第5話 恋愛CIA(Cupids' Intelligence Agency)
私立青葉学院高等部、土日は授業がない。
学校に行かない日は、ルカは引き続きターゲット黒須の監視を続けることにした。
平日は学校で、土日は外からの監視と言う任務に、ウリエルはブーブー文句を言った。
「先輩、神が天地を創造したとき、七日目は休んだんですよー。だから日曜日は、仕事を休むためにあるんだと思ってたけど、……僕の思い違いっすかね」
「思い違いよ、ウリエル。今日はまだ土曜の夜」
「あれ? 間違えちゃった?」
「代わりのエージェントがいるのなら、休めば? 堕天使殲滅というミッション。わたしたちの代わりがいると思う?」
「……ないっすねー」
「正解。しかも、天界は天使不足だから代わりの者など手配しない。でも、安心なさい。今日が安息日だとしたら、休日手当があるし、代休もとれる。ブラック企業とは違う」
「はい、責任の重さに涙が出てきました」
「そんなことより、奴が見ているのは、やはりマッチングアプリか?」
今夜も、黒須はマッチングアプリの相手にブロックされ、打ちひしがれていた。
「ああ……見てられない、見事なまでの、恋愛偏差値0」
ルカは、スコープを覗き込み、黒須の顔に照準を合わせた。
「計画通り進める。堕天使、黒須サトル……」
ルカは弓を引いた。
「受け取れ」
―シュッ!
闇夜を貫き、黒須に向かって矢が飛んだ。
殺気を感じた黒須は、寸でのところで、スッと身をかわした。
「っぶねえ! なんだ今の……矢!?」
壁に突き刺さった矢の柄に、ルカは紙を結び付けていた。
黒須は矢を引き抜き、紙を開いてみた。
“初対面の女を褒めるには「可愛い」だけじゃダメだ。
もっと具体的に、とにかく髪と服装を褒めろ。
──by 恋愛CIA(Cupids' Intelligence Agency)”
「……いや、誰だよ、恋愛CIAって」
メッセージを読む黒須から……遠く離れたビルの屋上で矢を放ったルカ。
彼女はビルの屋上で小さくガッツポーズしていた。
黒須はメモを丸めて捨てようとした……
「変な宗教か、なんかか?」
が、ふと思いとどまった。
「恋愛CIAって組織、実在するのかもしれない……もしかしたら、俺、課金しているから……プレミアムプランって可能性も……」
すると、小さな奇跡が起こった。
スマホの画面に
“マッチングしました”
通知が、ピコンと届いた。
その小さな奇跡を見ていたウリエルは、ルカを問いただした。
「いいんですか、先輩? 奇跡を起こすと、一応、天界に通知いきますけど?」
「わたしは奇跡なんて起こしてない。あれは偶然よ」
「なら、いいんですけどー。それにしても先輩、恋愛CIAって何ですか? そんな組織、天界には……」
「バカ、ブランドだよ、ブ・ラ・ン・ド。名前って大事なの!」
「なんだか、……僕の仕事が増えそうな予感しかない……」
黒須は『とにかく髪と服装を褒めろ』とメッセージに書いてある通りに、マッチングした相手にメッセージを送信してみた。
《はじめまして、髪と服装が素敵ですね》
すると……、
《えー嬉しい! 似合っているかどうか、自信なくてー。黒須さんもかっこいいですね。もっとお話がしたいです》
なんと、好意的な返信が……。
その内容に、黒須は驚き、そして喜び、思わず目を細めてニヤニヤした。
その顔を、ルカはビルの上から双眼鏡で監視していた。
「……そのふやけた顔、あとで後悔させてやる。今はせいぜい恋人づくりにいそしむがいい。あんたが“幸せ”を手にした瞬間、わたしが直々に始末する……その恋人ごとね!」
「先輩、この調子だとデートまで行きそうっすね」
「ふっ、天使エージェントたるもの、女心をくすぐるテクニックくらい、完璧にマスターしているのは当然。この恋愛CIAに任せなさい」
ウリエルは、あえて反論はしなかった。
「さすがです、先輩。ここまで上り詰めるまでに、いろんなことを体験してきたんでしょうねー」
ウリエルが想像を巡らせているその横で、ルカは大昔のことを思い出していた。
「実は……6660年前に、わたしは黒須に会っている。まだ、わたしが駆け出しの見習い天使だったときよ」
「ウッソー、先輩! このミッションのターゲットを知っていて、ずっと知らないふりしてたんすか?!」
「悪いわね、ウリエル。あの頃の黒須は、ハッキリ言ってかっこよかった。天使のカリスマ性と何者も寄せ付けない冷酷な美しさ。今回のミッションで初めて名前を知った」
「で? その時はどんな出会いだったか、聞いてもいいっすか?」
「……天界の反逆者である黒須に、情けをかけられたの。わたしの天使エージェント人生で、唯一の汚点よ……」
―大昔、6660年前―
天界。
大天使ミカエルが、ルシファー率いる反逆天使たちと戦っていたとき、ルカはまだ天使見習いだった。
ルシファーが堕天使になる前、その下で働いていた黒須は、ミカエルのオフィスにまで乱入してきた。
「オラオラオラァ! 神のやり方に疑問を持つ者は、俺たちに従えー!!」
そして、デスクの下に隠れて震えていたルカは、黒須に見つかった。
「おや、お嬢ちゃん、みーっけ!」
ルカは消されると覚悟し、小刻みに震えながら目を閉じた。
だが、……何も起こらない。
ルカは、恐る恐る薄目を開けた。
すると、黒須はルカに向けた拳銃をスッと下に降ろし、その場を離れようとしたところだった。
そのまま見逃そうとした黒須を、ルカは呼び止めた。
「……待って! ……なぜ?」
黒須は立ち止まると、背中を向けたまま、めんどうくさそうに答えた。
「始末する価値がねーからよ」
「……!」
―そして現在―
今、屋上にいるルカは、当時のことを振り返り、つぶやいた。
「価値がねーからだと? あの日から、わたしは変わった。ミカエル上官の下で、どんな激務も訓練も耐えぬいた。そして、最優秀天使エージェントになった。今度こそ、あいつを消滅させて、わたしの汚点を拭い去る。そして、ミカエル上官のミッションに応える」
「黒須って、そんなすごい堕天使だったんですか? おっと、そのときはまだ堕天使じゃないのか……」
ウリエルが不思議そうに聞くと、ルカは続けた。
「だが、今のあいつを見ろ。あいつこそ始末される価値は無い。ほら、あの惚気顔」
「わかります。あんな奴に勝っても、なーんか違いますよねー」
「ウリエル、わたしの言いたいことを先に言うな!」
「あ!……先輩。黒須とアプリの女、明日デートの約束した模様です」
「悪い、ウリエル。マジで休日出勤になりそうだわ」
「了解。……あのぅ、休日出勤手当は、ルカ先輩の昔話でもいいですよん」
「聞かせる話など、もう無い!」
ルカは、後輩に汚点をさらけ出したことを後悔した。
だが、ウリエルは改めて認識したようにつぶやいた。
「ルカ先輩は、頼もしいクールさと不器用さが混在している…そこが魅力なんすよねー」
「黙れ」




