54 道化師
「アンバーブロウ嬢!」
一学年の上位クラスの扉が勢いよく開かれた。
最近、放課後になると必ずある男子生徒が訪れる。
授業の終わりが迫るとクラス中の生徒が、ソワソワと彼の来訪を期待する。
期待通りに訪れた彼の目的は、クリス・アンバーブロウ。
「ガルシア先輩、お静かになさいませ」
クリスは素気なく答える。
「そう言うな。さあ、一緒に生徒会室へ行こう」
エミリオはクリスに左手を差し出す。
クリスは「申し訳ございません」とエミリオを躱し、フリアとペールに微笑みかけ教室を出る。
エミリオはがっしりと後ろから『司法』フィン・リヒターに肩を掴まれた。
「⋯⋯つらい」
生徒会室の自分の机に突っ伏してエミリオは呟く。
「ガルシア先輩、毎日なさらなくても良いのではありませんか?」
クリスは眉を下げる。
エミリオは建国祭の次の日から、毎日欠かさずクリスの教室まで迎えに行っている。
アルドーとクリスに周囲の視線が集中しないようにするためだ。
「最初から飛ばすと後々大変だぞ?」
イシャーンの指摘。
「わかりやすい方がいいかと思って」
エミリオは項垂れて答える。
「リヒター様に何を言われてたんですか?」
隣の席からフリアが問う。
「付き纏いだとか、年上なんだからハラスメントだとか、何だとかって。ううう。殿下と扱いが違う」
「なっ、エミリオ。私はそんなに迎えに行ってなかったよ?」
「って、睨むのやめて下さい。殿下」
どうにも人付き合いが上手くできないエミリオ。
どうすれば自然に自分へ注目を集められるのか、本人にも解っていない。
「ガルシア先輩、外回りに行きましょう。戦闘訓練のサークルから、要望書が届いてます。聞き取りしてきませんか?」
覗き込むようにフリアが首を曲げてエミリオを見る。
長い前髪がずれて、円らな瞳がよく見えた。
こんな風にフリアから誘ってくるのは珍しい。
何となく気が晴れて、エミリオは立ち上がった。
エミリオとフリアは学舎からアスレチック・フィールドに向かう。
学舎を出て少しして「実はですね⋯⋯」とフリアが切り出した。
「今回の事をきっかけに、『医療』は大神殿と連携を密にする事が決まったんです」
「今回⋯⋯?」
「大抵の気鬱の方には、ハーブを使用するんですけど、上位貴族の方には古くから伝わる特別な薬を処方するんです。大神殿に融通してもらうんで、沢山は出せないんですけど。そういう事例の病っていくつもあるんです。だからアルドー殿下に相談したんです」
話を聞いたアルドーはベニニタス国王と面会を取り付け、『医療』と神殿長の橋渡しを願い出た。
丁度ベニニタスは王城の医療機器で身体の検査をするつもりでいたので、『医療』バストン侯爵マルティン・ロペスと神殿長を呼び出した。
そこで国王の検査をする傍ら、二人の会見が王城の医療室で行われた。
古くからの薬の入手にはある程度時間が掛かる。
製造する施設を造るのは今の技術力では不可能である。
神殿長からは、その二点が提示された
現在民間等で使われているハーブ類を調合して、効き目は弱いが持続して飲めば回復を見込める薬がある。
その製造方法を伝授するのはどうか。
神殿長は代案を提示した。
ただし、ここ数百年の間は王国各地で自生する薬草の調査をしていない。
採取、分析をしなければならない。
分析は大神殿が行い、フィールドワークを『医療』担当する事が決定した。
「だから今、『医療』はかつて無い程の活気に満ちているんですよ」
「殿下はフットワーク軽いんだな。リカルドの事も殿下が手を貸してくれたんだ」
「私、殿下にお礼を言ったんです。そうしたら、こうおっしゃるんです」
『私はたまたま居合わせただけで、何もしていないよ。みなが私の周りに同時に現れたんだ。
そして君たち一人一人が思うように行動した。私は自分に出来る事をしただけ。
それに、クリスが今頑張ってるのに、ただ待ってるだけなんて⋯⋯ね?』
エミリオはふぅ、と息を漏らす。
一歳しか違わないのに、何も見ていなかった自分と大違いだ。
本にしか興味を示さない、と馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。
「そういうの聞くと、あの二人の応援したくなるよなあ」
「ふふふ。そうですね。王子様と男爵令嬢の恋なんて、まるで夢物語の様で素敵ですし」
そんなものに憧れているなんて、フリアも案外可愛いところがあるんだな。
などとエミリオは変に感心してじっとフリアを見る。
気付いたフリアの顔が真っ赤に染まった。
「⋯⋯かっ、からかわないで下さいね?」
「やっ、からかってなんかっ。⋯⋯い、行くぞ。戦闘訓練サークルだよな!」
放課後、生徒たちの中には、同好会に所属する者もいる。
体術や剣技、弓術などの戦闘に特化したものや、刺繍などの手芸、料理研究など、様々なサークルが存在する。
そのうちの一つ、戦闘訓練サークルは主に害獣駆除の為の技術を修練する目的で結成された。
将来、王国正規軍への入隊を希望する者も多い。
マグノリア王国の正規軍は王国直属の機関であり、全ての権限は国王にある。
ちなみに警察機構はそれぞれの部門の領地で編成されるもので、最高統括者は領主である元老院主家である。
剣技場は、金属のフェンスで囲まれ二つのブロックに分かれている。
一方は四方を階段状のベンチが囲み、中央に剣闘の試合の出来るステージ。
もう一方は練習場だ。
フェンスの外側からエミリオとフリアが覗くと、練習場で見知った顔が大剣を振るっていた。
エミリオの従弟、ダニエレだ。
彼は上背もあるので大剣を得意としている。
しばらく見ているとダニエレが二人に気づき、走り寄ってきた。
「やあ、ダニエレ」
エミリオが笑顔で声を掛けたが、ダニエレはかなり驚いている。
「エミリオ様、ご機嫌麗しゅう存じます」
騎士の礼をするダニエレ。
「ガルシア先輩、従弟の方ではないんですか?」
エミリオはものすごい勢いでフェンスを両手で掴み、礼も様付けもいらない、と慌てた様子で言葉を返した。
「⋯⋯か、変わりましたね、エミリオ⋯⋯さん?」
「いや、さんもいらないって」
「俺の名前、知ってたんですね」
これでもかと言うほど顔を赤くして、エミリオはダニエレを見た。
その後ろでフリアが苦笑している。
フリアはサークルの代表との取次ぎをダニエレに依頼する。
やがてやって来た代表と剣技場を廻り、聞き取りをしてその場を去ろうとした。
ダニエレが走り寄り、「父の行方を知りませんか?」と問う。
エミリオは「知らない」と、一言だけ返す。
「先代の使いがうちに来て、行方を知らないかって」
ダニエレが頭を掻きながら、嫌そうに話す。
「そうか。医療施設に入ったって父上から聞いただけだよ」
エミリオは下手に話すのは得策ではないと、知らぬふりをした。
フリアも気付いた様で、口を挟まなかった。
「⋯⋯ありがとうございます」
ダニエレは納得していない様子だが、これ以上は話せない。
エミリオとフリアは生徒会室へ向かう。
「探しているんですね」
フリアが呟く。
エミリオは頷き、前を見据えた。




