70 『内務』一門
生徒会室から走り去っていくクリスを、アルドーはただ呆然と見送った。
のろのろと足を動かし、ソファに腰を下ろす。
まだ役員たちは誰もおらず、秋口の少し乾いた空気だけがアルドーの周りに漂っている。
もう少し他に言いようがあったのに、どうしてあんな風に言ってしまったのだろう。
素直に口に出せば伝わるのだろうが、理屈が先になってしまう。
ジュールの事もあれが最善だと思っていた。
誘拐されたのなら首謀者と居場所を特定するのが先で、保護はそれからでも充分だ、と。
目の前で拐われた訳でも、部隊の指揮権が自分にあった訳でも無い。
「責任転嫁は駄目だな⋯⋯」
ボソリと呟く。
「クリス様が走って走っていかれましたけれど⋯⋯」
ドアが開き、セーレナがツカツカとアルドーに歩み寄って来た。
「何があったんですか?」
扇でピシャリとアルドーの肩を叩く。
アルドーは顔を上げ、虚ろな目をセーレナに向けた。
「価値観の違い⋯⋯なのかな?」
先程のやり取りを話す。
「捜索する上で軍が取った行動は仕方が無いと思いますわ。貴方も王族ならそうするでしょう? おそらく私もそうしますわ。ただクリス様にとっては嫌いでもお身内ですしね。助けたかった気持ちが沸くかも知れませんわね」
「もう戻ってこないかも知れない」
「⋯⋯不甲斐ないですわね。これを埋められないとしたら、生涯を共にする相手では無かったという事ですわ。それが嫌なら埋める努力をなさいませ」
「⋯⋯そうだね」
膝を抱え顔を埋めるアルドー。
「ところで、ギルランド様はどこに連れて行かれたんですの?」
再びセーレナに肩を扇で叩かれた。
「ああ、あまり気分の良いものじゃないが⋯⋯。実は⋯⋯」
アルドーはセーレナに軍から受けた報告内容を話す。
セーレナの顔から表情が抜けていく。
「⋯⋯そうですか。それなら尚更、クリス様とお話し合いになった方が宜しいわ」
「ああ、必ず。⋯⋯失いたくないから」
アルドーはソファから身を起こし、机に移動する。
その時、エミリオが沈痛な面持ちでドアを開けて入室した。
「あの、殿下。『部門別発表会』の科目の時に気になる事があって⋯⋯」
口籠りながらも話す。
アルドーが促すとエミリオは語りだした。
「ねえ、坊っちゃん。何、うつつを抜かしてるんですか?」
エミリオは一門の生徒たちに囲まれた。
「生徒会にどっぷり嵌って、すっかり第二王子の子飼いじゃないか」
「ラマート子爵家はことごとく失敗して」
「尻拭いさせられて迷惑」
「そもそも先代を何とかしろよ」
生徒たちは口々にエミリオを詰る。
一人の男子学生が進み出て、前屈みにエミリオを覗き込む。釣り上がった眉、細い眼鏡の奥には抜け目無い瞳。
口元は薄笑いを浮かべている。
「ブルーノ・モレッティ」
エミリオが呟く。
「おや、よく私の名前が解りましたね」
フォルフェクス男爵モレッティ家の嫡男。
マールム公爵家の家令の実家だ。
幼い頃からダニエレより余程会う機会が多かった。
「ダニエレ・フォンターナの一件で貴方に自由がなくなったのはわかるんですが、こっちはいい迷惑ですよ。酒のせいか老人のせいなのか、大旦那様は最近言う事が支離滅裂で。まあ、最近はいいおもちゃを手に入れたようで、そっちに興味が向いてますがね」
「なっ、どういう事だ? 僕はあれ以来、学園以外に出る事を許されていない。情報が遮断されてる。⋯⋯祖父の理由のわからなさは、僕も気付いていたが」
エミリオは唇を噛み締めた。
「貴方がアンバーブロウ嬢を取り込めないでいる間に、大旦那様に注進したのですよ。あの娘を何とかしたいなら『芸術』の主家の息子を使うといいってね」
「⋯⋯!」
「それと、第二王子はあの娘が気に入っているようですよって」
ブルーノは口の端を吊り上げて笑った。周りの生徒たちも同様だった。
アルドーとセーレナに緊張が走る。
「話してくれてありがとう。あとはこちらに任せなさい」
アルドーの言葉に、エミリオは弱く頷いた。




