こしぬのにご用心
森にぶんぶん投げるように運ばれながら、ユエはできるだけ小さく縮こまる。
視界の端を青々と葉のしげった枝が次々通り過ぎていき、それらは時たまユエの頭やら顔やらをぱちぱちとはじいていく。
霊代の蜥蜴と話しているだけでも驚きなのに、彼が人間に変化してしまってさらに驚愕したのが前回。最初から合わせると、これももう四度目だ。そろそろ、そろそろ慣れないと……!と涙目になりながら自分を叱咤する。
速度に青くなったり、目がまわって気持ち悪くなったりと、乱暴な扱いにユエの身体は忙しなく反応する。そんな中、ポケットの中のムッカと腕に抱えた料理の籠を守ることだけを考えて、ユエはこの修行のような時間を過ごしていた。
「……っ、きゃあああぁあっ」
突然、空中に放り出されてユエはつんざくような悲鳴をあげる。高さはそれほどなかったのか、すぐに地面に落ちて腰と尻をしこたま打った。
「うぅ……」
痛い。思わず腰を抑え、うずくまった。
枝トロッコ――命名はムッカだ――は湖まで飛ぶように来れてありがたいのだが、如何せん作業が雑なのだ。もうちょっと丁寧に運んでほしい。
「大丈夫か」
視線を落としていた地面にすっと誰かの影が差す。ユエは聞き覚えのない声に、え、と思って顔を上げた。
黒く艶のある髪に、金の瞳。
全裸の男から心配されて、ユエはもう一度悲鳴をあげた。
「もう!どうなってるんですかぁ!」
ユエは涙声だ。
前回渡した布をティハの腰に巻き、それこそ切らなければ解けないのではという程固く、しつこいくらい固く結ぶ。
ユエが持ってきたのはワンピースだけで、それを着せるわけにもいかず、また布で対処しているのだ。もちろんそれで隠れたのは股間と尻だけで、引き締まった胸板や腹は丸見えだ。
ユエを出迎えたティハは男の姿だった。そして、前回と同じく何も身につけていなかった。
「……もう、お嫁に行けないわ……」
ティハに対する敬語すら忘れて、項垂れるユエ。布を腰に巻くときは視線を逸らしていたが、初回にばっちり見てしまった。
「この姿は、変か?ムッカの言うとおり、村の人間を見て、色々合わせてみたんだが」
「ぜんっぜん変じゃないわ!むしろ、かなり良い感じに仕上がってるじゃない!」
ぺたぺたと自らの身体を触りながらティハが眉を寄せ、ムッカが興奮したように跳ね回る。
そうか、ムッカの入れ知恵だったのか。ユエはちらりとティハに目をやった。
そう。ティハは「かなり良い感じ」なのだ。
村人の中から良い部分を選んで組み合わせたのか、高めの背丈に長い手足、ほどよく使い込まれた筋肉が浮きでた体、目鼻立ちの整った顔。
顔は初めに真似たユエがベースになっているようだが、目は鋭くなって精悍さが増し、薄くなった唇は色気がある。輪郭も丸みが無くなって大人の男の顔になっていた。この辺りは、村で一番人気のルイに似ている気がする。
とにかく、髪の色も目の色も違うが、ユエの遠い親戚のお兄さん…と言えば通じる程度に似ている、それはもう、ものすごい色男になっていた。
それが真っ裸に腰布一枚で立っている。
「……とりあえず、食事にしましょうか」
今日はもう、さっさと食事を終わらせて退散するに限る。
村のお姉様方には喜ばれそうだが、ユエには目の毒だ。無心で料理の用意をし、少し離れて座った。
「今日は鶏肉のクリーム煮よ!今回は丸ごともも肉を使ってみたの」
「鶏肉か!あの、蛙に似ている、おいしいやつだな」
きゃいきゃいと食事を進める霊代組を眺めながら、ユエは考える。
今度はお父さんの服を持ってこよう。ちょっと袖と裾が短いかもしれないがそのほうが「まぬけ」に見えて心の平穏が保てそうだ、と。