第32話
そういえば、これまでに摂取してきた毒は、だいたい一回で致死量に達していた。だから一度しっかり消化しきらないと、次の反転は発動しなかった。
でも――アルコールは、ああいう毒とは違う。
飲めば飲むほど、効果は積み上がっていく。
ドンッ!
また一杯、飲み干した。
「はっ! 空いたグラスの数は見てたぞ? さっきお前が飲んだ分、これでちょうど帳尻は合ったよな? ――じゃあ、次はお前の番だろ?」
私は大男の魔法使いを睨みつける。
「ふん……誰が相手でも結果は同じだ」
男は嘲るように笑い、グラスを持ち上げ――
一気に飲み干した。
――勝負、再開。
場の空気が一瞬で沸騰する。
……いいね。
欲しかったのは、この熱量。
この流れなら――私の提案を、あいつは断れない。
「こんなチマチマした飲み方じゃつまらない! マスター! 店で一番強い酒を持ってきて!! 一口で沈むようなやつを!!」
酒のランクを、一気に引き上げる。
対面の男の表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。
こいつは水系魔法で、酒の中の水分と一部のアルコールをこっそり体外へ排出している。
低アルコールの酒、例えばビールみたいな勝負では――それは圧倒的に有利なイカサマだ。
けど。
度数が高くなればなるほど、その優位は通用しなくなる。
むしろ水分が減ることで代謝が追いつかず、酔いが加速する。
「お前……」
「なに? まさかビビった?」
私は即座に言葉を被せて、逃げ道を塞ぐ。
周囲のコールが一気に膨れ上がる。
「ウォッカ!! ウォッカ!! ウォッカ!!」
男は奥歯をギリッと噛み締めた。
「ウォッカでいいだろ! ガキ相手にビビるかよ!!」
体格も体重も、あっちはほぼ倍以上。
常識的に考えれば、自分が負けるなんて思うはずがない。
「じゃあ決まり。マスター、アルコール度数96%のスピリタスをお願い」
「い、いくつだって……?」
男の目が見開かれる。
「スピリタスだと!?」
バーテンダーは戸惑いながら背後の棚を見る。
「お客様……本気ですか? スピリタスは……ほぼ純アルコールですよ」
「勝負なんだから、一発で決めないとね?」
「ですが……」
バーテンダーは躊躇しつつも、棚から瓶を取り出す。
「これは通常、カクテル用です。飲む場合も、一度火をつけてアルコールを飛ばしてから……」
「大丈夫大丈夫。冒険者なら、一番強い酒くらい飲めないとね?」
やがて。
96度のスピリタスが、私と男の前に置かれた。
男は唾を飲み込みながら、瓶を凝視する。
「お前……狂ってる……! こんなの飲めるわけないだろ!? 触ることすら――」
「もちろん。飲むに決まってるでしょ?」
私はそのまま瓶を掴み、
グラスすら使わず――
喉へと直接、流し込んだ。
ごく、ごく、ごく。
まるで液体の炎が食道を駆け下りる。
喉が、焼ける。
「はぁぁぁあああ!?!?」
「WTF――!!」
「やめろ!! 本当に飲んでるぞ!? 止めろって!!」
野次を飛ばしていた連中ですら、顔色を変えた。
せいぜい小さなグラスで競うと思っていたのだろう。
それでも危険だというのに――
この飲み方は。
完全に自殺行為だ。
ごく――ごく――ごく――
私は一息で、一本丸ごと空にした。
最後に瓶底に残った数滴を灰皿へ垂らし、
ボッ、と火をつける。
これが、本物のスピリタスだという証明だ。
そしてそのまま、テーブルの上に飛び乗り、
もう一本の瓶を掴んで――
男の目の前へ突きつけた。
「――次は、あんたの番」
男の目が、恐怖で見開かれる。
その手は、いつまで経っても伸びてこない。
「どうしたの? 怖い?」
震えながら、男が手を上げる。
店内は、水を打ったように静まり返る。
すべての視線が、彼に突き刺さる。
重圧で、手がガタガタと震えている。
――その瞬間。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
バシッ!!
男は酒瓶を叩き飛ばした。
「ふざけんな!! 狂ってる!! こんな勝負!! たかがBランク任務だろ!? 命張る必要あるかよ!!」
そのまま背を向けて逃げ出そうとする。
――けど。
私はその襟首を、がっちり掴んだ。
背後から、低く囁く。
「逃げちゃダメだよ?」
声は、氷みたいに冷たい。
「さっきのイカサマ……全部、正直に話して。じゃないと――」
私は耳元で、くすっと笑った。
「私が死んで幽霊になったら、一緒に地獄まで連れていくから」
身長二メートル超の巨体が、
今にも泣き出しそうに震えた。
「わ、わかった!! 認める!! 水系魔法を使った!! 酒の水分を抜いてたんだ!! それでいいだろ!? もう関わるな!!」
男はそのまま、転がるように店を飛び出していった。
「おーい……負けたなら、酒代くらい払ってけ……」
神代が酔っぱらった声でぼそっと言う。
直後。
袋いっぱいの銀貨が、外から投げ込まれた。
酒場が一斉に笑いに包まれる。
「大丈夫?」
私は慌てて神代を支えた。
まだ知り合って間もないけど――
一応、同じダンジョンに潜った仲間だし。
それに、前に私が攫われたとき、助けを呼んでくれたのも彼女だ。
「とりあえず、部屋に運ぼう」
私と錬金術師の青野で、左右から神代の腕を担ぐ。
そのまま部屋まで連れていって、
ベッドに寝かせようとした、その瞬間――
ぎゅっ。
彼女の両腕が、突然強く締まった。
私と青野の首を――
がっちりと締め上げた。




