最終話
◆◆◆
聖剣の勇者と、世界の裏で暗躍していた大魔王との戦いは、勇者一行の勝利で終わった。
だが、戦場から戻った勇者の仲間達から告げられたのは、大魔王と相討ちとなり、勇者は命を落としたという事実であった。
さらに、彼の仲間達からは、『魔人アムルズ』を名乗る魔族の出現から端を発した、大魔王ギストルナーダによる、一連の計略なども語られる。
そして、もしもそれが実行されていれば、人間界の混乱はさらに深まっていただろうと、誰もが身を震わせた。
それを阻止した勇者一行、そして魔族から離反して協力してくれた獣人王国の者達や、現地のハンター達の活躍に、多くの人々は称賛の声を送った。
と、同時に数多くの偉業を成し、人々の希望の象徴であった勇者の死を、世界が悼んだのであった……。
◆◆◆
──聖剣の勇者が死亡してから一年が過ぎた。
いまや世界は安定を取り戻し、先の戦いの傷を癒そうと動き続けている。
そんな中で、僕の旧知の人達も色々と日々を忙しく過ごしているようだ。
たとえば、勇者一行のメンバー達。
神託を受ける事ができた神官のヴァイエルさんは、今は大神官として教会勢の幹部となり、様々な慈善事業を取り仕切っている立場となった。
教会勢力の腐敗に目を光らせ、国政側との交渉の窓口となって、弱い立場の人達を救うために東奔西走している彼女の名声は、日々高まっているそうである。
今でも時々、神託を受けて恍惚としている姿が目撃されているそうだけど、元気そうでなによりだと思う。
そんな彼女を、陰に日向に支えるのは、同じく勇者一行の斥候を務めていたルキスさんだ。
さまざまな情報収集などの裏の仕事をこなしつつ、ヴァイエルさんのボディガードとして、行動を供にしているらしい。
ただ、あまりにも常に二人でいる事から、「ひょっとして、あの二人はデキてるんじゃね?」なんて噂が流れるほどだ。
まぁ、実際にデキているんだけど……。
そして、一番驚かされたのは、勇者一行の盾役であった重戦士のグリウスさんの行動である。
なんと彼は、戦後すぐに獣人王国へ移り住み、そこで他国との緩衝役を買って出ていた。
一説によれば、一時は魔族側についていた獣人王国を監視するためとも、逆に解放された獣人王国を護るためとも言われている。
でも、本人はそこまで考えていないと思う……。
なんせ、戦いの後にグリウスさん本人が、「将来的に、獣人族の女の子を嫁にしてえ~」って言ってたしね。
そんなグリウスさんと、今もっとも良い雰囲気なのは、意外にもディセルさんの妹であるシェロンちゃんらしい。
エルビオさんに惚れていた彼女だけど、彼が死亡して失意に暮れていたのを、何かと支えてくれたのがグリウスさんだったそうだ。
まぁ、グリウスさん曰く、「狐獣人というのもポイントが高いが、あの娘は十年後にめっちゃ輝く」と評価していたから、本当に二人が結ばれる日が来る可能性もあるかもしれない。
他にも、獣人王国の王位継承権を持つ、ディセルさんの兄三人がみんな国を出たとか、彼女の二番目の兄であるルドさんが『抜刀術』だけでなく、『ニホントウ』作りに乗り出したとか、お姉ちゃんが提唱した『女装術式』が思った以上に受け入れられて、今は男性魔法使いの九割が女装しているとか、細々とした世界の変化は起こっている。
そして、僕達もこの頃になって、ようやくいつもの日常を取り戻していた。
◆
「ただいま戻りました」
「あ、お帰りなさい!アムールさん!」
一仕事を終え、ギルドの受付に声をかけると、いつものようにネッサさんが笑顔で対応してくれる。
依頼された仕事の報告書を提出すると、それに目を通した彼女はふぅ……と、ため息を吐いた。
「ゴブリンエンペラーと、その配下約二千の小鬼達ですか……やはり、魔界からの依頼は、どこかケタが違いますね」
「そうですね、中々にハードでした」
この一年で、魔界で勢力を持ち始めた一部の和平派と呼ばれる魔族達と、交流が進み始めている。
その一端として、獣人王国を間に挟み、時々このバートの街のハンターギルドへと依頼が持ち込まれるようになっていた。
当然ながら魔界へ遠征することになるため、A級でなければ依頼を受ける事はできない。
なので、この街で唯一のA級チームである僕達、『レギーナ・レグルス』は何度かこのキツい仕事を回されていた。
「それにしても……本来はゴブリンエンペラーの発生の疑いがあるため、その調査というのが依頼内容だったハズですけど、こちらの報告書には、潰滅させた……とあるんですが?」
「将来的な脅威の芽は、早目に摘んでおいたいいからね」
「まったくだね。被害が広まる前に、僕達が依頼を受けれてよかったよ」
ちょっと呆れたようなネッサさんからの確認に、うちのチームのツートップである、ディセルさんとエールさんがドンと胸を張る!
──そう、世間的には死んだ事になっている聖剣の勇者は、今は女剣士の「エール」と名を変えて僕達のチームの一員となっていた。
大魔王を倒した後、僕と一緒にいたいというエルビオさんの望みを叶えつつ、国の偉い人達からの介入をどう避けるか……。
それに対して、ヴァイエルさん達が打ち出したアイデアが、まさにこれだったのである。
口裏を合わせ、聖剣を返上してくれた元勇者一行の皆さんのおかげで、僕達は疑われる事もなく地方の一ハンターとしてマイペースに暮らすことができていた。
まぁ、こうして魔界絡みの仕事が、ほぼ専属で回されるようにはなっているけど……。
「でも、確かに今回の依頼は少々キツかった。少し休みをもらって、しばらくのんびりしたいところだね」
「賛成!いいよね、アムール!」
僕を挟む形で、ディセルさんとエールさんが抱きつきながら、そんな提案をしてくる。
以前は、僕を賭けて争うイバル関係にあった二人だけど、今は取り合う必要が無くなったために、まるで姉妹のように仲良くなっていた。
そんな風に、仲良くなってくれた事自体は、僕も嬉しいんだけど……そのせいで、夜のお相手なんかは少し大変だったりする。
まぁ、色々と気持ちいいし、ディセルさんもエールさんも大切な女性だから、苦にはならないけどさ。
「本当、ディセルさんもエールさんも相変わらずですねぇ……手綱を握るアムールさんも、大変なんじゃないですか?」
「そ、そんな事はないですよ」
「そうよねぇ。夜の二人がかりに対しても、あーちゃんは頑張ってるもんねぇ」
「お、お姉ちゃん!」
唐突に、横からとんでもない事を言うマーシェリーに、僕は慌てて抗議する!
っていうか、人前でそんなことを言ったら、二人に対しても失礼でしょ!
「マーシェリー氏……さすがに、昼間からそのセクハラ発言は、いただけないッス」
「ほら!いつもは控えめなロロッサさんまで、苦言を呈してるじゃない!」
「だってぇ……早く曾孫の顔が見たいんだものぉ……」
本来の『祖母』としての面をみせながら、お姉ちゃんはしょんぼりとした顔をする。
んもう……そんな顔されても、僕達は僕達のペースがあるんだから、放っといてほしい。
「あ!なんなら、私考案の『男の子をその気にさせる誘惑術』を伝授しちゃうわよぉ?」
「むっ!それは、聞き捨てならないね!」
「た、確かに興味あるッス!」
元男であるために、女性的な誘惑方法に興味深々なエールさんと、意外にもそちらに興味があったのか、ロロッサさんがお姉ちゃんの口上に引っ掛かる!
さらに、釣られてきた周囲のハンター達まで巻き込んで、いつの間にやら、お姉ちゃんによる「意中のあいつを、誘う方法」講座なんて物が、繰り広げられていた。
「やれやれ……仕方がないな」
そんな皆を、僕の隣でディセルさんが微笑ましく眺めながら、小さく肩をすくめる。
……うーん。
彼女は、あの講義に参加しないんだろうか?
チラリとそんな事を伝えてみると、ディセルさんは瞳に妖しい光を湛えながら、僕の顔を覗き込んだ。
その真っ直ぐな眼差しに、僕の胸はドキン!と高鳴る!
「フフッ……私が君を誘惑するのに、小細工は必要ないからね」
そう言って、見つめながら伸ばされた彼女の手が、僕の頬に触れた。
それだけで、僕はドキドキと鼓動が早くなっていく……た、確かに、ディセルさんは僕に対して、小細工は無用だ。
僕がチョロいだけかもしれないけど。
「愛してるよ……アムルズ」
本名で愛してると囁かれ、背中をゾクリとした電流が走る!
「ボクも……愛してます、ディセルさん」
僕もそう告げると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
ああ……僕なんかを慕ってくれる、エールさんも大切な人ではあるけれど、やっぱりディセルさんは僕にとって特別な存在なんだなぁ……。
そんな事を再確認した僕は、ソッとディセルさんと手を繋ぎながら、祈るように想う。
この、騒がしくも楽しい日々が続きますように。
そして、願わくばこのまま生涯彼女と供に歩めるようにとの気持ちを込めて……喧騒の影で、僕達は静かにキスを交わすのだった。
これにて、本作は終了となります。
お付き合いいただき、まことにありがとうございました。
本来ならすぐに新作を始める所なのですが、現在、一度書いてみたかった十八禁の短編小説にチャレンジしておりまして、そちらを書き終えてから通常営業に戻りたいと思っております。
なお、今月末ごろに新作をスタートする予定ですので、よろしければまたお付き合いくださいませ。




