地下にまつわる光の巡り
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「研究所へ、ですか?」
「そう。君は僕の研究素材として報告したんだけど、『三体も霊代と契っているのは珍しい、連れてこい』って上が煩くてね。……まあ、予想していたことではあるけど」
面倒くさい、とばかりに顔を顰めたダミアンは、夕食を食べ終え口元をナフキンで拭う。共に食事をしているのは他にユエ、ムッカ、テン、ビーオにティハで、ギードは王都が古巣だったらしく、知り合いに夕食を誘われたとかで席には居ない。
側に控えた老婆が空になったダミアンの皿を下げるのを見送りながら、まだ食事中のユエはナイフとフォークを手にしたまま「構いません」と首を縦に振った。
どちらかと言うとユエに拒否権は無いようなものだし、霊代の研究施設に一度も顔を出していないこと自体不思議に思っていたのだ。これでは何故わざわざ王都まで来たのか分からない。
「あたし達も当然一緒なんでしょ」
自身の作った食事に舌鼓を打っていたムッカはそれを中断し、確認するように問う。机の上で同じように鷄の丸焼きをかじっていたテンとビーオも動作を止め、上座に座る貴族の青年を見た。
ダミアンは「明日は朝に屋敷を出るからそのつもりでいるように」と彼らに伝えてから、この家を一人で切り盛りし、かつ霊代に恐れを見せない稀有な老婆に食後のコーヒーを頼む。それから、自身の隣で料理を噛み締めるように楽しんでいる黒髪の青年をちらりと見た。
「……ティハ、君はどうする?」
金色の瞳が目の前の料理からダミアンへと視線を移す。その澄んだ眼差しに、ダミアンは周囲に知られないよう、だが確実に身を固くした。
ダミアンは前々からこの不思議な雰囲気を持つ青年が苦手だった。その精悍な顔と頼りになりそうな風貌から初めはユエの保護者なのかと思っていたが、そう感じたのも束の間、突然突飛な行動をするような世間知らずな一面を見せられ驚くことになった。子供のような天真爛漫なこの男はその一方で、一度何かに興味を示すと驚くほど精緻な思考力を発揮する聡明さも持ち合わせている。
そしてダミアンに対しては、どこか観察するような視線を向けてくることがあるのも事実で。
ドゥルセで「結婚」という言葉を口にしてからは、殊更その傾向が強くなった気もしていた。二人は全く恋人同士に見えないしユエを伴侶にする気が無いものだと思っていたが、実はそうではなかったのかとダミアンは密かに気を揉んでいる。後で争いになるのはできるだけ避けたいのだ。
「オレは、行くべきなのか?……行かなくていいなら、明日は中庭で休んでいる」
中庭で、という言葉が幾らか引っかかったが、ただでさえ苦手な研究所に苦手な相手が付いてくるのは遠慮したい。ダミアンは心の中で諸手をあげて賛成し、ティハに対しては「どうぞお好きに」と満面の笑みを見せた。
*****
貴族街の端、ほとんど庶民の住む街区に近い場所に研究所はあった。
その扱う対象の性質上、表向きはただの王立博物館とされ、霊代に関する研究は地下で行われている。情報の集まる王都でも「霊代は次々人を殺す」といった根拠の無い噂が流布していて、それを信じる人が多いのが原因だった。
霊代の報告・連行を怠れば罰金を課すくらいなのだから、国のどこかに「霊代を集めた研究所がある」と知る人はもちろん知っている。ただそれだけなら恐れを感じないのに、それが実際に自分達の近くにあると分かれば騒ぎ出したくなるのが人間の心理というものだ。それ故、研究所の詳しい場所は関係者以外には伏せられていた。
ダミアンに連れられ、博物館の奥から地下に潜ったユエはきょろきょろと辺りを見回す。
辺りは想像以上に明るく、ここが土の下ということを一切感じさせない。廊下にいくつか灯りが使われているが、それだけではこの明るさを説明できるだけの光源が足りないような気がしてユエは首を傾げた。
光を効率良く反射させるためか壁や天井、床に至るまで真っ白な石が貼られ、辺りはぼんやりと発光しているようにさえ見える。ルーシェン領都のブノワの街も建物が白かったが、あれは塗り壁のつや消しされた輝く白さだ。こちらはとろりとした柔らかな乳白色をしていて目に優しい。
「お金、掛かってるわねえ。これフォマーの晄石よ」
壁に触れたムッカが呆れたようにため息をつく。
「晄石?この白い石のこと?」
「そう。僅かな光でも蓄光して輝く石なの。すごく高価なのよ」
「よく知ってるね。まあ、霊代研究が始まった頃はそれだけ期待されて予算が注ぎ込まれたってことだよ。……今じゃあすっかりお荷物部署扱いだけどね」
肩を竦めたダミアンが、こっちだよ、と先導する。
『記憶の元』が母のムツカだとさらけ出した後、ムッカは自分の知識を吐露するのを躊躇わなくなった。どうやらこれまでは『おたま』の霊代として不自然にならないように料理に関することだけに限定していたようだ。
元々豪商の娘だった母は様々な知識を持っていたらしく、ムッカもユエが思っていた以上に物知りで。言葉を選ぶように考え込む節が無くなり、どこか肩の力が抜けたような彼女の様子にユエは少し嬉しくなる。
「やあ、ダミアンじゃないか!」
「……ブラウリオ。来てたのかい」
突然背後から掛けられた明るい声にユエ達は振り向く。その人物を確認して、それまでも憂鬱そうだったダミアンがさらに低い声音になった。
「そんな嫌そうな顔しなくても、何も取って食いやしないよ。……おや、綺麗なお嬢さん方だ。私はブラウリオ・カルバハル。ダミアンの同僚です。以後、お見知りおきを」
にこにこと上機嫌に笑うブラウリオは貴族の礼を取る。カルバハル、ということは貴族の家柄だと気づいて、ユエは慌てて淑女の礼を取った。
「ユエ・マウロと申します。こちらは私の霊代でムッカ。ダミアン様にお世話になっております」
続くムッカも優雅に礼をして、ブラウリオはほお、と感心したような声を漏らす。その好奇心に光る目に気づいて、ダミアンがユエ達を隠すように前に出た。
「今から報告に行くところなんだ。邪魔しないでくれるかい」
「おや。それは失敬。……しかし、ユエさんは私にも縁のある方のようだよ?」
ブラウリオがいたずらっぽく笑う。ユエとムッカは訳が分からず顔を見合わせ、ダミアンは嫌そうに顔を顰めた。
「何しろ、我がカルバハル領ドゥルセの名士、レジェス・リームルバ殿から『孫娘が王都に行くからよろしく』と手紙が来ていたからね。まあ、こんな霊代研究所でお会いすることになるとは思いもしなかったけれど」
優美な、しかしともすれば軽薄そうに見える顔に微笑みを湛え、ブラウリオはそう口にした。
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