめ、ぎゅっと目を閉じた。

 ペールが背中を撫でる。

 

「ああ、おそらく幻覚剤を使用したのだろう。まだ夢現(ゆめうつつ)の状態だと聞いた。だが、コルデラ侯爵、いや、ムーシカ子爵が迷惑になるから、と言って詳細な検査を固辞しているらしい」

「変な所で遠慮するんですねえ。軍だって何故保護しないんでしょうね?」

 イシャーンが首を傾げる。

 

「そして何故ジュールが狙われたのかも昨日解った。マールム公爵家の家令の甥がジュゼッペに進言したそうだよ。私が新たに標的になったのはそのせいだ。彼は二学年のブルーノ・モレッティ。学園での私とクリス、ジュールの事をよく見ていたようだ」

 

「甥、という事は、家令は嘘を言っていた訳だ。裏取りしなかったんですかね、軍は」

 フラッハが溜息をつく。

 

「⋯⋯イシャーンとエミリオの話で私は悩みが増えたよ。⋯⋯軍の手をすり抜けて、クリスを襲うかも知れない。と」

「いいえ! 今のお話でしたら、わたくしよりアルドー様の方が危険です! てっ、手に掛けるだなんて。ムーシカ卿にお話ししなければ!」クリスは立ち上がった。

 

「落ち着いて。クリス。まだジュールは体力的にも回復していない。時間的余裕がある。回復するまでに体勢を整えれば良い。ペール、それまで頼んだよ」

「はい! フォンターナ様の時のような失態は晒しません。もっと頭を使います。ただ、ずっと一緒にいる事はできませんが……」

 

「うん、そこはね、言って聞かせるよ。彼らに。クローステール男爵家の庭にも暴漢が入り込んだ。あんなヘマをするようなら、私は正気でいられないね。ふふ」

 

 そこにいる全員が見てはいけないものを見た気がした。

 口から紡がれた言葉と正反対の、果(・)て(・)し(・)な(・)く(・)輝(・)く(・)笑(・)顔(・)。

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