紙切れが招く事象
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「ですから!盗賊たちがシュトカ村に侵入したのは事実でして……」
「霊代が生まれたのはシュトカ村だろう。なぜ、バシリカから役人がわざわざ付いてきているのだ?そこの自警団の者に護送を任せてしまえば良かったのではないのか」
「私たちは……その、大トカゲの捕獲のために向かったところ、鉢合わせたのです。シュトカ村に領から派遣された役人はおりません。自警団はあくまで自衛のために村が組織したものなので、公共組織の末端である私たちが見張りに付いた次第で」
「ほお?では、その盗賊たちは余程腕の立つ者達だったのだろうな。ここ四十年、自力で重大犯罪を阻止してきたシュトカ村自警団を退けたというのだから。……そういうことだな?ギード・アルバ」
ユエは聞こえてくる鋭い応酬に驚いて足を止めた。
広間の奥、下座に控えた役人は逼迫した雰囲気で、額に脂汗を浮かべている。それを見ている上座の領主様は半ば失笑気味だ。
「自警団はそこまで無能ではありません。我が団長はルーシェン領主が発行した委任状を持った男達を無下にできず、一時的に村に入れることを決めました。ですが、少なからず怪しいところがあったので、確認のため最後に押印していたバシリカに向けて早馬も出しています。村人を守りきれなかったのは、……霊代を生むような状況を作り出してしまったのは我々の失態ですが、あの書状が無ければそもそも彼らを村に入れようとはしなかったでしょう」
上座に近い位置にいる貴族が落ち着いた声で答える。しかし、発言した内容に違和感を感じてユエは首を傾げた。
「……我々?」
よくよく観察して初めて、それがギードだということに気づく。
ユエのように用意されたものを着用したのか、貴族が着るようなフロックコートにぴたりと脚に沿ったトラウザース、革ブーツと見慣れない姿をしている。
実務重視の自警団の制服かゆるい麻の普段着しか見たことがないので少しくらい違和感があってもいいと思うのだが、なぜかすっと背筋を伸ばしたその長身にひどく似合う格好だった。
ユエなど履き慣れないヒールの靴に四苦八苦しているというのに、髭面の彼が妙にこなれた着こなしに見えるのが実に解せない。ギードさんずるい、とユエは場の緊張感も忘れて思わず頬を膨らませた。
「そ、その委任状も、結局見つかっておりません!……その男達が持っていたものは偽造した書状で、自警団の団長が見間違えたんじゃないのか?」
前半は領主に向けて訴え、後半はギードに向けて役人は言い募る。ギードは疑いの目を向ける彼を見ることすらせずに、静かに反論した。
「我が自警団には、前ルーシェン領主の弟君が遣わされた書状が数多く残されております。団長職に就く者は鑑定眼を鍛えるためにその『本物』を常日頃から目にするよう義務付けられ、実際、過去には偽造書類で侵入を試みた輩を捕らえたこともあるのです。……今回の犯人の死体は、霊代の攻撃で腹部を酷く損傷していました。その時に書状を遺失した可能性も否めません」
「だからといって、その書状にバシリカが関係あるとは限らないだろう!」
もはや悲鳴に近い喚き声をあげる役人。ユエの斜め前に居たダミアンが見苦しいとばかりに眉を顰めた。
「その書状って、これのことかしら?」
つかつかと靴を鳴らし、突然ムッカがにらみ合うふたりの間に進み出た。
小さなその手には可愛らしい格好に全くそぐわない、部分的に赤黒く変色した気味の悪い紙切れがある。血の染み込んだその書類は、見た者がすぐ特別な書状だと分かるほど、遠目に見ても華美な装飾が施されていた。
ぴくり、と眉を跳ね上げた領主が、即座に執事のクレトに目配せする。クレトは軽く頭を下げ御意を示すと、ムッカに近づき書類を改めた。
「……確かに。アルトゥロ様が遣わされた、大トカゲ捕獲の命令書にございます」
本物だ、と判断する声に、バシリカの役人がひゅっと息を飲む。
ユエはおろおろとムッカと『命令書』を見比べるばかりで声が出せなかった。彼女がそんな物を持っているとは知らなかったし、ましてや話を聞いたことも無かったのだ。
そんな中、ギードだけはやっぱりな、という風に小さくため息をついていた。
「……それを、どこで?」
答えは聞かなくても分かっているが一応問うておく、と雰囲気で伝えながらも、領主のアルトゥロが口を開く。
「ユエ……あたしの契約主を傷つけた男達が持っていたものよ」
「契約主。……ということは、お前は霊代か。人型は初めて見たが、随分態度が大きいのだな」
「霊代は人間じゃないわ。だから身分も気にしない。あなたに謙る必要を感じないってだけよ」
ユエは「もうやめて」と顔を覆いたくなった。領主の機嫌を損ねて旅の資金を貰えないのは、非常に、非常にいただけない。旅券だって発行してもらわないとならないのだ。
戦々恐々とするユエを他所に、ムッカとアルトゥロのやり取りは続く。
「まあ、いいだろう。……お前の契約主、ユエ・カファロ、だったか。カファロを傷つけた男というのは、シュトカ村に侵入した男達の一人という意味でいいんだな?」
「ええ。もちろん。襲われたのは、村のさらに奥、ラガルティハの森の中よ。自警団の彼に聞けば、『あたしが殺した男』と『委任状を持って村に侵入した男』が同一人物だってことはすぐに分かると思うけど」
アルトゥロが確認するようにギードに目を向ければ、彼は頷きで肯定してみせる。
「で、あれば……バシリカが意図的にその男達に委任状を渡したか、もしくは奪われたということになるな。……何か言いたいことはあるか?」
アルトゥロの視線を受けた役人はひっと小さな悲鳴を上げて床に頭を擦りつける。
「も、申し訳ございません!領主様から頂いた書状については、その、紛失したと報告がございまして……」
領主の書状を紛失したあげく、悪用された。しかもそれが霊代を生むきっかけになり、領が手痛い出費を被ることになったとなれば、どう考えても処罰は免れない。
がたがたと震えている役人の様子がどうにも居たたまれなくて、ユエは自分の胃まで痛くなりそうな気がした。バシリカの失態によってユエが死にかけたのは事実だが、実はあのとき生まれた霊代はひとつも無いのだ。辺境の村人ひとりが死ぬのと、霊代が生まれるのとでは処罰は異なるのだろうかと思わず考えてしまう。
「まあ、失くしたとか、奪われたとか、そんなことはどうでもいいの。……あたしは、あなたがどういうつもりで『大トカゲの捕獲』なんて馬鹿げた命令を出したのか聞きたかっただけだから」
ムッカがふん、とあごを逸らす。
ユエはざあっと青褪めた。許されるなら今すぐ飛びついてその口を塞いでしまいたい。
「それをわざわざ私が説明する必要があるのか?」
「説明できないような仕様もない理由なら、とっとと撤回してくれる?……『居なければ鳥でいい』って書いてたところを見ると、こっちが適当に切り上げると思ってるんでしょうけど、平民にとって領主の命令は『見つかるまで森を探せ』ってことと同義なの。あの未開の森を、『絶対に居ません』と言い切れるまで探すことの大変さが、あなたに分かる?本当に欲しいなら、お金を援助して捜索隊を組むなり、居ない場合の落とし所を細かく設定するぐらいしてよね」
怒涛のように文句を言ったムッカに、アルトゥロが軽く目を見開く。
見た目は幼いがしかし、その内容は命令を受け取った平民からすれば「よく言ってくれた!」と思うような的を得たもので、バシリカの役人ですらあっけに取られたように彼女を見ている。その視線に気づくと、ムッカは嫌そうに顔を歪めた。
「どっちにしろ、シュトカ村の人が捜索に協力させられるのは目に見えてるわ。この命令を維持するつもりなら、薬草の生産量が落ちて税収も下がるくらいは覚悟して」
そう言って血濡れた委任状をクレトに押し付けると、ムッカは足を踏み鳴らしながらユエの側に戻ってくる。ユエは涙目で、かつ小声で彼女を叱った。そんな二人を、ダミアンは面白そうに見ている。
「……アルトゥロ様。ムッカ様のおっしゃることも、一理あるのではないでしょうか。一度この命令を取り下げ、試算いたしましょう」
委任状を持ったクレトがアルトゥロの耳に囁く。
この何かにつけ鋭利な執事はすでに頭の中で計算機をはじいているに違いない。その上で赤字になると分かっているから、取り下げを要求しているのだ。
どす黒く染まった紙を一瞥して、アルトゥロは深く溜め息をついた。
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