58 可不可
「ジュゼッペ氏は、マールム公爵邸から姿を消しました」
王城からの使者の言葉に、生徒会室にいる全員が驚愕した。
使者はその後、役員それぞれに今後の予定を告げた。
ダニエレは自宅へ護送された後、軍の監視下に入る。
エミリオはマールム公爵のタウンハウスで、公爵・公爵夫人と共に三人で聴取を受ける。
アルドー、セーレナはこれから王城で聞き取り。
その他の役員は、明日同様に行われる。
兵士に促されダニエレは静かに退室した。
エミリオはフリアとペールの怪我を心配し謝罪した後、もう一人の兵士と共にマールム公爵邸へと帰っていった。
クリスはダニエレに横薙ぎにされて、机に打ち付けられたペールが心配だった。
かなり顔を歪めていた。
ペールは「ガルシア先輩が何だか泣きそうだったから⋯⋯」と痛いのを我慢していたらしい。
フリアが進み出て、医療室へペールの手を引いて行った。
使者と共にアルドーとセーレナは王城へ向かい、イシャーンとクリスは帰宅の途についた。
アルドーが去り際に「クリス、先程は封筒をありがとう」と言った。
優しい気遣いにクリスは微笑んだ。
次の日の放課後、クリスの上位クラスに「いつもの先輩」はやって来なかった。
クラスメイトは残念に思ったが、昨日の騒ぎで何かあったのだろうと推測した。
名物の男子生徒は『内務』のマールム公爵の嫡子。
フリアに無体を働いたのがその従弟である事を全員が知っていた。
「残念ね、アンバーブロウ様」
口々に上位貴族の子女たちがからかう。
「皆様に話題を提供出来なくて残念に思いますわ」
クリスは躱して、フリア、ペールと共に三人で生徒会室へ移動した。
生徒会室にはイシャーン一人が机で会計作業をしているのみで、アルドーとセーレナの姿はなかった。
アルドーの代わりにフラッハが生徒会長席に座っていた。
「やあ、ごきげんよう、御三方。殿下とラティオ嬢は王城で聞き取りを受けてるから、今日はお休み。私が代わりに鍵を開けに来たんだ」
「兄上ー。開けるだけなのに、何でそこに座ってるんですかー?」
ペールが机に走り寄って、兄の頬をグリグリと突く。
「こんな時しか出来ないじゃないか」
鬱陶しそうに手首を掴み、ペールの頬にそのまま押し付けた。
「この件はマグノリア王国正規軍の諜報部が動いてるんだ。それで君たちも今から移動して欲しい」
その一言で学園の裏口に停められた馬車で、軍庁舎へ向かった。
軍庁舎は王城の主城門の外にあり、王城よりは小ぶりだが充分に堅牢な造りだ。
建物の真ん中に訓練場があり、兵士たちが剣や銃で非常時に対応すべく腕を磨いている。
五人はフラッハを先頭にブリーフィングルームへ急いだ。
まずは全員から一連の流れの聞き取りがあるらしい。
その後は一人ずつ聴取が行われる。
こんな事で王城へ赴きたくはなかったな、とクリスは思う。
事件の解明は母の解放にも役立つだろう。
そう思い直した。
初めての軍庁舎にペールなどは辺りを興味深そうに視線を巡らせ、イシャーンは値踏みするように設備を見ている。
クリスも窓に嵌められた耐火・耐衝撃ガラスに興味を奪われ、どことなく気もそぞろだ。
そんな中、フリア一人が沈痛な面持ちで最後尾を歩いていた。
ブリーフィングルームに通され、生徒会発足から昨日までの出来事を順を追って話し合った。
一人が話し、誰かが補完する。
そんな具合で行われた。
その後、一人ひとりに兵士が割り当てられ個別の聴取となった。
クリスにはあまり威圧感のない男性兵士が担当になった。
「クリス・アンバーブロウ? キアラ・フォンターナの娘か?」
柔らかい調子で問われたが、クリスに緊張が走る。
「はい」と、探るように答えた。
「若い頃の彼女によく似ている。可愛い才女で一部で有名だったよ。まさか、ノア・アンバーブロウと結婚するとはなぁ。みんな驚いたよ、婚約が公表された時は」
「学園の頃をご存知なのですか?」
「ああ、私の方が年下だが。しかし、厄介な事に巻き込まれて大変だったね」
学園時代を知る人物に会えるとは、クリスは思っていなかった。
不思議な縁を感じた。
「お気遣い、ありがたく存じます」
「わかった。ありがとう。聞き取りはお終いです」
幾つか質問の後、兵士は言った。
「あの、一つだけよろしいですか? 母は今、どうしているかご存知でしょうか」
「今朝、王城で元気な姿を見たよ」
なんてことはない、そんな調子で兵士は言った。
「良かった。お母様」
クリスはそれだけで嬉しくて、溢れる涙をこらえる事が出来なかった。
聞き取りを終えたフリアがクリスに駆け寄った。
クリスを労わるように、背中を撫でる。
クリスが顔を上げると、何故かフリアの顔に乾いた涙の跡がある。
「フリア様、どうしたの? お顔が⋯⋯」
「あっ、昨日の事を思い出していたら、悲しくなってしまって。ガルシア先輩もフォンターナ様も、お二人ともお労しくて⋯⋯」
「優しいのね」
クリスはフリアを抱きしめた。
「クリス様は?」
フリアもクリスを抱きしめ返す。
「お母様がお元気なんですって」
「良い知らせね」
ぎゅっと力が込められた。
「さ、君たち。他の子も終わったようだ。送りますよ」




