64 これからもずっと
フォンス侯爵令嬢マイヤ・ラグナは、幼馴染のクリス・アンバーブロウの事がずっと心配だった。
入学式からクリスの又従兄妹の双子に嫌がらせをされたり、生徒会役員候補だと言って第二王子が迎えに来たり。
何かと悪い意味で注目を浴びていた。
『聖女コンテスト』では、双子の片割れにまたしても嫌がらせを受けたという。
挙句の果てには『内務』のマールム公爵令息エミリオ・ガルシアが、毎日毎日放課後に生徒会へ迎えに来る始末。
マイヤは以前、母から
「『内務』には近づかないようにしなさい。何だかキナ臭い噂がある」
と、釘を刺されている。
そんな『内務』主家の嫡男に言い寄られるとか、心配しない方がおかしい。
『内務』といえば、エミリオの従弟が同じクラスのフリアに無体を働いて退学になった。
どう考えても『内務』はどうかしている。
だが、学園は話をするにはいい環境ではない。
アルドーやエミリオの事で冷やかしたい連中もいるし、『内務』一門の生徒もいる。
クリスが夏の休暇に帰郷するならば、訪問して話し合いを持つのがいいだろう。
そう考えて使いを出し、ブジェフにやって来た。
到着したのは昼過ぎ。
学園よりは南にあるため少し日差しが強い。
取り次ぎを願うが外出中で、クリスが戻るまで顔なじみのエリオットの応対を受けた。
「マイヤ様、お待たせして申し訳ございません」
クリスが急いで応接室へ入って来た。
マイヤは入口に顔を向けた。
クリスの後ろに立つアルドーと目が合った。
何となく気付いていた。
二人は想い合っているのだろうと。
「クリス様、お邪魔でしたかしら⋯⋯? 第二王子殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」
少しだけ片眉を上げて挨拶を交わす。
アルドーは困ったような顔で挨拶を返す。
「殿下、庭のガラス工房をご案内します!」
エリオットが立ち上がり、アルドーを外に連れ出した。
「急にごめんなさいね、クリス様。学園ではちょっとお話ししづらくて」
ロミが改めて淹れたお茶を一口含んでからマイヤは言った。
「⋯⋯ここに着く前にリーブラ公爵領でリヒター様に偶然お会いしたの。マイヤ様がとても心配されているっておっしゃってたわ」
「そうね。心配よ。女子生徒たちが、貴女の事を『殿下と公爵令息を誑かす女』って言っているわ。⋯⋯殿下に見初められたのね?」
クリスはアルドーには入学前からブローチの製作を依頼されていると説明する。
現地で見たいアルドーに対して、父が離れに滞在する事を提案したとも。
「そういう事にするわ。ところで最近、貴女が急に淑女らしい振る舞いをしようとしているのは、殿下のせいなの?」
「それは違うわ。ミニュスクール公爵令嬢がパトロンになって下さったので、それに見合う品位を身につけねばならないの。上位貴族と渡り合えるように」
淀みなくクリスは話すが、マイヤはそれだけではない、と訝しむ。
「わかったわ。私が心配なのは『内務』のマールム公爵令息の事なのよ。母が『内務』はきな臭いから近づくな、って言っていたわ。お母様の件は『内務』のせいなんでしょう?」
「マイヤ様。それは⋯⋯」
「言えない事なのね?」
「マイヤ様、少し外に行きませんか?」
クリスは席を立ち、部屋の隅に立つ侍女に目配せした。
マイヤは一瞬戸惑いを見せたが、立ち上がりクリスに続いた。
クローステール男爵邸は小高い台地の上に建つ。
広い庭の端には腰の高さほどの柵があり、そこからは『建築』領から流れるレジェーニ川とそれに沿って広がる街並みがよく見える。
クリスとマイヤの二人は終始無言で日傘をさしながらゆっくりと歩く。
レジェーニ川が見えた所でクリスが口を開いた。
「何代か前のフォンス侯爵が作ってくださったダムのお陰で、クローステール男爵領が水害に遭うことは稀になったわ。わたくしも幼い頃からマイヤ様がいてくださったから、ジュール様とイブリン様に何をされようが挫けずやって来られたの」
クリスはマイヤに向き直り「ありがとうございました」と頭を下げた。
訝しげに見つめるマイヤに話を続ける。
「生徒会に入って、ガルシア先輩と出会う事でお母様の行方が少しだけ分かったの。⋯⋯でも、まだ会えないまま。一番の近道がミニュスクール公爵令嬢セーレナ様の期待に応える事なの」
「⋯⋯そう」
「わたくしは王妃様を輝かせたい」
強い眼差し。マイヤは気圧される。
「それが『内務』と関係があるの?」
「そう。マイヤ様を巻き込みたくないの。だから今まで黙ってたの。ごめんなさい」
邸の方からアルドーが歩いて来る。
マイヤの視線の先に気づき、クリスもそちらへ顔を向けた。
「殿下は貴女を守って下さっているのね?」
アルドーを見据えながら言う。
「ええ、春からずっと」
アルドーを見るクリスの顔に笑みが広がる。
それに気付いたアルドーが微笑みかけた時、クリスの背後の柵の向こうで物音がした。
振り向くと見知らぬ男二人が襲いかかろうとしている。
咄嗟にクリスが日傘を閉じ、男たちの方に向けながらマイヤの前に立つ。
マイヤは動転し動けなかったが、少し離れたところにいた侍女が走り寄り、二人を蹴り倒した。
さらにアルドーの護衛が取り押さえる。
「また証拠が出来たね」
アルドーが酷薄な笑いを浮かべる。
「これは、一体⋯⋯?」
マイヤは震える手で口を覆った。
アルドーはクリスを包み込み「怪我はない?」と優しく問いかける。
クリスは頷く。
「フォンス侯爵令嬢、すまない。君がクリスを心配してくれているのは知っている。だが、これ以上立ち入らないで欲しい。今は言えないが、いずれ公になる。『内務』事も、私たちの事も」
「⋯⋯ですが!」
「マイヤ・ラグナ。立ち入るな」
アルドーは威圧を込めて言う。
反射的にマイヤは跪く。
王族の気迫に身体が勝手に動いた。
「そう長くは掛からないはずだ。クリスは私が護る。何があっても、だ」
クリスを引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「お、仰せのままに」
二人の姿が何故か遠く見える。
すでにクリスはあちら側なのだと感じた。
そんなマイヤを見てクリスがアルドーの腕の中から出て、マイヤの手を取り跪く。
「マイヤ様、いつかきっとお話します。⋯⋯だからどうぞ、ずっとお友達でいて下さい。貴女しか普通に話せるお友達がいないの」
ずっと男爵令嬢だからと下に見られ続けたクリス。
それでも顔を上げて頑張ってきた。
セーレナがパトロンについても、アルドーのお相手としても、これからずっとそれは続く。
むしろこれからの方がきつくなるだろう。
きっと変わらず頑張り続けるに違いない。
周りの上位貴族には言えない愚痴も出てくるに違いない。
それに何より、こんな弱音を吐くのはマイヤの母を羨んだ日以来だ。
自分以外に弱音を吐く相手がいないなら、手を差し出す以外にない。
「ええ、もちろんよ。クリス様の一番の友達は私よ! お話待ってるわ」
「⋯⋯ありがとう。マイヤ様」




