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第382話「岬の祓い」



 潮鳴りが低く続く。

 岬の突端に据えられた小社こやしろは、香のかめと太鼓と歌石うたいしが三角に並ぶ“合奏がっそう”の据え。風が止まれば香が濃く、太鼓が鳴れば歌石が揺れ、眠りの波が浜から町へと広がっていく——そんな仕掛けだ。


「壊すのは簡単。でも、ここは“止めて、残す”だ」

 セインが言う。数秒先の景色が一瞬だけ開いて、すぐ閉じる。——秒読みは、今日もはっきり視える。


「了解。風路は我が整える。お主ら、合図で動くのじゃ」

 セリスティアが杖を軽く回し、岬の空気に“路”を描いた。潮の筋がほどけ、香の匂いが薄帯になって沖へ退く。


「ミリア、膜の準備を」

「うん。——無詠唱、薄祈うすいの!」

 透明な結界が甕と太鼓と歌石をそっと包む。祈りは軽く、けれど揺るぎない。


「くくっ、仕掛けの根っこは影の下に埋まってる。固定、任せろ」

 エルンが黒い糸のように地面へ潜り、仕掛けを動かす“爪”を影で押さえた。


「エリシア、かんざしみたいな銀針が見える? それ、太鼓の皮の張りを遠隔で変える連結子だ。折れる力は要らない。向きだけ——ずらす」

「任せて。——覇気、紙一枚」

 エリシアの刃が、銀の針先に“紙の厚み”だけ触れた。ほんのわずかな角度の差で、遠隔の張力が抜ける。


 セインが息を吸う。

「三、二、一——今!」


 カン、と見えない拍子。

 香の甕に、ミリアの膜が“蓋”。太鼓は皮を緩められ、歌石は共鳴域を外れて沈黙。

 どこにも傷はない。けれど、合奏は止まった。


「……止まった、のう」

 セリスティアの風が、祭具の周りを一巡して静まる。

 岬下の浜で眠っていた人々が、まぶたを震わせ、ひとり、またひとりと体を起こした。潮音に混じって、泣き笑いの声が零れる。


「ありがとう、ありがとう……」

 村の年寄りが掌を合わせ、若い衆が手を振る。

 ノブナガは短く頷き、側近へ指示した。

「太鼓はかわを外して保管、香は水で寝かせよ。歌石は触るな、つがいをつけて見張れ。かゆを炊け。水路の泥もさらえ」

「はっ!」

 黒犬が前へ出て、村人へ向き直る。

「太鼓がまた鳴りたがっても、“音は止め方を知る者のそばでは暴れられん”。覚えときなさい。打たずに手の平で皮を抱くんだ。音は逃げる」


 セインは歌石へ近づき、指で表を撫でた。薄く刻まれた線が、光を噛む。

(……ここは末端。針路しんろを変えれば沈む。けど——)

 数秒先の“断面”を覗くと、海の向こうに、まだいくつもの“結び目”が見えた。


「上がまだいるね」

 エリシアが、銀針の残響ざんきょうを聴くみたいに言う。

「結び目は島伝い。影のすじが海に走ってる。舞刃、地図、描けるか?」

「了解。影墨かげずみ、一筆書き」


 舞刃が地面に指をすべらせると、黒い細線が岬から島々へ伸び、海面に揺れる“糸口”をつないだ。

 ノブナガはその上に視線を這わせ、短く結論だけ置く。

「この順が最短だ。——海は出る。潮が替わる前にな」


「私、祈りの巡回を続けるね。眠りの反動が来るから」

「頼む、ミリア。セリスティアは風路を固定、エルンは補修と見張り。ノブナガさん、黒犬さんは村の復旧を。俺とエリシア、舞刃は先行して次の結び目へ」

「承知」

「任されたのじゃ」

「了解」


 岬の風がふっと強くなった。

 そのとき——ミリアが祈りを解いて振り返る。鎖骨を一滴の汗がつたう。潮の匂いがふわりと混ざり、胸元の鼓動が薄衣うすぎぬ越しに小さく震えた。

(——大丈夫。ここから、もっと早く、優しく、広く)

 ミリアは背筋を伸ばし、もう一度微笑んだ。


「よし、行こう」

 セインが剣を持ち直す。

 エリシアは鞘口を軽く叩き、静かに頷いた。

「次も“紙一枚”で済ませる。祭りを壊すのは、好きじゃないから」

「頼もしいのう、小娘……いや、小娘はやめておこうか」

 セリスティアが目を細める。「われも付いて行きたいが、風路は我の仕事じゃ。戻る路を残しておくのがいくさの要よ」


 黒犬が村の若者に木桶を渡しながら、肩越しに告げる。

「帰り道は用意しとく。行ってこい、若いの。いくさは、帰ってからが本番じゃ」


 昼前、黒船の帆が岬の沖合に白く起きる。

 甲板でノブナガが手を上げ、短く言う。

「すぐ戻れ。飯は残しとく。二回分な」

「三回分で頼む!」とエルン。

「四回じゃ」とセリスティア。

 桃姫が袖で口元を隠し、目だけで笑った。「三回と半分、で手打ちにいたしましょう」


 浜の人々が列を作って見送る。

 セインは振り返って小さく手を上げた——壊さず、止める。その約束はここに残った。


 舞刃の影地図を先頭に、セイン、エリシア、ミリアの三人が岬道を駆け下り、海沿いの石段を抜けて次の島影しまかげへ跳ぶ。

 風は追い、潮は開く。

 合奏の結び目は、まだ先にある。

 止め方を知る者たちが、そのすべてをほどきに行く。


 ——岬の祓いは終わり。次は、島廻りの一筆書きだ。

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