泥棒と使者
「誰か~その男を捕まえて~! 泥棒よ~!!」
女性の声が、静かな広場に響き渡った。
声のする方を見ると、全身黒ずくめの覆面男がこちらに向かって走ってくる。
その男の手には小さい鞄が握られていた。
「泥棒!!?」
里奈はその男を止めるめ、急いでトランクを開け、参考書を手に取りその男めがけて投げる。
「その鞄返せ~!!」
一冊目の数学は外したが、二冊目の化学はばっちり、覆面男の後頭部に命中した。
体力測定のソフトボール投げ満点をたたき出したこの腕も、意味があるものだ――
里奈は倒れた男から鞄を取り上げ、地面に落ちた参考書たちを拾う。
「あの……ありがとうございました」
鞄を取られた女性が、息を整えながら里奈に近づき頭を下げる。
「どういたしまして」と言いながら、里奈はその女性に鞄を返した。
「本当にありがとうございました。この中には、やっと稼いだ息子の薬代が入っていたんです。薬屋に行く途中にこれを盗まれてしまって……ほんとうに助かりました」
「そうだったんですね。力になれてよかったです。あの、教えて欲しいんですけど、この街って全く人とすれ違わないんですが、どうしてですか?」
やっと出会った、まともな人が去ってしまう前に、真相を教えてもらわないと――
里奈もまたある意味必死だった。
「旅のお方なのですか? そしたら早くこの国を去った方がいいです。三年前、前国王陛下が崩御されて以来、この国の治安は悪くなる一方で、その上、最近は干ばつに見舞われ収入源だった作物がめっきり取れなくなりました。この国を立て直そうと第一王子が即位したものの、状況は悪化する一方。それに絶望した国民の一部は、今や隣国へ渡るありさまです。ここに残っているのは、逃げられない私のような者と、犯罪に手を染める者たちだけです……彼らも生きるのに必死なのでしょうけど……」
悲しげな表情を浮かべ、その女性は里奈にこの町そして、その母体である国の状況を教えてくれた。
里奈が思っていたよりもこの町は悲惨な状況だった。
しかし、今の里奈にとってそれよりも深刻なのは自分の状況――
とりあえず駄目もとで泊まらせてもらえないかとその女性に事情を説明して頼んでみることにする。
「あの、実は私、道に迷っていて自分の国へ帰る方法がわからないんです。そして、お金も持ち合わせてなくて……無理な願いだと十分わかっているのですが、せめて今晩だけでも、あなたの家に泊めてもらえないでしょうか?」
まるで、テレビ番組の企画みたいだ。
まさか自分がこんなことをするとは思ってもみなかった。
里奈は、心配そうに女性の顔を窺う。
「いいですよ。あなたは恩人ですから」
「ほんとですか!? ありがとうございます!!」
今度は里奈が何度も頭を下げる。
野宿を覚悟していただけに、その女性の好意は天にも舞い上がれるぐらいうれしかった。
すぐさまトランクに参考書を詰め、女性についていこうとすると、背後から知らない男の声がした。
「その必要はありません。あなたは今から私と一緒に王宮にいくのですから」
「え? 『あなた』ってまさか……私のことを言ってます?」
「ええ」
(今度は一体何ですか……!?)
ここまでくると、何が起きても誰が現れても動じなくなってくる。
里奈は嫌な顔でその男を見つめる。




