8. 朝
火入れ作業から4日が経過した。
カマオの話ではこの気候ならあと1日で焼きは終わるとのこと。気候の事はよくわからないので、なぜわかるのかと尋ねると「風が語る」という。どこの饅頭屋の話か。今晩火を絶やさずにいれば窯の熱が自然と引くまで放置すればいいらしい。絶やさずにか。これがフラグとならなければ良いなと思いつつ眉間にシワを寄せながら横にいる人物を眺める。最後の番は自分とツチメのペアだった。
昼間の水くみ作業はここ数日回数が激減している。既に土作りは行われていないので、さほど量はいらないのだ。昼食前に3往復もすれば自分の担当分は終わり。昼過ぎからはツチメの番なので、彼女がどれだけ往復したかは数えていない。ここ数日水浴びの時間もずらしている。そのせいもあってツチメと顔を合わせる事はそれほど多くないのだが、事あるごとに背中に視線を感じる。
自分の何が気に食わないのかわからない。業務内容の効率化を提案したときは馬鹿にしたような顔をしていたし、失敗の報告をしたときもクスクス笑われた。水くみ作業の交代する時は嫌そうな顔で桶を受け取るし、目が合えば冷たい目で見つめてくる。あの視線は自分にとってご褒美でもなんでもない。そもそも関わり合いになりたくないタイプだ。
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昼食後、夜に備えて昼寝をする。ちなみに陽が落ちる頃起こしてくださいとウツメに頼んである。
牛丼を頬張る夢を見ている最中に体を揺すられる。驚いて飛び起きたら眼の前にちびっ子が仁王立ちしていた。まだ味噌汁飲んでなかったんだよと、心の中で文句をいいつつツチメの目を見る。多分これがジト目という奴だろうか。
「ツユダクって何?」
サテナンデショウ。寝言でそんな事を言っていたのか。目をこすりながら周りを見渡す。空は赤くなっているが陽が落ちるにはまだ時間がある。かと言って二度寝する時間はあまりない。肩を回し体をほぐす。軽いあくびをした後、ゆっくりと立ち上がり小屋の出口に向かう。追いかけてくるかと思いきやツチメは小屋から出てこなかった。何をしたかったのだろう。
夜になる。
正直家に帰りたい。帰る家はないんだけれども。
2人だけで窯の番をする。ツチメは自分の右横に座っており何をしているかよく分からない。カマオからは窯に薪を入れすぎないようにと言われており、朝まで火が消えずに残っていれば良いとの事。次々と薪を放り込む必要は無いため、前日に比べ作業自体はいくらか気は楽だ。
先程から隣の女の子が静かだ。寝てるんじゃないかと横を見ると睨むような力強い視線を返される。慌てて窯の炎を眺める。パチパチと炎が弾ける音が響く。後どれくらいこの生き地獄が続くのか。小用に立ったときにも背中に、戻って来るときには正面から視線は続く。何か言いたいことがあるなら言って欲しい。
「ツチメ、何か言いたいことがあるのか?」
たまらず問いかける。しばらく待ったが返事が無い。今度こそ寝てしまったかと横を見る。目が合い急いで目を反らす。
「言いたい事が無いなら、我を見るな」
「嫌だ」
こういう時、なんと表現をすればいいのだろうか。けんもほろろ?
しばらく無言の時間が過ぎる。周りからは虫の音しか聞こえてこない。たまらない、この子とはわかりあえない。自分がこの子に迷惑をかけたとすれば、元々この子の仕事だった水くみに不平を漏らした事とツチメから自分に当番が移ったと思ったら半日だけだったと肩透かしをくらわせた事位か。初日に「汚い」と言われたことは忘れることができない。確かに当時は薄汚れた衣服を着ていたし、未だに髪はボサボサで目を覆う位に長い。汚れを落とすためだったとはいえ、いきなり水をぶっ掛けられるのは気持ちのいいものではない。ましてや行動を監視するかのように見続けられれば、いい加減うっとおしく感じる。
「ツチメ、我が嫌いか?」
「否」
嫌いではないか。ならば監視する理由があるという事か。ツチオの話では、自分は村で葬式の火の夜にやってきた妖怪扱いされていたらしい。誤解は解けたと思っていたが、この子はまだ疑っているのかもしれない。そう言えば村の人は自分の事はをどれだけ知ってくれているのだろう。窯の役のメンバー以外で交流があるのは昼食を持ってきてくれるお姉さんだけだ。そのお姉さんだってまともに話をした事はない。そもそも名前すら知らなければ名乗ってすらいない。名乗ってなくても片目が潰れた余所者なら誰かは分かるとは思う。が、ソイツがまともな人間かどうかまでは判断できないのではないだろうか。自分自身まともな人間だという自覚もない。怪しいヤツだという噂は消えていないのか。
「我はアヤカシではない」
返事が無い。恐る恐る様子を伺うとツチメは眠ってしまっていた。眉間に皺を寄せながら火の番をなんと心得る不届き者めと憤慨する。イライラしながら起こそうとして、ふと手を止める。このまま朝まで眠っていてくれた方が良いのではないだろうか?雨が降っているわけでもない、このまま朝まで火が消えることはないだろう。やれやれと肩をすくめつつ、朝まで一人火の番を続けた。
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意識が戻ったのはまだ鶏の声が聞こえる前だった。かすかに空は白ずんでいる。慌てて飛び起き窯の火を確認する。炎こそ見えなかったが、所々赤い光が見える。炭火だろうか。これは役目を失敗したのか?それとも許容範囲なのか?左右を見渡しても誰もいない。焦る。
小走りでカマオが居るはずの小屋へ向かう。まだ全力疾走できるほど体力は回復していない。入り口に近づくと話し声が聞こえる。カマオとツチメだ。そのまま飛び込み火を見てくれと叫ぶ。カマオは落ち着いた表情。ツチメはかすかに笑っているように見えた。大丈夫だ、とカマオ。ほっと息を付くと同時に鶏の鳴き声が聞こえてきた。朝だ。
最後、実際にはツチメさんは笑っていません。




