57 崩壊
ダニエレはほとんど眠れないまま夜を明かし、学園へと向かった。
だが、「タイミングが掴めない」と自分に言い訳しながら、ずるずると三日過ごした。
授業は全く頭に入らず、それどころか他人の声も耳に入って来ない。
しかし祖父の身を思うとやらねばならない。
放課後を待った。
重い身体を動かし、隣の上位クラスへ足を運ぶ。
ドアの向こうに並ぶ机の波の中に、彼女はいた。
『医療』バストン侯爵令嬢 フリア・ロペス。
だが、彼女の周りには三人のクラスメイトがいた。
クリス、マイヤ、そしてペール。
「ロ、ロペス嬢。サークルの事で話が⋯⋯」
ダニエレは意を決して話しかけた。
フリアは首を傾げ
「何でしょう?」
と、ダニエレに顔を向けた。
「ちょっと、いいかな」
ダニエレはフリアの腕を掴み、ぐいと引っ張った。
「っやっ。あのっ、フォンターナさまっ」
フリアが体勢を崩してよろけた瞬間、ペールが走り寄った。
ダニエレは咄嗟に横なぎに腕をペールに叩きつけた。
「ダニエレ! 何をしている! フリアから手を離せ!」
エミリオの声がした。
エミリオとペールがダニエレを取り押さえようと三人で揉み合う。
「コトン」
何かが転げ落ちた。
ペールがそれに手を伸ばす。
「あっ! それは!」
気付いたダニエレが、それをもぎ取ろうとする。
「えーと、もしかして?」
ペールは言うなり、靴の踵で踏み砕いた。
ネクタイピンの台座から鉱石が外れた。
「何があったんだい?」
エミリオとペールに両手を掴まれ、生徒会室に連れてこられたダニエレ。
真っ先に口を開いたのは、生徒会長であるアルドーだった。
「あ、あのっ。先代様が⋯⋯」
一瞬にして生徒会室に緊張が走る。
エミリオがその手に力を込めると、「いっ」とダニエレが呻いた。
「二人とも離しておやり」
アルドーはゆったりと話しかける。
ダニエレを睨みつつ、エミリオは手を離した。
「これを」
ダニエレはポケットの中の紙片をアルドーに差し出した。
横から護衛の黒い男が音もなく現れ、それを手に取った。
ただの紙である事を確認してアルドーの机の上に置く。
「これは、地図?」
「先代様が、ロペス嬢を連れてこいと。⋯⋯『医療』が王家におもねったからって」
「ん? 最初から話してごらん?」
ジュゼッペがリカルドの行方に『医療』を疑っている。
最近王家におもねり、大神殿と繋がった事に危機感を覚えている。
何をするのかわからないが、フリアをその地図の場所に連れてこいと命令された。
ダニエレは順を追って話した。
「やらなければ、祖父の身に危険があるかも知れないんです」
「なるほどね」
アルドーは黒い男を手招きし小声で話す。
地図を指差し頷いた。
男は紙片を手に生徒会室から立ち去り、部屋は静寂に包まれた。
「殿下ー、こんなの持ってましたー。壊しちゃいましたけど」
ペールがネクタイピンと外れた鉱石を机に置いた。
「これは?」
アルドーは台座の中央を食い入るように見る。
エミリオまでそれに加わり、二人で頷きあっている。
「先代様から渡されました。⋯⋯俺の声が聴こえるそうです」
「へえ」
アルドーの顔に笑みが広がる。
いつもとは違う冷たく暗い微笑。
アルドーは立ち上がり、ダニエレのタイを外した。
ネクタイピンをタイで包む。
それを見たクリスが引き出しから封筒を取り出し、アルドーに手渡す。
封筒を手にアルドーは資料室に入り、しばらく戻らなかった。
「ネクタイピンは国王陛下にお渡しする。いいね?」
アルドーは戻るなり、ダニエレに言い渡した。
それと、と言ってアルドーは続けた。
「君の処遇も考えなければならない。下手に帰すと君こそ命の危険がある。だが、私の一存で決められない。じき王城から人が来るだろう」
半刻後、王城からの使者が生徒会室へ到着した。
使者の報告によれば、地図の場所はもぬけの殻であり、現在は残留物を調べている最中だという。
ラマート子爵は無事であり、邸の周りには兵士が配置された。
そして、使者は伝える。
「ジュゼッペ氏は、マールム公爵邸から姿を消しました」




