13. 価値
残った土器は数枚の硬貨と交換することとなる。あの硬貨1枚にどれくらいの価値があるのだろうか。ひとつ借り、手の上に乗せ、その価値を考えてみる。ぱっと見る限りそれほど高価なものには見えない。ちょっと手先が器用な職人ならすぐに偽造とかできそうだ。それでもカマオから特に苦情も出ていないようなので20以上の土器と数枚の硬貨が同価値なのだろう。まぁ、元々土器の価値がどれだけのものかは分からないが、作業の手伝いをしていた関係で思い入れはある。できるだけ高く売れて欲しい。
そう言えばこの時代の金属加工はどのレベルなのだろうか。弥生時代には銅と鉄の製法が大陸から渡ってきたはずだが、技法がすぐに全国に広まったとは思えない。製造は一部地域で独占していた事だろうし大量生産はまだ無理だろう。鍋一つでもまず生産地の近辺に出回る事になる。ある程度需要を満たしてたら次の村へ、さらに次の村手へと伝播していく。ならばこんな山の中にある村まで伝わるまでどの位の時間がかかるだろうか。年単位、数十年単位の時間がかかるのではないか。いや、そもそも製品を持って全国を飛び回る商売人が居るとは思えない。モノの伝播はそこに住む人達の善意による所が大きい。こっちの村には渡してもいいが、付き合いの無いあの村へは渡さない・・・という事が大いにありえる。モノが届く事自体が奇跡に近いのだ。しかも、モノが届くとしてもほぼ中古品だろう。未使用のモノが加工地から山の中に直接運ばれるとは考えられない。山の中の一般家庭でも簡単に新品の鉄器が手に入るようになるには、明治時代の殖産興業を待たねばならない。
ここでふと思う。山の奥で出会ったムサイおっさんの家には鉄製の鍋があった。その下流にある山の村で金属の鍋を見たことは無い。もっとも、村の中心地は立ち入り出来なかったので、そこに住んでいた人は使っていたのかもしれない。あのおっさんは何処からあの鍋を手に入れたのか。
手の上の硬貨をひょいと取り上げられ意識が戻る。ツチメが硬貨を親指と人差し指で摘み珍しそうに眺めている。気安く扱わないでくれ、多分それ1つで一月分の村で使う塩と同価値だろうから。
気付けば、裕福そうな男の指示の元、土器は何処かに持ち運ばれたようだった。カマオとツチメと一緒に筏に乗ってきた男は・・・ええい、呼びにくい。聞いてしまえばいいのだ。
「汝の呼び名は何?」
男は一瞬驚いた顔をし、ちらりとこちらを見て、つまらなそうな顔をして答えた。
「トオ」
なんと2文字呼びだ。カマオやツチオのように3文字呼びかと思ったので驚いた。トオは名乗りを終えたら用済みとばかりにカマオとの会話に戻ってしまう。そうか、窯の役の人達は自分に慣れてくれたが普段会わない人はこんなものか。
どうやら商売の結果がよろしくないようでカマオが少し困った顔をしている。トオは肩をすくめながら腰の革袋を手にし中から何かの粒を取り出した。粒は陽の光に照らされ、鈍い黄色の光を放つ。
あ、これ、金だ。
硬貨の存在にも驚いたがここで金の登場とは。思えばカマオはトオの革袋に秘密があるような素振りを見せていた。まさか、あの袋の中はすべて金なのだろうか。俄然興味が湧く。なんとか近くで観察しようとするがトオは不機嫌な顔をしながら粒を持つ手を上にあげる。そりゃ、子供が興味本位で扱っていいものではないか。カマオにポンと背中を叩かれる。
カマオ達はこれから買い出しに出るようだ。昨晩お世話になった寝床まで案内され、補助役のうち一人をお守り役として残し、村のみんなは出掛けていった。
今日だけでかなりの情報を入手できた。発展した村、貨幣の存在、おそらく村で金が取れる事。今までは生きる事を主とし他はどうでも良かった。だが、別な文化に接してしまうと、いろいろ興味が湧いてくるものだ。何か出来ないかとソワソワしてしまう。こういう所は子供っぽく感じてしまう。体が子供なら心も子供になってしまうのか。
残ってくれた補助役の人に話しかける。今日はこれからどうするのか、あのお金でどれくらいのものを購入できるのか、村に金属の道具はあるのか、トオが持っているのは金なのか、あの金の価値はどの位なのか。。興奮しながら話をしたせいもあり、半分も伝わっていなかった。多分、こちらで使わない単語が混じっていたのだと思う。スケジュールとか言っちゃったし。それでも何とか会話を続ける。
・村で必要なものを手に入れたら筏に乗せて村へ戻る。
・あの硬貨で必要なものは買える。
・金属の道具は必要だと思わない。
・トオは川で粒を拾う。
要領を得なかったが、まぁこんなものだろう。
やはり村の近くで金が取れる。
そう言えばもっと子供っぽい子がいた。隣で体を左右に揺らしてる子だ。さぞかし興奮しているのか・・・と思いきや、これはどう見てもおしっこを我慢しているだけだ。ちらりと除くと、不機嫌な目でこちらを見つめてくる。
「『コショウ、ヒトツブ』とは何?」
また余計な一言を聞かれてしまったらしい。そんな事より小用にでも行ってくればと伝えると「分かった」との一言と共に飛び出していく。あわてて補助役の人が追いかけていく。どれだけ我慢していたのだろう。貯めずに行けばよかったのに。いや、自分が補助役の人と話をしていたから行けなかったのか。これは申し訳ない事をした。
村に帰ったら金の事を聞いてみよう。定期的に金を得ることができれば、村の暮らしは良くなるだろう。金属の道具を揃えることができるかもしれない。綺麗な服を着て、美味しい食事を取り、住心地の良い家に住む。衣食住は大切だ。
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遠くから鐘の鳴る音がする。この村では時報に鐘を使っているのか、そう言えば銅鐸って何に使うのだろう・・・と、そんな呑気な考えは鳴り続く鐘の音の違和感に打ち消された。この鳴らし方はおかしいと慌てて外を見ると、河原にいる人たちも異常を感じ右往左往している。少ししてツチメと補助役の人が戻ってくるが、2人も何が起こっているのかわからない様子。
村の方から怒号のような声が響いてくる。
時折悲鳴のような声も。
鐘は鳴り止まない。
何が起こった?家事か?親父か?
息を切らしながらカマオが駆け込んでくる。
「逃げろ、敵だ」
銅の融点は1,085℃
鉄の融点は1,538℃
融点が低いということで、金属加工の歴史は銅→鉄と移り変わったというのが一般出来ですが、
鉄は700℃程度で柔らかくなり、ハンマーなどで形を変えることができました。
形状が単純なものは銅器よりも鉄器の方が早く出回っていた可能性があります。
案外、スサノオの剣を折ったあの剣も鉄製なのかもしれません。




