静かすぎる街
ガタンッ――
強い揺れと共に、急に荷馬車が止まった。
「うわっ!! もったいね~貴重な酒が割れちまった」
幸い近くの木箱にもたれかかっていたので、下敷きにはならずに済んだが、男たちの飲んでいた酒が床広がり、アルコール臭が充満する。
里奈は、服にかからないよう、そしてバレないように、そっとガラス瓶の欠片を拾い、手に握った。
男二人は、そんな里奈に気にも留めず、小窓を覗き外の様子を確認している。
「一体どうしちまったんだ?」
「検問か?」
男たちの注意がそれているこの隙に、ガラスの破片を、縛られている両手の縄にこすりつけた。
(こっち向かないでよ~、あとちょっと――)
里奈の心臓の鼓動が速くなった。
「げ、検問じゃないか、マスター大丈夫か?」
「俺、ちょっと見てくるわ。お前、こいつを見張っててくれ」
「おう」
そう言って片方の男が荷台から降りていく。
それと同時に、里奈は両手の縄を切ることに成功した。
見張りの男はそのことにまだ気づいていない。
里奈は慎重に機会を窺う。
これを逃すときっと、二度と逃げることができなくなる……
なんとしてもこのタイミングで逃げないと!
里奈は、残った男に話しかけた。
「お酒こぼれちゃいましたね、もったいない。万が一、踏んじゃったりすると危ないから、瓶の破片を隅に除けた方がいいんじゃないですか?」
「ん? 確かにそうだな。今みたいに急に止まると危険だしな」
里奈の作戦に見事引っかかった男は、しゃがみこみ、ガラスの破片をちまちま拾う。
その隙に、足の縄も瓶の破片で切り、静かに男の背後に近づいた。
そして――
里奈は自分のトランクを頭上に持ち上げ、思いっきり男の頭めがけて振り下ろす。
ドカッ
鈍い音と共に、男が床にうつ伏せで倒れた。
(よし! 気絶したよね?!)
里奈は起こさないようにそっと男から離れ、トランクを抱え後方の布をめくり、外を窺った。
荷台の後ろには幸い、誰もいない。
「ここからはアムステール王国所有地だ。通行書がないものは通すことができない。お前たち、どこの者だ?」
「我々は、商人で酒をこの国に納品しに来たものです」
「通行書はあるのか?」
幸運にも、馬の近くでマスターと呼ばれていた男と、先ほど様子を見に行った男、そして軍服ような制服を着た男二人が揉めているではないか。
(ラッキー!! やっと神様も私に味方してくれるようになったのね!!)
里奈は静かに荷馬車を降り、全速力で走った。
足の裏が痛いとか、トランクが重すぎるとかもはや感じないくらい必死に走った。
タイムを測ったらきっと自己ベストを更新しただろう。
喉が渇いているとか、体力が限界だということなんて頭から消し、逃げることだけを目標に必死で走る。
小さい橋を渡り、石畳の道をひたすら進む。
「はぁ……はぁ……もう……大丈夫よね……?」
振り向き、奴らが追ってこないことを確認する。
後ろからは誰も追っかけてきていないようだ。
トランクを置き、その上に腰掛け息を整える。
(街に来たんだ……無事脱出できてよかった、とりあえず売り飛ばされずに済みそうで……)
その街は、家が道なりに密集して建てられていて、どの家も壁は白っぽい色で統一され、屋根は赤やオレンジなど色々な色をしており、どの家の窓も木枠の窓と扉。
そして、道は石畳で舗装されており、里奈の靴下だけの足にはひんやりと冷たかった。
周辺からは人の声や物音すら聞こえてこない。
「ヨーロッパの街並みに似てる……かわいい街……」
里奈はトランクから立ちあがり、上をぐるりと見回す。
(自分のいるところがヨーロッパだったらよかったのに……ほんと、ここどこよ……)
これ以上歩きたくなかったが、歩くしか自分にはできない。
血のにじむ足に鞭をうち、とぼとぼと道なりに歩く。
「誰ともすれ違わないけど、なんで?? 人住んでるよね?」
だいぶ日が暮れてきているが、そこまで暗くはない。
しかし、店らしき建物は、扉は閉められ看板がない。
広場に出たが、噴水らしきものからは水が出ていないし、花壇には何も植えられておらず、人っこひとり見当たらない。
外出禁止令でも出ているのだろうか……?
里奈は、やみくもにに歩くのは効率が悪いと思い、噴水の縁に座りじっと誰かが通るのを待つことにした。
すると、ぐうっとお腹が鳴った。
こんな状況でもお腹は空く。
人間の体は正直だったが、今は飴ひとつも持ち合わせてはいない。
なんで自分は、このトランクに食料を詰めずに参考書やら制服を詰めたのか……
こんなことになるならもっと必要なものを詰めるべきだった……
もっとお昼食べとけばよかった……
靴も履いておけばよかった……
絆創膏は常に持ち歩くべきだった……
失って初めて、その存在の重要性に気が付く。
色んな物が当たり前にある日常に慣れすぎていて、それが普通だと思っていた。
里奈の頭の中は、後悔でいっぱいになった。




