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よく効く薬は匙が知る

■この小説は平日更新予定です■


※しばらく、0~20時でそれぞれ時間を変えて更新します。

 それ以降になる場合や、更新が難しい場合は活動報告でお知らせします。

 同じように旅する人々とすれ違いながら、ユエ達の乗った馬車はブノワから王都に繋がる川沿いに延びた街道を進む。道は利用者が一気に増え、所々休憩所や宿屋を備えた村があるので余程のことが無い限り野営しなくて済むようになっていた。


「あ、船を牽いてるわ」


 外を見ていたムッカが声をあげる。

 ユエ達がチェッタから乗ったような大きさの船が、岸の細い道を歩く馬に牽引されて河をのぼっていく。きっと上流でまた物資や人を載せて下ってくるのだろう。


「幅がずいぶん狭くなりましたね」


 様子が分かるほど近づいた対岸に目を向けて、ユエがつぶやく。向こう岸は穀倉地帯が広がり、春に撒いた麦が成長して重そうに穂を足れている。収穫が始まったのかところどころ禿げている部分もあった。それでもまだ橋が無ければ渡れない程度には距離がある。


「ブノワからチェッタに流れる河は支流なんだよ。領境のアンパロあたりで本流に続く河と合流するから、そこからまた川幅が広がるんだ」


 アンパロは次に向かう街だよ、と幾度も行き来しているダミアンから教えられ、ユエはへえ、と頷く。窓に顔を寄せたムッカは対岸で麦を刈る人々を興味深そうにながめていた。



*****



 ブノワを出て三日が経った。御者台で日向ぼっこをしていたティハはふと上を見る。

 それまで透き通るように晴れていた青空にうろこ雲が吹き出し始めている。その足速に流れる雲に呼応するかのように吹いた風が道端の草を大きく揺らした。


「雨が、降るな」


 そう呟いて、ティハは客室のギードに声をかけた。

 



 ごお、と大きな音を立てて突風が吹き抜ける。外套のフードが飛ばないように押さえつつ、ユエは降りしきりる雨の合間から馬車を心配そうに見た。


 数時間前から降り始めた雨で緩んだ土の道は馬車が通るたび轍跡をずぶずぶと深くしていった。そしてとうとう、目的地のアンパロまで後少しというところで車輪がぬかるみに嵌まってしまったのだ。

 嵐の前兆をティハが嗅ぎつけたのはひとつ前の村を出て小一時間ほど経ってからだった。ギードとダミアンが話合い、アンパロまで駆け抜けると決めたものの。見事にトラブルを引き寄せてしまった。


 男性陣が声をかけながら馬車を押したり引いたりしている間、テンを外套にもぐらせたユエと小さな少女の(なり)をしているムッカは大木の下で雨をしのいでいる。とはいえ風も強く、雨は横殴りに近いのでほとんど意味が無い。


「……ユエ、大丈夫?」


 霊代のムッカがユエの体調を案じる。ユエは彼女を安心させるように笑った。


「カミラさんにもらった外套があるから平気よ。外から見ると酷いけど、内側には染みてないから」


 どうしても雨に打たれてしまう顔や手は冷えてしまっているが、身体の芯はそれほど冷めていない。なにより懐に抱いたテンが暖かかった。

 馬車がぬかるみから脱したのはそれから半刻も後のことで、一行は寒さに震えながら残りの行程を消化することになる。




「いやあ、酷い嵐ですね」


 アンパロの関所には閉門寸前になんとか滑り込むことができた。ずぶ濡れのユエ達が旅券を提示すると、兵士が気の毒そうな顔をしてまだ空き部屋のある宿屋を教えてくれる。


「お湯を用意しましょうか?」


 宿で掛けられた言葉に、ユエとギードは一も二も無く頷いた。残る人間(・・)はダミアンひとりだが返事がない。怪訝に思ったユエが彼を見上げると、焦点の定まらない目でぼおっと立ち尽くしている。


「……ダミアンさん?」


「え。あ、ああ。僕は身体を拭くだけにしておくよ」


 ダミアンはへらっと笑った。いつもより締まりの無いその顔はよく見ると赤い。


「熱があるのでは」


 ユエが熱を測ろうと手を伸ばすと、ダミアンは「大丈夫。先に部屋に行くね」と言って歩き出す。が、やはり力が入らないのか階段の手すりに掴まったところで膝をついてしまった。


「大丈夫じゃないですよ!」


 慌ててユエは駆け寄る。ダミアンは昨夜もランプを灯して遅くまで研究に没頭していた。寝不足の状態で雨に打たれ、調子を崩してしまったのだろう。ギードとティハの二人掛かりでダミアンは寝床に担ぎ込まれた。




「嵐、やっぱりきちゃったね」


 白イタチが風の音を気にするかのように窓に頭を向ける。調合の準備をしながらユエは同意するように頷いた。ブノワ以北はこれから秋の嵐が多くなる、そう教えてくれたのはテンだ。


 同じ部屋の寝台には荒い息をつくダミアンが寝かされている。初めに飲ませた解熱薬が効いているのか意識は無く、しかし時折ごほごほと辛そうに咳き込んでいた。

 疲れから来るただの熱なら咳き込むことはないはず、と頭を捻る。確かめるようにダミアンの首に触れると両側がぽってりと腫れていた。小さい頃に喉を痛めるような病気を患っていると成人した後も熱が出る度に苦しむ人がいる。彼もその類のなのだろう、とユエは推測した。


「熱冷ましはあるのですけれど……」


 ユエ自身の体質に合わせて薬を持ってきたので、生憎咳止めに効く薬草が無い。とりあえず疲労回復を優先しようと調合を始めた。匙を手に少しずつ薬包に粉を取り分ける。

 キリムの根があれば、とユエは思った。繰り返す喉の病にはキリムが一番効く。だからこそ昔から重用され続け、乱獲の末ついには見かけることもなくなってしまったのだが。


 またダミアンが苦しげに咳をしている。それを見たユエは眉を寄せた。キリムじゃなくても何か別の咳止めが――……ともう一度考えた、瞬間。


 「……うそっ」


 覚えのある熱を感じて、ユエは目を剥く。胸の奥が熱くなると同時に、手に持っていた薬匙がぶくりと膨らんだ。思わず取り落とした匙が机の上で鈍い音を立てる。


「ユエ?!」


 異変に気付いたテンが慌てて駆け寄り、ユエの膝の上によじ登った。身を屈めた少女の顔をのぞこうと白イタチが「大丈夫?!」と懸命にひょこひょこ頭を動かす。そんな彼らを余所に、机の上からのんきな声がした。


「あのー。キリムの根、ありますけど」


 手にひょろ長い草の根を抱えた子供がひとり。まだ茎も葉もついたままのそれの大きさにふらつきつつ、ユエたちを見上げている。恐る恐る顔をあげたユエに、その『小人』は人懐っこい笑みを浮かべた。


「咳止め、できますよ?」


 どうにか悲鳴を押し込めたユエは両手で口を覆う。しかしその努力も空しく、室内に(かす)れた声が響いた。


「……イタチと小人がしゃべってる」


 寝台にいる赤い顔のダミアンが、ユエたちを見て目を見開いていた。

今日もご覧いただきありがとうございます。

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