第52話
「みなさん、慌てないでください! 慌てないで! ポチのバッテリーはまだまだ余裕ありますから! ちゃんと、会いたい人と会えますからねー!」
私は片っ端から、通話申請を飛ばしていく。
よかった……今日は予備バッテリーを大量に持ってきてる!
これなら同時に何十件ビデオ通話を繋いでも問題ない!
「……ええと、こちらの幽霊さんの遺言は『ブラウザ履歴の削除』ですね? はい、ちゃんと記録しておきます……報酬は『お盆に会いに行って感謝を伝える』?? え、えっと……報酬とかは大丈夫です、ありがとうございます……」
「……こちらの方の遺言は? 『今年のお供えはPS5で、中に最新ゲームを全部入れてほしい』……分かりました。ちゃんと伝えておきますね」
「中村さん、警察の方から“三日前の夜に何があったのか聞いてほしい”って言われてるんですけど……えっ!? 犯人、まさか『正義冒険団』って名乗ってるA級冒険者なんですか!? うわっ、これ配信に乗せちゃダメなやつでは!? 放送事故ですよねこれ!?」
「S18ダンジョンのボスって、HPが52%切ると急に発狂するんですか? 情報ありがとうございます! ……あっ、頭が落ちましたよ!? だ、大丈夫ですか!? はい、そうです、その辺です! もうちょっと右! あっ、よかった! ちゃんと拾えましたね! 歩く時は気をつけてください!」
「あなたの願いは……復活、ですか……。それは……ごめんなさい。私にも、どうしたらいいのか分からなくて……」
「みなさん、順番にお願いしますー! ひとりずつ遺言を話してください! できる限り、ちゃんと届けますからー!」
◇
冒険者協会。
『未知ダンジョン開拓・研究対策室』
鎧警察の真司は、机の前で映像を見つめながら、徐々に表情を引きつらせていた。
画面の向こうは、もはや夏祭りの屋台通りみたいな騒がしさになっている。
「……これ、教えたほうがいいんじゃないか? 三キロ先に、別の転送出口あるって。出たければ普通に歩いて出られるって……」
「転送門が壊れた直後に言うべきだったな。今さらもう遅い。状況が完全に初期想定を超えてる」
眼鏡の研究員が、険しい顔で眉間を押さえた。
「まさか本当に、現実世界の死者と一致する幽霊が現れるとは思わなかった……しかも、それを全世界に生配信されるなんて」
「お前が『退路を失ったと思わせたほうが、もっと奥まで探索する』とか言ったからだろ」
真司は呆れたように口を尖らせる。
「だから、あの時わざと黙ってたんじゃねえか」
「今となってはもう止められない。
あの配信は、現世と冥界を繋ぐ唯一の窓口になってしまった。
死んだ家族にもう一度会いたい人間が、今も世界中から押し寄せている。
同時に、最後の願いを叶えたい幽霊たちまで殺到している」
研究員は低い声で続けた。
「この状況で、冒険者協会の権限を使って配信を強制停止したら……最悪、暴動が起きる」
「人間の抗議活動ならまだいいけどな……」
真司がぼそりと呟く。
「幽霊のデモとか、どうすんだよ」
「……百鬼夜行か」
室内の全員が、ぞわりと背筋を震わせた。
その時。
カチャリ、とドアが開く。
最初に部屋へ入ってきたのは、毛並みのいい金色の盲導犬だった。
その後ろから、老人がゆっくりと入室してくる。
室内の全員が、慌てて立ち上がった。
「会長!」
「会長!」
「……うむ」
老人は静かに頷き、席へ腰を下ろした。
「小金から聞いたよ。どうやら、君たちは判断に困っているらしいな」
「会長……探索中の少女が転送陣を破壊した後、本当に幽霊が出現しました。しかも現実の死者情報と一致しています」
「幻覚魔法の可能性は?」
「まだ完全には否定できません。
ですが……あの子が、これほど大量の死者を知っているはずがない」
研究員は唇を噛み締める。
「もし『記憶を読み取って幻覚を見せるタイプの魔法』だとしたら……術者は、配信越しに視聴者側の記憶まで読み取っていることになります。
そんなの、あまりにも危険すぎる……!」
「……なるほど」
老人はゆっくり頷いた。
「確かに、それは厄介だ。
だが……逆に考えてみよう」
静かな声が、室内に落ちる。
「もし――
あそこが、本当に死後の世界だったなら?」
「……」
誰も言葉を返せなかった。
“冥界”の実在。
そんなものが証明されてしまえば、人類の生死観そのものがひっくり返る。
自分たちですら、まだ“死後の世界”という概念を受け入れる準備ができていない。
むしろ、幻覚魔法だったと言われたほうが、まだ安心できる。
「ダンジョンは、無限の可能性を世界にもたらした」
老人は穏やかな口調で続ける。
「魔法。
AI。
魔物。
巨竜。
勇者と魔王。
一瞬で星間移動すら可能にする技術。
……これだけの“奇跡”を見せられたあとでは、“冥界が存在する”と言われても、私はそこまで驚かんよ」
「ですが……」
研究員は苦しげに声を絞り出した。
「このまま全世界へ配信して、本当にいいんでしょうか……? せめて、情報統制を――」
老人は小さく笑って、首を横に振る。
「いつかは誰かが向き合わなければならない。
人は、遅かれ早かれ“生”と“死”について考えることになる。
もしダンジョンが、本当に生死を繋ぐ道を作ってしまったのなら――
人類は、その道とどう向き合うかを学ばなければならない。
隠し通せるものではないよ」
「……早すぎませんか」
「……もし冥界の存在が、人々にほんの少しでも立ち止まる理由を与えるのなら。
この狂った時代に、少しでも心の慰めを残せるのなら」
老人は静かに目を閉じた。
「力ばかり追い求めて、自分を壊してしまう人間も……少しは減るかもしれない。
“無限の可能性を持った未来と、人類がどう共存するかを学ぶ”――
それこそが、冒険者協会の存在意義なのではないかね」
◇
「みなさん落ち着いてくださいねー! 順番順番! ……えっと、さっき“お腹いっぱい食べてから三途の川を渡りたい”って人が多かったので、とりあえず三途の川で魚釣りしてみようと思います!」
「えっ、中村さん釣りできるんですか!? 助かります!」
「井上さん、お料理得意なんですか? じゃあ、この彼岸花を料理にできたりします? 衣つけて揚げるとか……おひたしとかでもいけそう! 私、調理器具持ってきてます!」
「みんなお腹空いてるんですか? じゃあ、今すぐ遺言残したい人は、そのままポチに直接話してください! それ以外のみなさん、一緒にご飯作りましょう!」
「焚き火で焼肉!? いいですね! あっちに木材っぽいのありますよ!
……でも、他の死者を焼いて食べるのはダメですからね!? 失礼すぎます!」
……なんだか、急にとんでもなく忙しくなってきた。
私は額の汗をぬぐう。
ポチのホログラムの光が周囲を照らしていて、冥界の黄昏ですら少し明るく見えた。
……あれ?
そもそも私、何しに来たんだっけ。
あっ、そうだ。
ご飯食べに来たんだった。
……まあ、いいか!
どうせ食べるのが目的なんだし、一人で食べても、みんなで食べても同じだよね!
幽霊のみんなもお腹空いてるって言ってるし、どうせ渡るなら、お腹いっぱいの状態で渡ったほうが幸せそうだし!
ただ、周囲の食材がちょっと足りない気がする。
三途の川の魚、多いといいなぁ。
「……うわあああっ!? どこから来たのこのモルモット!?」
突然、遠くから大量のモルモットが突撃してきた。
しかも、なんかめちゃくちゃ怒ってる!?
モルモットたちは私の服やズボンに噛みつきながら、キーキー鳴き声を上げて暴れ回る。
まるで鬱憤でも晴らすみたいに、ガジガジ噛みまくっている。
言葉は分からない。
でも――
たぶん、とんでもなく口汚く罵倒されてる気がする……!




