第7話 恋愛CIA、湾岸に潜入す!
黒須の車を追う、一台のハーレーダビッドソン。
ルカは、ハーレーに乗って黒須を追っていた。
黒須の車に仕込んでおいた盗聴器で、ルカは一部始終を聞いていた。
(念の為盗聴器を仕込んでおいて正解だったわ。本当に手がかかる奴)
「ウリエル、至急例の物を頼む」
―「了解、もうすぐ周波数をジャックします」
黒須が運転する車内で、突然カーラジオが鳴り出した。
“♪──おいしいディナーは、
お台場◯丁目の『レストラン・ソレイユ』で決まり!♪
本日のおすすめは、シーフードパスタと、
恋に効くカクテル“ピンク・エンジェル”!”
突然、カーラジオからノリのいいCMソングが流れ出した。
“♪ご予約不要!
今すぐ左折、ベイロード出口からすぐ!
提供は……恋愛CIA、Cupids' Intelligence Agency でしたぁ♪”
黒須はハッとした。
「…………また恋愛CIA!」
「…………今の、なんかすごいピンポイントでしたね……」
「……まあ、ちょっと行ってみますか。その、せっかくだし」
「え、ええ。沈められるよりいいです」
彼女が、ようやくほんの少し笑った。
黒須はハンドルを切って、ナビもないままラジオの誘導通りに道を進んだ。
その様子を、バイクで追うルカは盗聴器で聞いていた。
「……ウリエル、ナイス!」
―「はい、先輩。ターゲットの車の周波数を自動スキャン、位置情報と連動して地元FM局をハッキング。あとはAIボイスでCM生成っす」
「ほんと、便利な後輩……感謝する」
お台場の海沿いにある、おしゃれなレストラン《ソレイユ》。
窓際の席で向かい合う黒須と女性。
目の前には、ピンク色に輝くカクテル「ピンク・エンジェル」が置かれていた。
「……黒須さん、すごく綺麗なお店ですね」
「そうですか? まあ……それなりに、雰囲気はありますね」
黒須は少し照れたようにうつむきながら、女性にカクテルを勧めた。
そんな黒須の姿を、まわりの女性客は見ながら、ヒソヒソと話していた。
「あの人、イケメン」
「彼女さん、羨ましい!」
周りの声が女性にも聞こえたのか、嬉しそうに話し始めた。
「黒須さんって、センスいいですね。でも、最初はびっくりしました。本当に “東京湾に沈められる”かと……」
「それ、まだ言います?」
「ふふ、ごめんなさい。でも、こうしてちゃんとしたレストランに連れてきてもらえて、ホッとしました」
「……そう言ってもらえると、助かります。俺、こういうの慣れてないから」
「え? 黒須さんみたいな人が?」
「“みたい”って……。“悪魔みたい”ってことですか?」
女性は慌てて手を振った。
「違いますって! ……なんか、こう、クールで落ち着いていて、大人っぽいから……そういう経験、たくさんあるのかなって」
「……ないんです。これが」
黒須はポツリと呟いた。
その言葉には妙に真実味があった。
「……わたしも、あまり恋愛経験ないんです。むしろ、初めてに近いくらいで」
「……へぇ」
しばらく、沈黙が続いた。
「……そのカクテル、うまいですか?」
「はい。なんか……恋が始まるような……味がします」
黒須は笑った。
彼女も、つられて笑った。
ルカはレストランのウエイトレスになりすまして、デートの様子を監視していた。
もちろん、ウエイターはウリエルだ。
「わたしたちのアシストの甲斐があって、イイ感じね。あとは、奴のトーク力次第。さ、お手並み拝見と行きましょうか」
「……先輩、顔ニヤけてません?」
「ニヤけてない」
「さすが“恋愛CIA”の作戦成功って感じっすね。やっぱ“ピンク・エンジェル”仕込んだの正解でしたよ。媚薬的な意味じゃなくて、メニュー名としてね。シェフとも協力済みっす」
「もう、あんたも怖いわ。なんでそんなところまで念が入ってるのか……」
「だって先輩、黒須を幸せにさせて“そのあとに消す”って言ってたじゃないですか。任務遂行のため、僕はがんばっちゃってます」
「……言ったけど……、おっと、ちょっと待て。あのテーブルに他のウエイターがワインを運んでるけど、ウリエル。作戦変更した?」
「え、してないっす」
「……おまたせしました。ご注文のワインでございます」
グラスを手に、黒須サトルは得意げに微笑んだ。
湾岸の高級レストラン。
ガラス張りの窓の向こうには東京湾の夜景が広がり、ムードは最高だ。
「あの……黒須さん、車で来たんですけど? 帰りは代行を頼むんですか?」
「あ、まあ……大丈夫です。こう見えて、飲んだ酒を魔力で抜くこともできるんです」
「いや、意味わかんない。それ以前の問題では……」
そう言いながらも、黒須はワインをグビグビとあおり、グラスが空になるたびに「もう一杯」と注文した。
緊張を隠すためなのか、よほどの酒好きなのか、彼の挙動はますます怪しくなってきた。
そして、酔いが回ってきたころ……
「……サプライズ、あるんです」
黒須はふらふらと椅子から立ち上がると、右手を高くあげた。
「えっ? サプライズって?」
「あなただけへの――スペシャル・マジック!」
黒須は指をパチンと鳴らした。
その瞬間、店内の照明がバチン!と音を立てて、一斉に吹き飛んだ。
青白い閃光が走り、店内は一瞬にして真っ暗になった。
「な、なに!? 停電!?」
「ブレーカーが落ちたか?」
客たちがざわつく中、黒須は彼女の前で片膝をついた。
そして、手のひらに青白い魔炎を灯した。
「これが……俺の本気です」
黒須はゆらめく炎をそっと差し出した。
目の前の女性は、硬直したまま数秒、黒須の手元を見つめると、恐怖で顔を歪めた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
突然、女性は椅子を引いて立ち上がると、パニック状態でレストランを飛び出していった。
「……え?」
手の中の炎が、シュウ……と音を立てて消えた。
しばし呆然としたのち、黒須はひとりぽつねんと残されたテーブルに座り込んだ。
「……なんでだ……」
照明の壊れた店内で、電気設備の確認作業をするスタッフたちの怒声が響いていた。
すると、やっと照明が復活して、レストランは明るくなった。
そして、女性がいなくなったテーブルに、静かに伝票が置かれた。
黒須は、伝票をちらっと見ると、肩を落とした。
「……割引、ないよな。CIA割とか」
見かねたルカは、ウリエルに指令を出した。
ウリエルは、さりげなく黒須に近づき、ある物を渡した。
「お客様、こちら、テーブルにお忘れ物です」
それは、このレストラン1000円オフのクーポン券だった。
「そうだった……かな。では、これで」
黒須は周囲を確認すると、胸ポケットから紙幣を出し、その中にクーポン券をスッと挟み込んでウエイターに渡した。
(おい、例のブツみたいにクーポン出すなっ! 怪しいだろ)
女性にフラれた黒須は、海辺の遊歩道でひとり、夜の海を眺めていた。
磯で砕け散る波の音、引いていく波の音……
ルカとウリエルは、そんな黒須を横目で見ながら、大型トラックの陰でラジオ用機材を片付けていた。
「……まるでB級映画のような、打ちひしがれ方ね……」
「哀愁ただよっていますねー」
「わたしが付いていながら、デートを失敗させてしまうとは……想像以上の恋愛ポンコツだったわ」
器材を片付け終わると、ルカは帰り支度を始めた。
「あのサプライズ、迫真すぎたわ。まさかあんな用意までしていたとは……。地獄の癖が抜けてないのか、あの堕天使」
「けど、あそこまで失敗すると、逆に応援したくなりません?」
「ならない! むしろ……もっと試してみたくなった」
そう言ってルカは、自分の髪をかきあげて、ニヤリと笑った。
「仕方がない。次のデートもわたしがコーディネートしてやるわ。完璧な恋愛マニュアルつきでね。」
「ルカ先輩、怖ーい」
と言いながら、ウリエルは笑っていた。




