味付けは十人十色
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ムッカは階段を降り、宿屋の一階を見渡す。嵐の所為なのか、はたまたもともと流行っていないのか人の姿はなく、ガタガタと雨戸を風雨が打ち付ける音だけが響いていた。
厨房をのぞくと、少年がひとり途方に暮れた様子で立っている。歳は十二、三歳ほどの、さきほどユエたちにお湯を用意していた子供だ。他の宿であれば夕食を作っていてもおかしくない時間なのに、並べられた食材が転がるだけで鍋は空っぽのままだった。
「なにしてるの」
眉を寄せたムッカが声を掛けると、少年はハッと顔をあげる。慌てたようにじゃがいもを手に取り誤魔化すように皮を剥きはじめた。その手つきは馴れたもので、ムッカもひそめた眉を少し元に戻す。
「な……何か用?」
料理を作っているから相手が出来ない、とでも言いたげに迷惑そうな顔をする少年がちらちらとムッカを見る。
「連れが倒れたのは見てたでしょ。消化に良いものでももらえないかと思って来たんだけど……って、あなた、じゃがいもどれだけ剥くつもりなの!」
そろそろ十個目になるじゃがいもに手を伸ばした少年を見て、ムッカが呆れた声をあげる。見たところ、宿泊客はユエたちだけだ。少年の分を入れたとしても多すぎる。
ぎくりと身を強ばらせた彼は、うろうろと視線をさ迷わせた。何を作ろうとしているのか知らないが、玉ねぎに手を出したり、にんじんを弄んでみたりと一向にその先に進もうとしない。
「……もしかして、じゃがいもを剥く以外に料理ができないの?」
その指摘に少年の鳶色の瞳がムッカをきっと睨む。が、すぐに視線を外し悔しそうに唇を噛んだ。ムッカは両手を腰に当て、ふう、とため息をつく。
「いいわ、手伝ってあげる。ただし、病人がいるから消化に良い食事にするわ。文句は言いっ子なしよ」
腕まくりをしつつ厨房に入る自分より小さな少女を見て、少年は目を丸くした。
「……旦那は、料理が上手いんだ。だから店はいっつも繁盛してて……でも、俺はじゃがいもの皮剥きしかできなくて」
そう言って少年は口を尖らせた。
店主が病気のために「馬のしっぽ」亭は現在休業しているらしい。だが、突然の嵐でアンパロに避難する旅人が続出。宿が足りず、寝床だけでもということで下働きの少年が駆り出された。
骨付きの鶏肉を火にかけながらムッカは首を傾げる。
「料理ができないなら、正直に言えば良かったのに。あたしたちは気にしないわよ」
「馬のしっぽ亭の売りは料理なんだ。そんなこと、言えない」
店主が居ない時点で料理は諦めるだろうからそんなことで怒る客も居ないだろうに、とムッカは思わないでもなかったが、ふうん、と気のない返事をしておいた。
にんにくを包丁の腹でつぶし鍋に追加すると、刻んだ玉ねぎとひよこ豆、味付けに燻製の唐辛子、塩、臭み抜きの薬草を続けて放り込む。パンを焼いている時間も無いので、代わりに少年が剥いた大量のじゃがいもを蒸して添える予定だ。
忙しなく動き回る小柄な少女の一挙手一投足を、少年は不思議なものを見るようにながめていた。
「……お前、どこで料理を習ったんだ?」
「どこって、自分で勉強したのよ」
「教えてくれる人が居ないのに、勉強なんかできるのか?」
「なあに?あなたはいちいち教えてくれる人が居なければ駄目なの?」
沸騰した鍋にいんげんとにんじんを加えながら、ムッカが少年を肩ごしに見る。まだ幼さの残る顔は戸惑ったような表情をしていた。後は煮込むだけなので、火加減を調整して向き直る。
「……旦那は、俺にいつもじゃがいもの皮剥きをさせるんだ」
「そう」
「ああしろ、こうしろって言ってくれれば喜んでするのに、他には何も教えてくれない」
「それで?」
「その、だから……」
うつむいてしまった少年の頭をムッカは見つめる。
きっと馬のしっぽ亭の店主は「技は見て盗め」という類の育て方をしてきたのだろう。じゃがいもの皮剥きは料理の基本だ。与えられた仕事をこなし、その合間に師匠の技術を盗み見て覚える、それを期待してじゃがいもを渡した。
だが真面目な少年は言われたことを素直にやり続けるばかりで、じゃがいもの皮剥き以外に目を向けることが出来なかったらしい。妙に熟練していた皮剥きを見る限り器用さに問題は無いのだろうが、いかんせん集中し過ぎて周囲が見えなくなるきらいがある。
「聞いてみればよかったじゃない。じゃがいもの皮剥き以外にすることはありませんかって」
少年は店主の意図に気づいていない。そして店主も『少年が気づいていない』ことに気づいていないのかもしれない。外から見ているムッカにはそれがよく分かるが、当人達は意外と気づかないものだ。
お互いが『そのこと』を知ればおそらく他の道も見えてくる。
「『教えてくれない』じゃなくて、分からないなら聞けばいいのよ。受身でいるばかりじゃ、動くものも動かないわ」
最後の味見をしながら、ムッカは少年に発破をかけた。
「じゃがいもの皮剥きは、すごく上手だわ。だから、料理もきっと上手くなる。頑張りなさいよ」
驚いたように目を丸くした少年は、少しして照れ笑い。自分も味見して良いかとムッカに問うた。
******
出来上がった料理を抱えて、少女は階段を上がる。古びた床板がぎしぎしと音を立てる中、それ以外にも何か聞こえたような気がしてムッカは首を傾げた。宿の二階にはムッカ達以外に人は居ない。ダミアンが寝込んでいるのに騒ぐような非常識な仲間でもない、と思いながら足を進めるが、部屋に近づく程に人の声らしき音が大きくなった。
いぶかしみながらムッカが部屋の扉を開けると。
「……なにしてるの」
寝込んでいるはずのダミアンが何かを追いかけるように興奮しつつ走り回り、
涙目のユエが椅子に座り込んで顔を覆い、
霊代と知られていないはずのテンが隠す様子もなく人語を発してそれを慰めているという、
どうしようもない混沌が待ち受けていた。
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