書き綴るは彼の自由
■この小説は平日更新予定です■
※今日からしばらく、0~20時でそれぞれ時間を変えて更新してみます。
それ以降になる場合や、更新が難しい場合は活動報告でお知らせします。
ユエがルーシェン領主の館に世話になって四日が過ぎた。
ダミアンは研究熱心で、休暇中だというのにお茶会と称して毎日五時間もユエやムッカの相手をし続けている。その後は風のような速さで自室に篭もり、夕食に出てくるとき以外は書き物をしているというのだから驚きだ。
少しも里帰りを楽しむ様子を見せないのでさっさと王都に向けて出発しても良いのではないかと思わないでもないが、まさか庶民のユエがそんな提案をする訳にもいかず。
今も、長々と続いた事情聴取にうんざりした顔のムッカに、美味しいお菓子目的で同席していたティハと一緒に客室に戻るところだ。
ユエはふう、と息をついて首を回した。廊下を先導するエバがちらりと気遣わしげな目線を送ってきたので、にこっと笑って「大丈夫だ」とアピールする。すると彼女は苦笑してまた前を向いた。
他の侍女たちは相変わらず姿をすぐに隠してしまうが、エバとは比較的良好な関係を築けていると思う。テンが可愛らしさを前面に押し出して興味を引いてくれたのも大きい。白イタチはもふもふ好きの乙女心を射抜いて、ちゃっかり彼女の腕の中に収まっていた。
ユエたちが一階のホールを抜けようとした時だった。二階からバタン、と大きな音がする。
「レティシア、待ちなさい!ヨクーデルはもう……」
領主のものと思われる声が響くが、扉が閉まってしまったのかすぐに聞こえなくなる。そして間を置かず、ぱたぱたと軽い足音がして身なりの良い女性が階段を駆け下りてきた。
「奥様?!」
エバが目を丸くして、あわててユエたちを廊下に押し込めようとする。
しかし奥様と呼ばれた美しい女性とユエはしっかり視線がかち合ってしまった。女性のアーモンド型の目が一瞬大きく見開かれ、しかしすぐに汚らわしいものを見たとでもいうふうに歪む。そしてさっと顔を逸らすとそのまま庭の方へ駆け去ってしまった。
「レティシア!」
後を追うように階段の踊り場に姿を見せたのはやはり領主のアルトゥロで、階下に居るユエたちを見て罰の悪そうな表情をする。長々と嘆息して部屋に戻ろうと踵を返した彼に声をかけたのは、ムッカだった。
「ねえ、さっきヨクーデルって言ってたわよね。あなた使ってるの?」
ぱっと振り返ったアルトゥロは苦い物を噛み潰したような何とも言えない顔をしている。その様子がバルバの家に精力剤を買いに来たときの村のおじさん達とそっくりで。彼らはバルバとやり取りするときは普通、いやむしろにやにや笑っているのに、ユエが対応すると決まってこの顔をするのだ。
「……それが、どうした」
「あなた以外にヨクーデルを使っている人、若しくは欲しがっている人に心当たりは?」
嫌々だったアルトゥロはそれを聞いた途端、真面目な顔になった。
「シュトカ村から先日出荷されたヨクーデルなら、すべて私が買い取っている。他に手にした者はいないはずだ」
「……そう。ならいいわ」
考え込んだ素振りのムッカを見て「背後はこちらで洗っている。余計な詮索はするな」と領主が低い声で忠告する。怖い顔をする彼を煙たがるように、ムッカはぱっと手を振った。
「分かってるわよ。気になっただけ」
「ヨクーデル?……オレが採ってきた、薬草のことか?」
ティハに囁かれて、ユエはそっと頷く。村に押し入った男達の目的がヨクーデルだったというのは、ユエも目覚めてからバルバに教えられていた。群生地を知るのはバルバを含む極一握りの村人だけで、最近は個体数を守るために採集を控えていた薬草だ。
ティハが採ったものはすべて領主が買い取ったようだが、噂を聞いたどこかの大金持ちが欲を出して男達を雇ったのだろうというのが自警団の見解で、なぜユエを殺そうとしたのかという点は斬った本人が死亡しているので結局分からず仕舞いだった。
「ん?あのヨクーデルを採集したのは君なのか。……ということは、君がヨクーデルの在り処を知っているという薬師なんだな!」
急に目の色を変えたアルトゥロがホールに下りてくる。がっとティハの肩を掴むと、がくがくと揺さぶった。
「あの草が貴重な品だというのは重々承知している。だが、私にはどうしても必要なのだ。……頼む、少しでいいから都合してくれないか!」
必死の形相で迫られ、ティハはたじたじになっている。ユエやエバも領主のご乱心に目を丸くして、ムッカは少々呆れた様子だった。
「恥を承知でお頼みいたします。……主はレティシア様との間にお子を授かりたいだけなのです」
いつの間に側に控えていたのか、執事のクレトがティハに向かって頭を下げる。
アルトゥロの年齢は三十代半ばを越えたところ。男としてはまだまだ盛りのはずだが、先ほど見かけた若妻レティシアとの関係に悩みがあるらしい。後継ぎができないというのは、血を重んじる貴族にとってかなり深刻な問題なのだろう。
困ったティハがユエを見る。あの森の隅々まで熟知している彼がヨクーデルの在り処を教えることは容易いが、人間の薬師としてのティハはシュトカ村にとって部外者に過ぎない。
『大トカゲ捕獲命令』は失策だったものの、基本的には評判の良い民に慕われた領主様だ。霊代を得たユエを恐れることなく自分の館に招き、ムッカが失礼な態度を取っても怒らず流してくれる。
ルーシェン領民であるユエとしては、彼が憂いなく執務に集中できれば良い、とも思う。となれば、バルバの弟子である自分が繋ぎをつけるしかなかった。
「……私の師匠であれば、領主様の願いを叶えられるかもしれません。その、恐らく、ですが」
バルバは頑固だ。ユエが紹介したとしても「はいそうですか」と首を縦に振るとは限らない。その点をしっかり説明した上で、ユエは手紙をしたためてもよい、と伝えた。
アルトゥロがほっとした表情を浮かべ、クレトが再度深ぶかとお辞儀する。
「ご協力に、感謝いたします。お手紙に必要な品はこちらで揃えましょう。早速ですが、お願いできますか?」
「はい。構いません」
ユエはこくりと頷いた。
*****
机に向かって手紙を書くユエの後ろ姿を見ながら、エバはベッドを整える。
霊代の少女はソファに座って静かに読書をし、ペットの白イタチはクッションの上で伸びていた。
その可愛らしい姿にくすりと笑いが漏れる。最初に感じていた恐れはもう自分でも分からないほど薄くなっていて、今は普通にユエと接することができるようになった。ムッカもただの勝気な少女としか思えない。
正直、他の『霊代』という存在はまだ怖いが、彼女たちは別だ。
ユエはエバのあかぎれだらけの手を見て良い香りのする軟膏を調合してくれたし、ムッカは自分の考えた料理のレシピを嬉しそうに話してくれる。そんなふうに四日間世話をしていて、根拠は無いが、彼女たちが自分に危害を加えることはないだろうという漠然とした安心感が芽生えていた。
それに。最初の朝、ユエが見せた表情。
窓際に立った彼女は、涙がこぼれていないのが不思議なほど悲痛な顔をしていた。戻れない故郷を想っていたのだろうその横顔は、エバの心を動かすには充分で。
時折、考え込むような仕草をしながらユエは手紙を書き続けている。
領主から頼まれたのは、ヨクーデルの調達。でも、手紙に書く内容はユエの自由だ。元気ですか、でもいい。会いたい、でもいい。
彼女の手紙が書き上がったら、信頼の置ける人に手紙を託そう。エバはそう決めた。
今日もご覧いただきありがとうございます。
ブクマに感謝感謝です。




