第45話
「魔法使いさん……うぅ……魔法使いさぁん……」
私はぼろぼろ泣いていた。
少し離れた場所から、青野がこちらへ歩いてくる。
「……何泣いてるの?」
「契約を果たせなかった悪魔って、死んじゃうんでしょ? 魔法使いさん、たぶん死んじゃった……私が変な願いばっかりしたせいで……」
「……お前、あいつが悪魔系の存在だって理解してたんだよな? だったら正義執行ってことでよくない?」
「でも、料理すっごく美味しかったし……ずっと無料で運命薬作ってくれたし……超いい悪魔だったんだもん……」
「……で、お前は何を願ったんだ?」
「いちごと、チョコと、それから……運命薬を合計八杯。あと百杯テイクアウト」
「……あいつ、お前に遭遇した時点で詰んでたんじゃないか?」
私はさらに数秒だけ魔法使いさんの冥福を祈ってから、涙を拭いて顔を上げた。
「青野は? さっき別れて探索してたけど、何してたの?」
「あー、私も黒布の屋台行ってた」
「そっちも運命薬で願いを叶えるやつ?」
「そう」
私は一瞬で緊張した。
だって、あの薬。
反転後の効果しか見てないけど、本来の効果はかなり危険そうだった。
羊にされたり。
自由を奪われて市場で働かされたり。
何かに対して戦争を始めさせられたり。
もし青野が本当に運命薬を飲んでたら……
「なんかあいつ、“願いを叶えられる”“世界を支配できる”“SSS級スキルも手に入る”とか言ってきてさ。正直、かなり心揺れた」
「それで?」
「でも……」
青野は私を見て、深々とため息をついた。
「どっかのバカがさ。“私は青野を信じてる!”とか、“青野は天才だから!”とか、そういう恥ずかしすぎるセリフをずっと叫んでたの思い出してさ。
飲む直前で急に冷静になった」
「よかったぁ!」
「それでふと思ったんだよ。これ、薬扱いなら、お前の毒反転で無効化できるんじゃないかって。しかも匂いがめちゃくちゃ美味そうだったし、お前絶対好きそうだし。
だから、その運命薬をテイクアウトして持ち帰ったあと、別の黒布屋台行って、もう一杯注文して、また持ち帰って。
さらに別の黒布屋台に行って、もう一本注文して、またまた持ち帰って。
そのあと外に出て、また新しい黒布屋台見つけて、また一本注文して……」
「……???」
「合計三十店舗。お前のところだけは“中に人がいるから入れません”ってなってたけど、それ以外は全部一杯ずつ確保した。ほら……ここ」
青野が自分のリュックを開ける。
三本の超特大サイズのプラスチックコーラボトル。
その中には、乳白色の運命薬がぎっしり詰め込まれていた。
「空ボトル三本持ってきてて助かった〜!」
「……」
私は顔を覆った。
「さっきまで、“私って注文しすぎたかな……”って罪悪感抱いてたのに……私、何に罪悪感覚えてたんだろ……」
私は空を見上げる。
艦隊みたいな形をした巨大な黒雲が、まるで全力で逃げ出すみたいに、ものすごい速度で遠くへ飛び去っていくところだった。
私は大爆笑している配信コメント欄を見て、力なくため息をつく。
「みんなも将来悪魔になるなら、契約内容を美味しくしすぎちゃダメだからね……。“契約書の持ち出し禁止”とか、ちゃんと条件つけないと……同じ失敗しちゃダメだからね……」
青野はコーラボトルを持ち上げ、顔の前で中身を眺める。
「薬剤で運命契約みたいな現象を起こす、ってことでしょ? 普通に超高度な錬金薬じゃない?
……もし嫌じゃなかったら、少し残して分析させてくれない? 高級薬剤の解析って、かなり強くなれるんだよね!」
「……ノーマル味の薬、ちょっと飽きてきてたし。好きに分析していいよ」
私は森のそばの石に腰を下ろした。
木々の間から聞こえる鳥のさえずり。
淡い青空。
その景色をぼんやり眺めているうちに、なんだか頭がふわふわしてきて、体を動かす気力が消えていく。
「ポチ……なんか……頭くらくらする……どうして……?」
まさか……
『毒反転』、効かなくなった!?
私、中毒起こしてる!?
【生体データを測定中……】
【血糖値上昇を検知。胃部への血流集中により、脳部血流が低下しています】
【結論:食べすぎです】
「食べすぎ……? これが……満腹って感覚……?
ふへへ……ふへへへ……くらくらする……最高……」
【未処理のタスクがあります。処理完了後、あなたは一生飢える必要がなくなります】
「……ん?」
頭が回らなくて、ポチの言っている意味が理解できない。
その瞬間だった。
空の彼方から、轟音が二発。
戦闘機が音速突破したみたいな爆音なのに、エンジン音は存在しない。
恐ろしい振動で、森全体が激しく揺れた。
私は顔を上げる。
流星……
二つの流星だ!
赤と青。
互いに絡み合いながら、競争するみたいに私と青野めがけて落下してくる!
「どうやら、私が一番乗りみたいね!」
ブゥゥゥン――
二つの流星が空中で激しく競り合っていた、その瞬間。
天から一本の光柱が降り注いだ!
二つの流星を追い越し、宇宙から一直線に降りてくる、神罰みたいな光。
大地はその熱で真っ赤に焼け焦げ、灼熱の光の中心から、一つの輪郭がまるで3Dプリントされるみたいに浮かび上がる。
――未来SFそのものみたいな鋼鉄の女戦士。
身体に密着したメタリックスーツが、その細身のシルエットを際立たせている。
胸部には『W』社のロゴ。
ヘルメットが開くと、黄金色のポニーテールが太陽光みたいにさらりと流れ落ちた。
直後。
空の二つの流星も轟音と共に森へ墜落する。
衝撃波が一瞬で森林を更地へ変え、その破壊は止まらないまま、私と青野の方向へ押し潰すように迫ってきた!
「――静まれ」
小さな詠唱。
次の瞬間、白い長衣を纏った人影が、私と青野の前へ現れる。
青い長髪がふわりと揺れ、その手には三枚の符。
符が燃え始めると同時に――空気そのものが静止していく。
そして。
逆流した。
爆発で吹き飛ばされた森林が、まるで動画の巻き戻しみたいに元の姿へ復元されていく!
「……おいおい、あの子に好印象与えるために、時間逆行レベルの大技まで切ったのかよ? 柳青弦、お前ほんと容赦ねえな」
森の中から、鮫みたいなギザ歯を見せた赤髪の筋肉男が姿を現す。
私たちの前に立つ青髪の女性は、長い袖を軽く払った。
面倒そうに、その男を完全無視する。
表情は氷みたいに冷たい。
「くそっ、くそっ、くそっ! みんな来るの早すぎ! これじゃ百億じゃ済まないじゃない!」
金髪の少女が悔しそうに地団駄を踏む。
彼女は英語を喋っていたけど、鋼鉄スーツが即座に翻訳していた。
しばしの沈黙。
そして次の瞬間。
三人の視線が、一斉に私と青野へ向けられる。
……私たちはもう、抱き合ったまま完全に固まっていた。
「SSS……級冒険者……」
青野の声は半泣きだった。
「しかも……全員……!?」
私もがたがた震えていた。
食べすぎでぼんやりしていた頭なんて、一瞬で吹き飛んでいる。
脚にまるで力が入らない。
「おい、お前ら二人――」
顔つきの凶悪な赤髪筋肉男が、こちらを見て口を裂くように笑った。
鋭い鮫みたいなギザ歯が覗く。
「その薬――完全回復薬だな? 誰に売るつもりだ。早く答えろ。
答えなかったら……殺すぞ」
「……それ、あいつのです! 私関係ないです! 問題一問も正解してません!」
青野は一瞬で私から距離を取った。
「えっ!? えっ!?」
気づいたときには。
その場にぽつんと取り残されていたのは、私だけだった。
そして。
三人分の視線が――全部、私に突き刺さった。




