15. 帰還
後ろ髪を引かれつつ山の村へと戻る事となった。大人たちは2人1組でズタ袋のような荷を運んできて、無造作に筏へと積み込む。残念ながら期待していた鉄製の道具は見当たらない。鋸や鉋、鑿のような道具が揃えば山の村の開拓も捗るとは思うのだが、予算的な問題で購入できなかったのだろうか?
おにぎりのようなものと漬物で軽い昼食を取る。大根の漬物は甘く塩以外の何かに漬け込んだような味がした。おにぎりのようなものは葉で包まれており食べると少しふっくらとした食感がした。山の村で食べるものより美味しく感じるのは、製法が違うせいなのか場所が違うせいなのか。
出発した時と同じように筏と共に川に入り水中から乗り込む。補助役の面々も一度川に入り対岸へと泳ぐ。筏を浮かべたら両岸から紐を引き今度は上流の方へと引っ張っていく。行きは流れに任せて下るだけだったが帰りは流れに逆らって進む事になるためより労力がいるが進みは遅い。筏の上で櫂を操るカマオも忙しそう。行きはよいよい帰りは怖いとはこの事か。川の村で見たオール付きの船を導入すれば楽なのにと考える。だが、作るには専用の知識は必要だろうし購入するにも価格は不明だ。山の村は貧乏なのだ。世の中思うように事は進まない。
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やはりペースがかなり遅い。アクシデントもあり出発の時間は大幅に遅れている。日が沈む前に村までたどり着く事ができるのだろうか。
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水面近くを飛ぶトンボを見ながら考える。自分の認識できる所以外で色々な物語が進んでいる気がする。子供だから色々な決め事に関わらせてもらえないのは仕方がない。もう少し積極的に関わっていけば何か見えてくるものがあるのかもしれないが、自分はこの世界に混ざった異物だ、余計な手出しをして状況が悪化したら目も当てられない。木彫りの桶の1件で知識はあってもどうしようもない事があるのはわかった。この時代を生きているものとして、俯瞰して物事を見るのは間違っているのかもしれない。もどかしい。川の村での出来事で何かが変わった気はする。特にあのアベと名乗ったオッサンとはもう少し話がしてみたい。この時代で自分が何ができるかヒントを貰うことができるかもしれない。
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村まで半分の距離を残す所で夕暮れを迎えた。周りを見渡しても少し離れた所に林が見えるだけで、民家のようなものは見当たらない。幸い荷の中に煮炊き用の鍋と着火用の石と木くずは積んである。薪を拾ってくれば火を囲んで野宿をすることも出来るだろう。代表して誰かが村まで行って増援を求めるという手もあるが、補助役の皆様も流石に今日は疲労困憊だろうしこれ以上体を酷使させるのは酷というものだ。心配なのは野生の獣だがここは平地の真ん中で川の村の位置と比べれば東南側の山は近づいてはいるが、火を炊いていればそれほど心配するまでもない。
予想通り今日は河原で野宿となる。
筏を河原に寄せ紐を大きい石に括りつける。なるほどあの紐を使えば錨の代わりにもなるのかと感心する。泊まる場所を確保した後、カマオには自分がトオにはツチメが付き河原の上に流れ着いている乾いた木を集める。時折太い木が河原に乗っているのを見かける。増水時に上流から流れてきたものだろうか。今が雨の時期で無いのが救いだ。あぁ、増水の事を含めてこの時期に商いに出かけているのか。山の村の人達は自然に寄り添った生き方をしている。川の村との文明格差はこのあたりに出るのだろうか。
両手一杯の薪を拾い野営地に戻ると補助役の人は小さな火を起こしていた。さらに2度3度と往復し終えた頃には遠くからでもわかるくらい火は大きくなっていた。石組みのかまども組まれておりその上には水を張った土鍋。筏の荷から持ってきたのだろうか木の実のようなものを摘んでいる人もいる。ワイワイと皆が騒いでいる。キャンプのような雰囲気だ。まぁ、テントは無いんですが。
満点の星空を眺めながら横になる。正直、石だらけの河原の上で寝るのはどうかと思う。背中が痛い。左側にはツチメの姿。そっちは北枕だよとか余計な事な口にしない。
横目でチラリと見る。
炎に照らされた横顔、淡い光が揺らめいている。
伸ばせば手が頬に届く距離。
睫毛が長い。
思っていたより整った顔立ち。
髪を櫛で梳けば、それなりに可愛く見えるんじゃないだろうか。
手を伸ばしそうになる。
ツチメが目を開く。
慌てて手を引き視線を上へ。
星空が綺麗だ。
無言の時間がつらい。
「愚か」
はい、愚か者です。
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鶏の鳴き声を聞かない目覚めは久しぶりだった。案の定、背中というか体中が痛い痛い。朝食は干した穀物を湯で戻したものと魚の干物を炙ったもの。手早く済ませ出発の準備をする。
山の村までの道中は順調。ペースこそゆっくりだが確実に山に向かっている。
岩がちな地形に入る前に一度休憩。このあたりで川の水量が行きより増えているように感じる。
陽が頂上に来る前には村の入口にある小さなテントのような家が見えてくる。さらにちらに近づくと中からあの子が飛び出して村の中へ走っていく。
ようやく見慣れた河原へと到着。村から5~6人の見知らぬ人達が出迎えてくれた。紐を引き筏を河原に寄せる。細い丸太が準備されその上に筏を乗せ引っ張る。二艘共河原に乗ったのを確認すると次々と荷が運ばれていく。しばらくして出迎えてくれた人の誰かが手をパンと叩く。
土手の上にはツチオが手を振っている。ウツメの姿は見えない。囲炉裏の子は家に引っ込んでしまったのか、こちらも確認することができなかった。
ツチオと一緒に小屋への道を歩く。無論、後ろにはツチメが付いてきている。ヨタヨタと歩きながら時折ツチオに寄りかかりどうにか小屋までたどり着く。
窯焼き小屋よ、私は帰ってきた。
そう宣言するとツチオは不思議そうな顔ツチメは冷ややかな顔。まぁいい。いろいろあったが、ようやく帰還と相成った。
補足
彼は勘違いしていますが、いくら製鉄技術が伝来していようとも、鉄製品がその辺で市販されているわけがないです。
欲しければ注文して取り寄せる必要があります。
山の中の村では入手困難というのは間違いないと思いますが。




