表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の旅路  作者: 椿野蒔琉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/25

クィライスでの再会

いつもより長めです。

夕陽が沈む寸前、クィライスの石畳の路地に、旅の足取りが音を刻む。どこか古びた城塞都市の風情を残した町並みは、廃都よりもはるかに人の気配が多く、商いの声や煙の匂いが柔らかく旅人を包んでいた。


「……ここが、クィライス」


 ユリオがつぶやくように言った。サリウスがうなずき、バルクは目を細めて周囲を見回す。ディランだけが、誰よりも早く前方の人影に気づいて立ち止まった。


 そして、先回りしていた彼女が歩み寄ってくる。


「ようこそ、クィライスへ――お待ちしておりました、ユリオ様」


 変わらぬ笑顔で、ルーヴィアが腕を広げた。月明かりに淡く照らされたその姿は、旅立ちの日と同じく整えられており、黒衣の上に薄い外套を羽織っていた。冷たい空気の中で、その微笑はどこか人工的にさえ見えた。


「ルーヴィア!」


 ユリオが駆け寄る。ルーヴィアはやわらかく抱きしめた。ほんの一瞬、その瞳に哀しげな影がよぎったのを、誰も気づかなかった。


「お身体は……お変わりありませんでしたか?」


「うん、元気。みんなも一緒にここまで来てくれたんだ」


 後ろを振り返るユリオに続いて、ディラン、サリウス、そしてバルクが近づく。ルーヴィアは一礼しながら、それぞれに丁寧な視線を送った。


「お変わりなく、何よりです。バルク殿、サリウス様、ディラン様。……あれから色々と調整がありましたが、最低限の“迎え”は差し向けずに済みました」


「“迎え”……? お前、何をどこまで手を回してるんだ」


 ディランが鋭く問いかけたが、ルーヴィアは軽く首を傾げる。


「…、何のことでしょう? ともあれ、町の外れに簡易の宿舎を設けております。食事も湯も、すべて準備済みです。ご案内いたします」


 その言葉にユリオは嬉しそうに笑い、バルクはほっと息を吐いた。だが、サリウスとディランは顔を見合わせ、沈黙のうちに歩き出す彼女の背を見つめ続けた。


 用意された宿舎は、石造の古い貴族邸を簡易的に整えたもので、見た目に反して内装は暖かく、暖炉の火が既に灯されていた。


「この部屋は、ユリオ様専用です。ゆっくりお休みになってください」


 案内されたユリオは、どこか不思議な表情で部屋を見回した。


「……懐かしい気がする」


「そうでしょう。設えは、あなたの“ご実家”に似せてあります。記録と記憶を頼りに再現しました。ご不満があれば、すぐに調整します」


 ユリオは首を横に振り、そっと部屋の中央に置かれた椅子に腰を下ろす。


「ありがとう、ルーヴィア。君は……いつもすごいね」


 ルーヴィアは微笑んだまま、視線を逸らした。


「――それほどでも」


 その夜。食事を終えた一行は、館の裏庭にある焚き火の元に集まり、旅の疲れを癒すように静かな時間を過ごしていた。


「……いい町だな。ここなら、もう少しゆっくりできるかもしれん」


 バルクが呟くと、サリウスが火に薪をくべる。


「ここが“安全な地”であれば、だな」


 ディランは黙ってルーヴィアの気配を感じ取りながら、先程、火にくべられた薪のはぜる音を聞いていた。




 その沈黙を破るように、ルーヴィアが現れる。焚き火の灯りに照らされたその姿は美しくもあり、どこか距離を置いたような雰囲気をまとう。


「……今夜は月が綺麗です。明日のことは、明日考えましょう。おやすみなさい、ユリオ様。皆さま」


 その声に、ユリオは少し目を伏せ、静かに頷きベッドに入った。


 火は静かに燃えていた。焚き火を囲む三人――ディラン、サリウス、バルクは、それぞれに物思いの中にいた。ユリオは既に眠りについており、ルーヴィアも「少し席を外します」と言い残して姿を消していた。


 夜は深まり、町の喧騒はまるで潮のように引いている。けれど、その静寂の中に、わずかに混ざる“異物”に、最初に気づいたのはバルクだった。


「……囲まれてるな。五十人以上はいる」


 ぼそりと呟かれたその声に、ディランとサリウスが同時に顔を上げた。バルクは目を細めたまま、焚き火に薪をくべるふりをしながら、肩越しに屋敷の方角を睨む。


「屋敷の周囲。距離をとって円形に布陣してる。あいつら、歩き慣れてる。傭兵か、それとも私兵か」


「……気配が妙だ。魔術の残滓が、屋敷の空間を浸食してる。これは……結界か?」


 サリウスの瞳が淡く光り、周囲の魔力の流れを読む。そこにあったのは自然の魔力ではない、歪んだ意志によって張り巡らされた干渉領域だった。


「ルーヴィアの仕込みか……いや、評議会のものか?」


「違うな」


 ディランが短く言い放った。風の音が違う――それが、彼に最初の警鐘を鳴らした。


「この町は、夜になると海からの風が抜ける。それが今夜は、まるで凪のように無音だ。空気が……閉じてる。ここはもう“外”と繋がってない」


 無風のはずの夜に、焚き火の火が突然、ぱちりと激しく弾けた。三人は即座に立ち上がる。


「ユリオは?」


「寝てる。ルーヴィアが設えた部屋で、ぐっすりとな」


 バルクの返答に、サリウスが舌打ちする。


「まずい。やつらの目的は――おそらく封印だ。ユリオが眠りについたことを合図に、儀式を発動する気だ」


「ルーヴィアは、最初から仕組んでた……?」


 ディランが問うが、誰も即答できなかった。


 あの時、クィライスへの旅立ちを前に、ルーヴィアはたしかに言った。


『“アレ”がありますから――』


 その“アレ”が、ユリオに対する封印だとしたら。今まさに、それが発動しようとしている。


「時間がない。まずユリオを起こす。バルク、入り口を固めろ。俺とサリウスで魔法陣を潰す」


「了解。手荒にやらせてもらう」


 バルクが上衣を脱ぎ捨て、鉄製の籠手を嵌める音が響いた。サリウスは巻物を展開しながら、小さく呪文を紡ぎ始める。ディランは剣の柄に手をかけ、屋敷の内部へと駆け込んだ。


 ――その頃。


 ユリオの眠る部屋は、淡く金色の光に満たされ始めていた。


 床に描かれた古代の封印術式が、静かに彼の周囲に浮かび上がる。その中心に横たわるユリオの胸元に、小さな印が刻まれていく。微かに苦悶の息が漏れるが、眠りからは覚めない。


 そして、窓の外。夜闇に溶け込むように、フードを被った影が数体、屋敷を取り囲んでいた。


 その中心には、ルーヴィアが立っていた。


「……これで、ユリオ様は再び“神の器”として安定されるでしょう。少なくとも、暴走の危険は――」


 けれど、彼女の言葉は途中で途切れた。


 屋敷の内部から、何かが“破られる”音がしたのだ。


 ディランだ。あの男だけは、想定通りに動かない。


 ルーヴィアの眉がぴくりと動く。無感情な仮面の裏で、微かな焦りが芽生えた。


「……予定より早い。ですが、手順はすでに進んでいる。戻るには遅すぎる」


 ルーヴィアはそっと目を閉じる。


 儀式の成否が分かれるのは、次の一瞬――。


* * *


 屋敷の敷地に踏み込むと同時、風がざわめいた。

 瞬間、バルクは刀身を抜くことなくその鞘を振り抜いた。


 「――通すかよ」


 唸る風と共に、三人の尖兵が吹き飛んだ。

 装備された軽装甲がきしむ音。だが彼らはすぐさま立ち上がる。さすがは評議会直属の兵。


 「数が多いぞ」

 サリウスが冷静に呟く。


 「いいから行け。……俺が抑える」


 その背を守るように、バルクが前に出る。次々と姿を現す尖兵たちの中心に、すでに彼は立っていた。


 「あの子を、殺させるかよ……!」


 言葉の直後、爆ぜる地面。

 踏みしめた大地が砕け、バルクの影が瞬きの間に三手先へと躍る。肉体強化と空間認識を限界まで高めた異常な動き。鈍重に見えて、全てが的確。強打、貫打、薙ぎ払い――。


 一撃ごとに兵が崩れる。

 彼は血を流していた。すでに数カ所を斬られている。だがその傷を気にする様子はない。


 「誰も、通さねえ……!」


 彼の目には、ユリオのためだけに振るう覚悟があった。




 サリウスは結界の解析を終え、最短のルートを確保すると、ディランと共に屋敷内を駆けた。


 「封印術式は……異質だな。通常の記憶封印じゃない」


 「行けば分かる」


 ディランは風の音を聞いていた。流れが不自然だ。風が、屋敷の中心――ユリオの部屋を避けている。


 扉を蹴破ると、そこには――


 「ユリオ……!」


 中央に設けられた封印陣。その周囲に立つ三人の評議会員。そして――術式の中心で、眠るユリオ。


 「介入するな。これは――」


 応じる前に、風が咆哮した。


 ディランの放つ衝撃は刃のように鋭く、声を発する間すら与えず、評議会員の二人を吹き飛ばす。残る一人が詠唱に入ろうとした瞬間、ディランの蹴りが鳩尾に突き刺さった。


 「……ルーヴィア」


 残されていた妙齢の女性に、彼は手を伸ばす。


 動かない。ルーヴィアは静かに目を伏せたままだった。拘束魔法の紋が手首に展開され、床に縫いとめられた。


 「この陣……“共鳴封印”か。神性と記憶を断絶させる……!」


 サリウスの目が鋭く光る。


 「……だったら、力でねじ伏せる」


 詠唱ではない。意思を魔術核に叩きつけ、瞬間的に回路を逆転させる。

 彼が解き放ったのは禁じられた干渉術。世界の“記憶”そのものに干渉し、封印陣を逆流させる。


 床に刻まれた文様が蒼白く火花を散らし、崩壊を始めた。


 「ユリオ、目を覚ませ!」


 その叫びに応じるように、ユリオのまぶたが震える。


 「……ディラン……?」


 拘束の魔法に縫いとめられたまま、ルーヴィアは目を伏せて呟いた。


 「間に合いましたか……。なら、よかった」


 彼女は苦笑のような表情を浮かべ、視線をユリオへと向ける。


 「この封印は、呪いではありません。彼を、この世界に繋ぎとめるための“楔”です」


 彼女の声は、静かに、だが確かに響いた。


 「……あの子は、今も“神の転生体”として存在しています。セインの庇護を失った今、神性があふれ出す危険は日増しに高まっている」


うつむきながらルーヴィアは続ける。


 「このままではいずれ、彼自身が壊れる。記憶を、感情を、思考を保てなくなる」


 彼女はディランを見つめた。


 「あなたたちが彼を守ると言っても、暴走すればその手では止められない。だから私は“止められる術”を施そうとしたのです」


 「完全封印ではありません。解除条件を残した、可逆の術式。彼が“世界に適応できるようになるまで”の、一時的な眠り」


 言葉を選びながら、それでも迷わず、彼女は続ける。


 「評議会は、抹殺以外の選択肢を持ちませんでした。私は、時間を稼ぎたかった。それだけです」


 ディランが何かを言おうとしたその前に、ルーヴィアは小さく首を振った。


 彼女の言葉が終わると、しばしの沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、ディランの低く、押し殺した声だった。


 「――神に、感情は要らないのか」


 彼の瞳は、拘束されたままのルーヴィアに向けられていた。怒りでも、悲しみでもない。ただ、そこにあるのは疑問と、真実を見据えようとする強い意志だった。


 ルーヴィアは目を伏せ、わずかに唇を震わせる。


 「……必要ないと、言われています。神は感情を持つべきではないと、そう教えられました」


 「なぜだ?」


 「感情は平等を歪めます。悲しみや喜び、怒りや慈しみは、“誰か”を特別にする。それが“神”の在り方には相応しくないと、神々の中では……」


 彼女はそこで言葉を止め、一度、深く息をつく。


 「――愛することさえ、罪なのです」


 ディランの表情が動いた。

 押し殺したように、拳がわずかに震えた。


 そのとき、ふと寝台に横たわるユリオが微かにまぶたを震わせた。

 サリウスが即座に駆け寄る。


 「ユリオ。……聞こえるか?」


 「……サリウス、さん……」


 かすれた声。それでも、確かに目を開けた。

 封印は完全には働いていなかった。サリウスの術式破壊が、彼を目覚めさせたのだ。


 ディランがそっと寝台に膝をつき、ユリオの手を取る。


 「……おはよう、寝坊助」


 「ディラン……? みんな、……ここに……?」


 安堵の笑みが、ディランの顔に浮かぶ。


 その光景を見届けて、ルーヴィアが再び口を開いた。


 「……よかった。本当に、よかった……」


 サリウスが目を細める。


 「……お前は、なぜそこまで詳しい? 封印の術式も、神性の危険性も。普通の魔術師が触れられる領域じゃない」


 ルーヴィアは一度、静かに目を閉じてから、囁くように答えた。


 「……私は、十代の初めに“聖女”と呼ばれていました」


 「聖女?」


 「神に愛された子として――神の声を聞ける者として、生の神に仕えたのです」


 サリウスが目を見開く。

 生の神――それは、ユリオの前世。神性を持ち、世界の均衡の外にいた存在。


 「……だから、こんな特殊な封印を使えるのか」


 ルーヴィアはゆっくり頷いた。


 「生の神の聖女として、ユリオ様から……たくさんのことを教えてもらいました。神々の在り方も、転生の真実も。……私は、彼の最期に立ち会い、その転生を見送りました」


 「……!」


 「そしてその“記憶”が、評議会に知られました。私は“特異点”と判断され、評議会の一員に引き上げられました。……否、“駒”として利用されるようになったのです」


 その目に、初めて後悔の色が浮かんでいた。


 「生まれ変わったユリオ様を、彼らは危険視していた。私はそれを否定できませんでした。……神を愛した過去が、罪とされたのですから」


 ディランは、ただ黙って彼女を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ