父との戦い
わたしは駆け出した。父を倒すため。
刀の柄を握り締め、僅かな希望に賭けて。
ホルスターから素早くオートマチック銃を抜いて、父上を撃つ。
オートマチック銃を握る手と、刀を持つ手が震えている。
やはり、わたしは父を撃つことができない。
この迷いが命取りになるかもしれない。
何故、争わなければならない?
他に方法はないのか?
父上はわたしが駆けてくるのを見るや、矢の様に素早く動いては変なポーズを決めて、銃弾を華麗に避ける。
わたしは父の動きが予測できずに立ち止り、刀を握っている腕にオートマチック銃を載せて、父上に苛立ってオートマチック銃を乱射する。
しばらくして、オートマチック銃の引き金を引いても、弾が放たれなくなる。
ついにオートマチック銃の弾が切れて、わたしは舌打ちした。
父上を正確に狙わない限り、父上に傷を負わすことはできない。
わたしは諦めてオートマチック銃を下ろし、父上を睨み据える。
「終わりか? 終わったね? よしよし。私を撃つなんて不可能であーる! 可能なんてねぇんだよ! 甘いねぇ、ちゃんと狙ってる? 私はここだ! 弾を無駄にするんじゃねぇぞ!」
父上が両手を腰に当てて、偉そうに仁王立ちする。
左手は腰に当てたまま、右手の人差指を立てて、右手の人差指を小さく左右に振った。
挑発するように舌を鳴らしながら、右手の人差指を小さく左右に振る。
父上、油断しましたね。
わたしのホスルターには、もう一丁オートマチック銃があるんですよ?
わたしは父上を睨み据えたまま、刀の柄を握っている手を離して、刀を床に落とす。
意表を突かれ、目を見開く父上。父上は間抜けに「ぬお?」っと声を漏らした。
わたしは刀を床に落とすと同時に、素早くもう一丁のオートマチック銃を抜いて、父上を撃つ。
父上は不意を突かれ、動くことを忘れて立ち尽くしている。
わたしは父上を撃ちながら、弾切れになったオートマチック銃をホルスターに収める。
その時。わたしの銃弾が、父上のシルクハットに命中した。
父上のシルクハットが紙の様に弾き飛び、シルクハットが裏返しで床に落ちる。
「ん!? 帽子、落ちた? なんか、頭が涼しいんですけど。って、帽子落ちてる! こんちくしょう!」
父上が頭の皿を気にして手で触り、シルクハットを被ってないことに地団太を踏む。
父上はシルクハットが床に落ちていることに気付き、手を叩いてシルクハットを指さす。
帽子に当たったか。
やはり手元が狂っているな。
わたしはオートマチック銃の引き金から手を離す。
だが、帽子に当たったのは幸運かもしれん。
父上は頭を気にしているからな。
躊躇していたら、確実に父上に殺される。
高鳴る鼓動と、冷や汗が頬を伝う。
だが、闇雲に父上の懐に飛び込むのは危険だ。
どんな攻撃が飛び出すかわからない。
それより、父上の杖だ。
あの杖をなんとかすれば、勝機があるかもしれない。
少なくとも、足の悪い父上の動きを封じれるはずだ。
わたしは両手でオートマチック銃を握り締め、父上の杖を狙い撃ちした。
父上は必死にシルクハットを拾おうと、姿勢を低くして四つん這いになり、頭の皿を気にしながら銃弾を避けるのに手いっぱいだ。
毛皮のコートを盾代わりにして、銃弾を凌いでいる。
銃弾が毛皮のコートに命中する度に、「おーまいがっ! この毛皮コートいくらしたと思ってんだ!?」と、文句を言っている。
明らかに頭の皿を気にしている父上の動きが鈍かった。
父上はシルクハットを拾えないのが悔しいのか、四つん這いのまま握り拳で一発床を叩く。
父上は四つん這いのまま、わたしにお尻を向けて間抜けな格好で動きを止め、「ぐぬぬぬぬ」と唸って、歯を食いしばって拳を振り上げる。
そして、不気味に笑いながら右手で杖の先をわたしに向け、杖型の銃を乱射してきた。
杖先の筒から、銃弾が放たれる度に火を噴いている。
「ひゃはははは! 風穴開けたるで!」
父上は笑いながら、その隙に左手でシルクハットを拾って、満足気にシルクハットを頭に被る。
不味い。
あの杖はマシンガンだったのか。
わたしは反射的に左手でマントの裾を掴み、マントの裾を盾代わりにして、マントに顔を埋める。
銃弾がマントを貫通することはなく、マントに銃弾が命中する度に火花が散る。
これで、攻撃を凌げそうだな。
そういえば、制服も銃弾が貫通していない。
父上に命を救われたな。
皮肉なもんだ。
「いいねっ! さすが、私の作品だぁ! くぅ、痺れるぜ! たまんねぇな! 踊れ踊れ!」
父上が歓喜を上げて、片膝を床について右手に持った杖型のマシンガンをぶっ放す。
空いた左手で葉巻を吹かして、余裕の態度を見せる。
やがて、マシンガンが弾切れになった。
杖の先でぼっと音を立てて一筋の煙が上る。
「弾切れか。役立たずが」
父上は舌打ちして、まだ杖が使えないかと思っているのか、唸りながら杖を上げて見たり、杖を手の甲で叩いたりしている。
わたしはそれを見逃さなかった。
父のマシンガンを防ぐのに手いっぱいで、オートマチック銃の無駄撃ちはやめて弾を温存していた。
わたしはマントの裾から手を離し、オートマチック銃を握っている腕を上げて、オートマチック銃を両手で握り締める。
そして、父上の右手首を狙い撃ちした。
三発目で、父上の右手首に銃弾が命中し、父上の右手首から血が滴る。
父上は杖をいじるのに気を取られ、その場から動けないでいた。
「くそったれが! よくも、私を撃ったな!」
父上は杖を床に落とす。
だらんと右手を垂らした。
父上は右手首の傷を舌で舐めて、父上は左手で右手首を押さえる。
いつの間にか、大砲の様な左手が機械の手に戻っていた。
「これで、杖は使い物になりませんよ? あなたは、右手首を負傷しました」
わたしは父上を睨み据え、オートマチック銃の銃口を父上に向ける。
「くそう。この杖、ガラクタだ。面白くねぇの。つまんねぇ。ああ、つまんねぇ」
父上は素早く立ち上がり、悔しそうに杖を踏み潰し、地団太を踏んだ。
父上が杖を踏む度に、杖が青白い電気を帯び、青白い電気が放電される。
そして、青白い静電気が痛そうな音を立てる。
なんだ?
父上は杖に何をした?
この杖、電気を発生させているのか?
わたしは不思議に思いながら、父に銃口を向けたまま、床に落ちた杖を見下ろしていた。
「と見せかけて、こいつはただの杖じゃねぇ! 雷剣の完成だ!」
父上が爪先を杖に引っかけて杖を蹴り上げ、浮き上がった杖を素早く左手で杖を持った。
わたしに駆け寄るなり、わたしの右肩に杖を突く。
なんだ。
攻撃の感じはしない。それに痛くもない。
どういうことだ?
まだ、この杖には武器があるというのか?
わたしは動揺して、父上に銃口を向けたまま身体が動かない。
「吠えろ! 雷剣よ! 皮膚を貫け。そして、血を吐け! 血祭りだ!」
わたしの右肩を突く父上の杖が眩い青白い電気を帯び、雷鳴とともにわたしの皮膚を貫いた。
「がはっ」
わたしは口から血を吐き、よろめきながら後退る。
雷の剣だと。
まだ隠し武器があったとは。油断した。
長期戦は不味いな。
「ビリビリしましょうや! 旦那ぁ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
父上が高笑いし、左手に持った杖の先を地面に突き刺す。
父上の杖の先から、四方八方に青白い電気が乾いた音を立てて、青白い電気が床を波の様に走り回る。
そして、父上が左手の杖を高く掲げる。
「ショータイム!」
父上は天井を見上げて叫んだ。
雷鳴とともに父上の身体から青白い電気が放たれる。
次の瞬間、くないの形をした青白い電気の棘が四方八方に飛ぶ。
「なっ!?」
わたしは予想外の攻撃に声を漏らした。
右肩の傷を左手で押さえて。
攻撃を回避できる空間もない。
ここは、マントで攻撃を凌ぐしかない。
至近距離の攻撃は不味いな。
「くっ」
わたしはマントの裾を盾代わりにする。
青白い電気の棘は、マントに当たる度に小さく爆発する。
わたしの装備品に、青白い電気が走る。
手が痺れて、オートマチック銃を床に落とす。
床に落ちたオートマチック銃が青白い電気を帯びている。
どいうことだ?
父の攻撃を吸収したのか?
屈み込んでオートマチック銃を拾おうとしたが、静電気で火花が散り、手が痛くて拾えなかった。
わたしは父を見据える。
なんとか防げてるのか?
このマントもいつまで持つか。
一刻も早く杖を破壊しなければ。
この際、感電しても構わない。
わたしは革手袋を握り締める。
わたしは床に落ちたオートマチック銃を拾う。
今度は静電気も発生せず、革手袋のおかげか感電はしなかった。
それどころか、雷を吸収している感じさえする。
「雷剣の前では、銃なんぞおもちゃ同然よ!」
父上は雷剣を振り回して遊んでいる。
手応えはある。
恐らく、この銃は敵の物理攻撃以外を吸収し、力に変えることができる銃に違いない。
その証拠に、この銃は青白い電気を帯びている。
わたしはオートマチック銃を握り締めて、おもむろに腕を上げる。
父上を睨み据えて、引き金を引いて父上を撃つ。
わたしの銃口から、青白い電気を帯びた銃弾が矢の様に放たれる。
次の瞬間、わたしの銃弾が父上の胸辺りに命中した。
父上の身体が青白い電気に覆われる。
「なんてこったい! そいつは、私の攻撃を吸収しやがった……」
父上がわたしのオートマチック銃を、震える手で指さす。
父上は青白い電気で全身が痺れて、杖を床に落とし、片膝を床につく。
恐らく、刀も物理攻撃以外を吸収するタイプなのだろう。
わたしは床に落ちている刀を見つめた。
ならば、床に落ちた刀も電気を吸収したはず。
刀の刀身が青白い電気を帯びて、刃先が線香花火の様に小さい火花を散らしていた。
やはり、この刀も電気を吸収したに違いない。
あの刀で杖が切れるかもしれないな。ふとそう思う。
わたしは父が痺れている隙に、床に落ちた刀に歩いて向かう。
ホスルターにオートマチック銃を収めて、おもむろに刀を拾う。
確かめるように、刀を翳してみる。
刀身が青白く光り、光に反射してわたしの顔が刀身に映る。
刀身に青白い電気が波打つ。
面白い、父と同じ雷剣か。
試しに一振りしてみる。
「迂闊だったわ! お前の手に私の最高傑作が渡っちまうとは。一生の不覚」
父上は全身が痺れながらも、拳で床を叩こうとするが、手が痺れて途中で手が止まる。
「いくぞっ! 父上!」
わたしは右肩の傷の痛みに構わず、刀の柄を握り締め、横に刀を構えて、父上に突進する。
父の懐に入るや否や、わたしは刀を真っ直ぐ振り下ろす。
次の瞬間。重い金属音が鳴り、火花が散る。
父上は左手で杖を拾って、わたしの刀を受け止めていた。
わたしの刀が震えている。
父上の杖に触れている、わたしの刀の刀身が熱を帯び、青白い電気を放電している。
「いつまでも痺れていると思ったか!? 芝居じゃ! そう簡単には切れんぞ、この杖は」
父上が鼻で笑っている。
しかし、痺れを我慢しているのか杖が震えている。
額には冷や汗を掻いていた。
「ならば、切れるまで切ります!」
わたしは刀を振り上げ、今度は刀を袈裟に振り下ろす。
再び重い金属音が鳴り、火花が散る。
父上が杖で、わたしの刀を受け止める。
「お前の剣の筋、見せてもらおうか!」
父上は杖を振り上げ、杖を袈裟に振り下ろす。
わたしは父の杖を、刀で受け止める。
お互い飛び退り、一旦距離を置く。
二人は同時に駆け出し、同時に杖と刀を振り下ろす。
父上の雷剣と、わたしの雷剣が激しく入り乱れる。
その度に、風を切って火花が飛び散り、太刀風が舞う。
しばらく互角に戦う二人。
そして、息を切らした二人。
「剣の腕は、私と互角、というわけか。少々力み過ぎたわ。小童が」
父上が息を切らしながらわたしと向き合い、わたしを睨み据える。
「わたしとて、大学で武術を学んだ身。簡単には負けません」
わたしも息を切らしながら父と向き合い、父を睨み据える。
剣の腕は互角。
これでは、杖を破壊できない。
それどころか、勝負が長引くだけだ。
どうすれば。
雷の銃弾を浴びせて、父上を痺れさせ時間を稼ぐか。
また雷の銃弾を撃てる保証はない。
この際剣を捨てて、この革手袋で杖を破壊できないものだろうか。
雷を帯びた銃を拾った時、この革手袋はなんともなかった。
父が造った革手袋だ。杖を握り潰すくらいの握力を得られるかもしれないが。
一瞬、父が優しい顔をした。
そんな気がした。
「これはどうだ!」
父上が杖の先を向けて、青白い光を帯びたくないの形をした銃弾が放たれる。
まだ銃が使えるのか。
そう思ったとき、わたしの右手首に、青白い光を帯びたくないが突き刺さる。
わたしの右手首から血が滴る。
「くっ」
わたしは痛みで声を漏らし、刀を床に落とす。
右腕を垂らし、左手で右手首の傷を押さえる。
「これで右手は使えんぞ? どうする!?」
父上が杖を突き出して、わたしに突進してくる。
わたしは、父上がわたしの懐に入ったところを見計らい、素早く屈み込んで杖を避ける。
杖が風を切り、わたしの左肩の上を通り過ぎる。
すかさず右腕を垂らし、左手の革手袋で杖を掴んで受け止める。
「遊びは終わりです。父上」
わたしは左手に力を入れて、そのまま杖を握り潰した。
杖は、ガラスが砕けるような音を立てて粉々に砕け散る。
父上が動揺して眼が見開き、そのままの態勢で「ぬおっ」と呟いた。
「剣が振れなくても、わたしには銃がある」
わたしは左手で素早くホルスターから銃を抜くと、父上の胸に至近距離で銃弾をぶち込んだ。
青白い電気を帯びた銃弾を。
「くっそぉぉぉぉぉう!」
青白い電気を帯びた銃弾を食らった父上は、全身が痺れながら、後退りして仰向けに倒れた。
終わったか。
思った通り、強力な武器だ。
やはり、一度物理攻撃以外の攻撃を吸収すれば、戦闘の時は使えるみたいだ。
ここで終わらせる。
父の研究を止める。心を鬼にしなければ。
わたしは修羅になれない。
わたしは静かに立ち上がった。
ゆっくりと父に歩を進める。
「まだだ! まだ終わらんぞ!」
父上は立ち上がろうとするが、全身が痺れて上半身を起こせずもがいている。
「これで終わりです」
わたしは父上に歩み寄り、父上の額に銃口を向ける。
だらんと右腕を垂らして。
「と見せかけて、甘いわ!」
父上が左手の掌を広げた。掌の上には銀色の小さな球体があった。
父上は不敵な笑みを浮かべると、銀色の球体が閃光とともに、濃い緑色の煙が噴出される。
け、煙玉か。油断した。
わたしは咳き込む。
視界がゼロに近く、煙が晴れるまで待つことにした。