第6話 堕天使のデートを監視せよ
ルカは堕天使殲滅のミッションを受けて、引き続き監視している。
ついに、黒須のデートを尾行することになった。
それは日曜日の夜だった。
ルカはイヤホン越しのウリエルに指令を出した。
「よし、計画通りに進める。ハッキングよろしく」
―「了解。先輩、準備OKです。こんなに美しい月夜のデートなら、成功率90%は固いでしょう」
「……ウリエル、日中はよく休めたか?」
―「え、冗談ですか? 先輩。日中はマーケティング調査してたんですよ。休日出勤手当に、夜間作業手当をプラスさせてもらって……」
「ああ、天界労務部に交渉してあげる。いいから、任務に集中しろ」
―「はい。……話を振って来たのは、先輩からなのに……」
「来たわ。黒須よ。どうにか初デートまでこぎつけたわね」
ルカは駅構内の柱の陰に隠れながら、時間よりやや早く到着した黒須を確認した。
(安心しろ、堕天使。今夜のデートも恋愛CIAが成功に導いてやるわ)
だが、黒須の服装を見て、ルカはすでに不安になった。
(…っ! ヘビ柄のジャケットかい! マフィアか、闇金かっ?! いまどき歌舞伎町でも見ないわ、そんな恰好)
「ウリエル、速攻であのジャケットを消してくれ」
―「奇跡を使います。許可願います」
「許可する」
ウリエルは、駅の通行人に混ざって黒須とすれ違うとき、その背中にふっと息を吹きかけた。
すると、黒須のヘビ柄ジャケットは、普段、家で着ている黒い服に変わった。
黒須は何も気づかずに、駅構内に立って女性を待っていた。
そして、待ち合わせの女性が現れた。
「あ、あのー、こんばんは。黒須さんですか?」
どこにでもいるタイプのごく普通の女性で、遠慮がちに後ろから声をかけてきた。
黒須は、ハッとして振り向いた。
「はい、エミさん? ……こんばんは」
隠れて見ていたルカは、思わずつぶやいた。
(おいっ! 顔こわすぎ。圧ヤバいって……)
「な、なんていうか……。黒須さんって、目力がすごーい……」
「すみません。実は、昨夜は緊張して眠れなくて……」
柱の陰で、ルカはため息をついた。
(ったく、あいつは、初っ端からやってくれちゃって……。仕方ない。まだ早いけど、サポート開始するか)
「ウリエル、今だ。頼む」
―「了解、先輩。さっそくオンエア開始します」
駅前の大型ビジョンに、にぎやかな野外広告が流れ出した。
かわいいキューピッドのアニメキャラが、星のタクトを振って歌っている。
“♪ねえ、ねえ、ねえ、デートを成功させるコツって、なーに?
デートって第一印象が大事って知ってた?
さわやかな笑顔で好印象をゲッチュー!
いつもあなたのとなりに、恋愛CIAチャンネルでしたぁー♪”
黒須の目は、その広告にくぎ付けになった。
「……、恋愛CIA!!」
大型ビジョンを背にして立っていた女性は、そんな野外広告など見ていない。
照れながら、黒須に聞いた。
「どこ行きますか~? あれ? おーい……」
だが、黒須は恋愛CIAの広告に集中していた。
「……なるほどな。……あ、エミさん、今日は、忘れられない夜にしましょう」
黒須は、そういうと妖しくニヤリと笑った。
その不気味な笑いに、女性はドン引きした。
「ひっ!」
柱の陰で監視していたルカは、呆れかえっていた。
「笑顔って、そういう笑顔じゃない。ああ、奴にはまだレベルが高かったかぁ……。切り替えていく。ウリエル、次だ、次!」
“♪ねえ、ねえ、ねえ! デートを成功させるコツ教えて!
うん、デートでは、上手に相手をエスコートしよう!
これで、あなたの印象は爆上がり♡
提供は、恋愛CIAチャンネルでしたぁ♪”
「あ、また恋愛CIA……。……なるほど、そうか。では、エミさん行きましょう。車を停めてあります」
「うわー! 黒須さんってお車あるんですか? ドライブ? 素敵~! 服装もシックでよく似合ってて、よく見たら、イケメンだし♡」
「ああ、この服は、ニシキヘビの……」
黒須は自分の服装を褒められて、改めて自分が来ている服を見た。
(あれ、普段着になってる。俺、着替えたことも忘れたのか?)
女性は、黒須が言いかけた言葉を聞き返した。
「ニシキヘビの?」
「ニシキヘビ……を売っている店の隣で、買いました」
「まあ、ペットショップの隣にそんなお店があるんですね。面白ーい。うふふ」
黒須は女性を駐車場まで連れて行った。
そこには、黒いバンが停めてあった。
黒須は後ろのドアを開けた。
「さ、中へ」
女性の顔は、こわばった。
駐車場の陰から監視していたルカは額に手を当てた。
「あちゃー。あれじゃまるで誘拐犯だ。普通は助手席に乗せるんだよ。ウリエル、頼む!」
すかさず、チャラい男に変装したウリエルが、鼻歌を歌いながら隣の車に近づいた。
「ふんふんふー♪ あ、その車、今出ます? じゃ、お先にどうぞ。彼女さん、助手席ですよね。ドア開けるとき、俺の車にぶつけないように気を付けてねー」
女性は顔が赤くなった。
「彼女さんだなんて……。まだ、お付き合いはこれからなんだけど……。この方のお邪魔でしょうから、早く車を出しましょ、黒須さん。助手席に座っていいですか?」
黒須も彼女と言われて少し照れた。
「彼女……、助手席……。あ、そうか。ど、どうぞ」
女性を助手席に乗せることに、ウリエルは成功した。
黒須の車が駐車場を出るのを確認すると、ルカは額の汗を拭った。
「やれやれ……それにしても、ウリエル。あの野外広告に出てたキャラは何?」
―「可愛いでしょ。あのアバターは僕がAIで作りました。ルカ先輩をモデルにして」
「はぁ? なんでわたし? ま、可愛いから許す」
―「でしょー?」
「さ、奴を追うわよ。わたしはバイクで追う。ウリエルは……」
―「わかってまーす。準備OK」
夜景が広がる湾岸エリア。
人も車も少ない道を、黒須の車が静かに滑るように走っていた。
助手席の女性は、緊張した様子で時折ちらちらと黒須を横目で見ていた。
「……なんか、静かですね」
「ん? ああ。夜だからな……」
「……なるほど」
会話、終了。
気まずい沈黙が続いた。
助手席の女性の顔は、だんだん引きつっていった。
「……えっと」
「……?」
「……このへんって、あまり人通りないんですね」
「……うん、……ですね」
「……どこに向かっているんですか?」
「すみません、言っていませんでしたね。東京湾です」
この時の黒須の脳内を、バイクで追っているルカはすでに解析していた。
(きれいー! ロマンチック―!)
(いいえ、エミさんのほうがきれいですよ)
これで、女性のハートをイチコロにするつもりだと、ルカは分かっていた。
念の為、女性の脳内も、ルカは解析した。
(海の藻屑になって消えろ)
と言って、黒須は女性を蹴り飛ばす。
(きゃっ!)
黒須の想像とは真逆の、サスペンス劇場になっていることにルカは焦った。
女性は震えながら聞いた。
「えっと、東京湾……なんですね?」
「……ああ、そうだ」
「……ま、まさか……その、私、海に沈められたりとか、しませんよね……?」
「どういう発想?」
「あの、わたし……、そういうのダメなんです。夜の東京湾には近づくなという教えがあって……」
「どういう宗教?!」
女性は本気でビクッとして、車内の空気は完全に凍りついた。
脳内解析を終えたルカは、バイクで後を追いながら次の作戦を考えていた。
(マズい、このままでは……例の手を使うか)




