都はうつろえども過去は残る
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拝啓
めっきり冬の気配が濃くなった今日この頃、元気でお過ごしでしょうか。
まだシュトカ村は暖かいでしょうが、冷えは膝痛の大敵です。早目に行火を寝床に用意するようにしてくださいね。師匠は自分のこととなると途端に頓着しなくなる性質ですから、心配しています。
さて、私達はといえば、大きな障害もなく無事王都エミグディアに着くことができました。
都を囲む城壁も、建物も、道も、何もかも立派ですが、ほぼすべてが石で覆われていて、森近くで育った私としては少し息苦しさを感じるほどです。城壁の外を流れる河も非常に太く、対岸がまったく見えないのには驚きを通り越して恐ろしさを覚えてしまいました。
……きっと師匠は、心細いのだろう、と笑っておいでなのでしょう。
もちろん、否定はしません。だって、シュトカ村とは人も、街も、周囲の自然さえも大違いで、まったく別の世界に来たような気がしてしまうのですから。
服も麻だと浮いてしまうとのことで、同行者の提案でひと揃い買い直すはめになってしまったほどです。お金はもちろんかかってしまいましたが、道中、幸運にも母方の祖父と巡り合うことができ、幾ばくか援助していただいたのでまだ懐には余裕があります。
師匠が母方の親類を良く思っていないのは知っています。
ですが、祖父を責めないでください。母は母の都合で家を飛び出した訳ですし、祖父は祖父なりに考えがあって追わなかったのだと思うのです。実際、私がお屋敷にお邪魔した際も心を尽くしてくれ、母の乳母だったという方から思い出話をたくさん聞くこともできました。
祖父と出会えて、本当に良かったと思っています。
そういえば、師匠。領主様とのお取引はどうなっていますか。ヨクーデルをお渡しする目途は立ったでしょうか――……
「ギードさん、お出かけですか?」
「ああ、ちょっと野暮用でね。ユエも出掛けるのかい?」
「はい。手紙を出しに行ってきます」
「そうか。気をつけてな」
封をした手紙を手に、ユエは滞在する屋敷を後にする。
ユエには見知らぬ土地なうえ、これまでの付き合いですっかり逃げる気がないものと判断したダミアンは、ユエが外出するのにいちいち監視をつけなくなっていた。
ダミアンが居を構える屋敷は、ともすれば少し大き目の家、といった控え目な規模の建物でとても貴族が住まう邸とは思えない。実際、ルーシェン領主が王都に来た際に滞在するのは貴族街にある別の屋敷で、ここはダミアンが自由気ままに暮らす家ということだった。
とはいえシュトカ村で育ったユエにしてみれば、ユエはおろかティハやギードにまで客室が与えられる広さがあること自体信じられないことだったが、とりあえず歩くのに萎縮しなくて済む程度に庶民的な区画に屋敷があるのは有難い話だった。
ひゅう、と建物の合間をぬって吹いた冷たい風に、思わずカミラにもらった外套の襟を掻き合わせる。まだ晩秋のはずだが、南出身のユエにとってはすでに経験したことのない寒さが都を包んでいた。
王都に着いてさっそく屋敷の台所の具合を確かめ始めたムッカは自ら進んで留守番ををしているが、新調した可愛らしい前掛けのポケットには相変わらずテンとビーオが入っている。その重みと温もりを感じながら、ユエは手紙を託すべく、市場に集まる行商人達のところへと急いだ。
*****
ギードはひとり、道を歩く。ダミアンの屋敷から歩いて三十分ほど離れたこの場所は、職人の多い堅い気質の区画だ。軒を連ねる店々を懐かしげに眺めながら、革具、彫金、染色屋を通り過ぎた先、鍛冶屋の前でギードは足を止めた。
キイン、キインと繰り返される鏨や槌の澄んだ音が響く中、店番をしていたのは恰幅のいい五十代の女性。店の前で立ち尽くす髭面の男を訝しげに上から下まで見た彼女は、不機嫌そうな声を出した。
「申し訳ないが、剣の打ち直しなら今月は騎士様方の予約でいっぱいでね。他のところを当たってくれないかい」
「いや、剣を打ち直す予定はない」
きっぱりと否定したギードに、さらに女性は顔を顰める。
「じゃあ何の用だい。ここは鍛冶屋だよ……」
得体の知れない客を追い出そうと腰を上げた彼女は、ふと何かに気づいて言葉を失った。まじまじとまるで髭の向こうを見透かそうとするかのように目を凝らす。そして次の瞬間、素っ頓狂な声をあげた。
「まさか……ギードなのかい?!」
あまりの声量に奥で作業していた店の主人が驚いたのか、鍛冶場からドンガラガッシャン、と派手な落下音がする。それに苦笑しながら、ギードは喜びのあまり抱きついてきた鍛冶屋の女将の背中を優しく叩いた。
「ただいま、ブレンダさん。長い間、留守にしてすみませんでした」
「すっかり埃まみれだな……」
鍛冶屋の夫婦が経営する借家のひとつ、二十年近く空き家のままだった家に入り、ギードは肩をすくめる。小ぢんまりとしながらも快適に過ごせるだけの十分な設備が整う人気物件だったはずのこの家は、二十年前入居していた店子のギードが抱えた問題の所為で借り手がつかなくなってしまっていた。
そのおかげ、と言っていいのか分からないが、ギードが飛び出した時のまま、家の中は時が止まっているようで。
ほとんど使われることなくくたびれてしまった大きめの寝台。食器棚に残されたままの揃いのカップ。それまで縁の無かった料理を覚えたいと言われて買った本棚のレシピ集。それらが分厚い埃の下にひっそりと眠っている。
初めての料理、使い慣れない包丁で彼女が傷つけた調理台までもがそのままで、埃をぬぐってそのことに気付いたギードは思わず瞠目する。
「……大丈夫かい?」
いつの間にか背後に立っていたブレンダの心配そうな声に、はっとして顔をあげた。
「……ええ。大丈夫です。僕らの所為で入居者がいなかったんですね。何と謝っていいか……」
「いいんだよ、そんなこと。あの子が死んだのは誰の所為でもないし、噂を信じて寄りつかない連中がへたれなのさ。それよりギード、騎士団を辞めた後、どうしてたんだい」
家賃収入なんて本業に比べれば些細なもんだよと一蹴し、ブレンダはギードの身の上を心配する。王都に常駐する近衛騎士団が贔屓にしている人気鍛冶屋だからこその余裕だが、それでもギードはこうして元店子の心配をしてくれるブレンダの優しさに素直に感謝した。
「今はルーシェン領の南の果て、シュトカ村というところの自警団で働いています」
「シュトカ村?……聞かない名前だねえ」
「ははっ、もちろんそうでしょう。ここ最近できたばかりの小さな村ですし、薬師以外には縁のない場所ですから」
建国六百年を超えるこのアベラルド王国にあって、できて七十年ほどにしかならないシュトカ村はまだまだ若い。王国の隅にある小さな村の名前よりも、北の大山脈の向こう、行き来が困難なことで有名なフォマー帝国の都の名のほうがまだ王都エミグディアでは知られているだろう。
そんなものかねえ、としきりに首を傾げながらブレンダは換気のために窓を開ける。
「それよりあんた、その髭面は似合わないよ。剃った方がいいと思うけど」
そんな歯に衣着せぬブレンダの指摘に苦笑いしていると、さあと秋の風が室内に流れ込む。窓際に残る白い花瓶が、かつて隣に居た女性が気に入って買ったものだということに気づいて、淡い色合いを残す過去にギードはまた想いを馳せるのだった。
新章、開始です。まずはギードさんの過去より。
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