33. 相津
アベを乗せた船はゆっくりこの村へと近づいてくる。タケルのお供とアベの他、アベのお供数名も同乗しており積載人数はギリギリといった様子。自分たちが山の村からここへ来た時と比べ船は重そうだ。そんなアベを乗せた船の接近を誰が知らせたのか、遠くから「オオーー」という声と共にタケルが駆け寄ってくる。河原へと辿り着いたタケルは船に手を振り「父ー、我はここぞー!」と大声で叫ぶ。故郷から離れ旅を続け山奥の村で偶然にも再開するとは、さぞかし感動の再開になるだろう・・・と思っていた。船上のアベの姿を見たタケルは、感動のあまり川へと飛び込み船へと泳ぎ出し無理やり乗り込もうとするも船が転覆。あわや大惨事になりそうだった。感動したんじゃないなこれ、きっと思い付きで行動しただけだ。
岸へと辿り着いたアベは息子に対し「もう少し考えてから行動しろ」と叱責する。付き合いは短いがアベのあんな表情は初めて見た。お供達も皆頷き「若は単純だから」と息を吐く。ちなみに何年振りの再会かとお供に聞けば、半年位ではないかとの答え。思っていた程でもなかった。ともあれ、ずぶ濡れのまま河原で立ち話もなんなのでとアベの住む家へと移動することになった。道中ツチメに「タケルとの付き合い方を考えろ」と言われたが、本当にそう思う。
一息ついた後も特に感動の再会をやり直すわけでもなく、皆を集めるとアベは北の果ての民について話を始める。
賊を見つけ戦のようなものを仕掛けるも、連中は不利だと思った途端すぐ逃げ出してしまう。何度かそれを繰り返し徐々に追い詰めていき、本拠地らしき場所までたどり着くと賊は降伏。どうにか会話ができる相手から事情を聴きだすと、北の村で一番強い男が食料を独り占めし、更には近隣の村を襲えと命令したのだそうだ。アベらは手分けをして潜んでいたその男を見つけ出し討伐、他の村人には何もせず開放した。この話に自分は少し安堵したが、逆に体を強張らせたのはタケルだった。残党をまとめて倒してしまったと申し訳なさそうに話すタケルにアベは大激怒。説教の最中、王の一族どうのこうのと言っていた気もするが、よく聞いていなかったので覚えていない。タケルのお供が宥めるまでアベの怒りは収まらなかった。確かにアベの下したやり方は王道に近い気もする。
討伐隊の役目は終わったようだが、アベのお供を含め未だ戻っていない男たちはどうなったのだろうか。アベのお供の一人に疑問をぶつけると歩いて帰っている最中との返答。アベの帰還を最優先にし重い荷物を預けてきたので、帰ってくるまで時間がかかるのではないかと言われる。幸い大きなケガを負った人も居ないとの事で一安心する。
その日はささやかな宴会が開かれる事になった。あれだけ怒られたのに調子に乗って酒を飲み続けるタケルと、軽く笑みを浮かべながら彼を見つめるアベ。馬鹿な息子ほど可愛いとはよく聞くが目の前の光景がまさにそれなのだろう。
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次の日。
突然タケルが「帰る」と言って船に乗り込もうとする。そうだった、この男は用事が無ければすぐに帰ると言い出すヤツだった。お供達も慌てるかと思いきや、やっぱりねと諦めたような表情をする。帰るならばついでに村まで船で送って欲しいと願い出るも、山の村には向かわないと言う。東の山の向こう側に海を見つけたので、そこを経由して故郷に帰るのだそうだ。本当は海じゃなく湖なのだが。ここで「剣は?」と聞くと前にも見た困った顔をする。これにアベは「これを持て」と自分の使っていた剣をタケルへ差し出す。瞬間驚いた顔をするも、何か意を決したような顔を作り片膝を付き恭しく剣を受け取る猪。何か謂れがあったのだろうか。
「童、さらばだー!」
ファミレスの野菜食べ放題・・・いや別れの言葉を口にすると、3艘の船は笑い声と共に瞬く間に川を上り山の陰に消えていった。来るときも突然で帰るときも突然だった。多分彼とはもう会う事はないだろう。共に過ごした日数は少ないけれど一生忘れられないインパクトが彼にはあった。さようならタケル、お供達に迷惑かけるんじゃないよ。
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タケルを見送った後、「童も帰るか?」とアベからの問い。帰るにしても子供の足で歩くには山の村は遠すぎる。言いずらそうにしている事が分かったのか「船を使うか?」と言ってくれた。カマオの顔を伺うと申し訳なさそうに「頼む」と一言、アベは快諾。なんとか帰りの足を確保できた。とはいっても直ぐに帰れるわけでは無い。カマオが引き受けていた仕事を途中で放り出すわけにもいかず、放置していた船の状況確認と準備も必要だ。もろもろの事情を考慮して出発は明日の朝と決まった。
夜。
囲炉裏の傍でアベと話をする。
「童、都を知るか?」
「否」
都会の事など分からない。
「共に行くか?」
「カタメは行かぬ」
この返事はツチメ。アベの片眉が少しあがる。
「その子と共に居て何ができる?」
「子ができる」
ツチメは何を言っているのか。この返事にはアベも笑い出しながら「そういう事ではない」とツチメに諭す。となると例の自分が神や神の化身という話を持ち出し、どこかで何かをさせたいのだろうか。少し嫌な気持ちになった。もしここで肯定してしまうと、都とやらに連れていかれて神として祭られる未来が簡単に想像できる。以前ならそれでも良いと思ったのかもしれないが、今はこんな自分を求めてくれる子がいる。その期待を裏切りたくはない。
「我は行かぬ」
先にアベに返事をしておいた。
「童と子、共に行けば良い」
言葉に詰まるツチメ。この子は自分と一緒ならばどこでも良いとは言っていたが、想定していたのはこの盆地の中くらいで、どこか遠い所まで連れていかれるとは思っていなかったのだろう。ツチメの気持ちも嬉しい。だが、自分にはもう一人気になる、いや、何とかしてあげたいと思う子もいる。
「・・・我は行かぬ」
再度断った。どこかの誰かが言っていたが自分には成すべき事があるらしい。それは多分この地でやらなければならない事だろう。まだ何か成し終えたとは思えない。
アベは困ったような顔をしながら「思いが変わるまで待つ」と言った。
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次の日の朝、アベに見送られ山の村へ向けて船は出発した。
タケルの船と比べるとアベの船は大きく、漕ぎ手は6人と2人多い。漕ぎ手が多い分速度も速いのだが、タケルのお供たちと違いアベのお供の操船は優雅で緊張感もなく船は進んでいく。途中一度休憩を挟んでも、タケル達の船と同じくらいの時間で山の村まで着きそうだ。
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村へと辿り着くと信じられない光景が目に映る。まるで火災が起こったかのように村の家々が焼け落ちていた。
あとで解説でも書こうかと思います




