貴族かつ研究者は危険
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拝啓
師匠、お元気ですか。シュトカ村を出発して、早半月が経ちました。
私たちは今、領都ブノワにいます。
ブノワと聞いてご心配でしょうが、幸い領主様の館に逗留させてもらっているので街の様子を目にする機会もなく、両親の件を思い出すこともあまりありません。世話をしてくれているエバという女性も良い方で、ほっとしています。
さっそくですが、ひとつお願いがあります。領主様に、ヨクーデルを都合してほしいのです。
領主様は奥様との間に未だお子様を授かっていません。あの薬草は貴重ですが、領主様一人分であれば刈りつくしてしまうことも無いと思います。
……もちろん、分かっています。ヨクーデルが出荷されているという話が広まれば、またあの男達のような輩を呼ぶきっかけになってしまうでしょう。
領主様からは、ヨクーデルを都合してもらえるなら信用の置ける者に秘密裏に運搬させるというお話がありました。
……本来なら平民である私たちに一言命令すれば済むのに、です。領主様は気を遣い過ぎる性格なのかもしれません。びっくりしてしまいました。
ルーシェン領が他領よりも豊かであるのは、彼の一族のおかげというのも考慮せねばならないと私は思うのです。バシリカからシュトカ村への道を引いたのは前領主様の弟君ですし、現在、薬師という存在を保護してくれているのは今の領主であるアルトゥロ様です。
お子様を授かるまで、という期限付きで、何とかならないでしょうか。
師匠の返事が来る頃には、私はきっと旅の空の下にいることでしょう。この件については、領主様の執事である、クレト・イラディエル様宛てでお願いします。
後になってしまいましたが、皆元気でしょうか。
レオは訓練に励んでいますか。マリーはトージさんと仲直りできたでしょうか。カミラさんに頂いた外套も、そろそろ出番になりそうです。ブノワより向こうはこれから秋の嵐が多くなるとのことでしたから。
師匠。
薬の話をこんなにも長い間しないのは、初めてです。色々なことを忘れてしまいそうで怖い。薬研の音が、薬部屋のあの匂いが、恋しい。家に、ラガルティハの森に帰りたい。
――ぽたり、と紙に雫が落ちる。書いたばかりの「帰りたい」という文字がぶわりと滲んだ。
ユエははっとして目元をぬぐう。
バルバを心配させてはいけない。気持ちを立て直すようにかぶりを振ると、涙の落ちた二枚目の紙をくしゃりと丸めそっとごみ箱に忍ばせた。
*****
ダミアンは酒の入ったグラスを片手に、机に散らばるメモをながめていた。
内容はどれもぱっとしない観察記録で、他人が読めば「少女の行動を逐一記録する変態か」と思われるに違いない、ただそれだけのもの。
がしがしと髪を掻きあげる。
何もできない霊代。果たして、本当にそんなものが存在するのか。
齢十六で王都の霊代研究機関に配属されたダミアンは、それからの四年間を保管された資料を片っ端から読み込むことに費やした。もちろん、実績も何もない若造に任せられる霊代など無く時間だけが膨大に余っていたからこそできた芸当だが。
霊代というのは契約者の願いに応える形で何かしらの力を得ているものだ。過去の例をくまなく調べたダミアンは断言できる。
ムッカが自分の力を行使する術を知らないだけなのか。はたまた、隠しているのか。
さらに異常なのが、ムッカが人型を取っているということ。
人型の霊代を生んだ例は過去に三つ。いずれも契約者が三日以内に死亡していることから、人型が寿命を多大に消費することが分かる。
ところが、ユエはもう半月以上も生きている。何かからくりがあるに違いない。
――霊代を生んでしまったとしても、契約者が死なない方法を探す。
それがダミアンの目標。国が掲げる方針と同じだが、霊代研究者の間ではすでに諦観の境地にあるもの。だがここに来て自分は『ユエとムッカ』という最高の例を手に入れることができた。だから、諦めない。
ぐいっとグラスに残った酒を一気に呷って、ダミアンはまた机に齧りついた。
*****
――朝。
朝食のためにユエが部屋を出ると、ふらふらと覚束ない足取りで廊下を歩くダミアンとぶつかりそうになった。
「……ああ、ごめん」
眠そうに目を擦りながら謝り、またよろよろと食堂に向けて歩き出す。しゃっきりしていれば長身痩躯の爽やかな青年なのだが、ぺたりと萎びた金髪に半眼の目、さらに机に伏して寝てしまったのか頬にインクの跡のついた姿はすこし間抜けだ。
呆れたムッカが溜め息をつく。
「また徹夜で研究とやらをしてたの。まったく、休暇になってないわよ」
「……確かにねえ。資料も足りないし、イライラするし、もう王都に出発しようか」
ムッカの指摘にそうごちたダミアンは、名案だというようにうんうんと自分の案に頷く。
「よし、そうと決まれば出発だ!」
徹夜明けで喚いているだけなのか、それとも本当に出発する気なのか、ダミアンの本気度を測り切れずにユエとムッカは顔を見合わせた。一方、エバは貴族の無茶ぶりに慣れっこなのか至って平静で、抱いていた白イタチをムッカに預けると「用意して参ります」と言って立ち去ってしまう。
「え?本当に出発するの?」
「もちろん」
隈のできた顔で晴れやかに笑うと、ダミアンは大きく頷いた。
遅くなりましたm(__)m
しかも短い……。
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