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金にトカゲは感謝する

 レオはなんとも言えない表情でティハをながめる。

 金なんて生きていくためにあれば勝手に消えていくもので、特に気にして使ったことなどない。それにティハが手にしている金額はお小遣い程度の額とは言えないし、悔しいが、若干十六歳であるレオはそんな大金を手にした経験も無かった。


「金の使い方って…また難しい話してんな」


 笑いを含んだ声がして、レオが道に目をやると買い物袋を抱えたトージが面白そうな顔をして立っていた。


「トージ兄!…怪我はもう大丈夫なのか?」


「ああ。おかげ様でな。それに、オレにはルイみたいに付きっきりで看病してくださる女の子達がいるわけじゃないから、出てくるしかなかったんだよ」


 そろそろ食品庫も底を尽きはじめたんでな、とおどけたようにトージが肩をすくめる。

 レオと一回り年齢の違うトージは荷運びを専門としていて、自警団の皆とも仲が良い。シュトカ村でいう荷運びとは村と街をつなぐ街道を行き来する者を指している。護衛も兼ねているので自警団の訓練に参加することも多く、彼の強さは村の中でも折り紙つきだった。


 母親から喧嘩相手のルイは全治二週間と聞いていたが、鍛えられているトージは早くも動けるようになったらしい。顔にはまだ大きなガーゼが貼られ、腕も服の袖からちらりと包帯が見えるような状態だが、足取りは確かだった。


「そちらさんは、村で噂の男前ってことでいいのか?ユエの親戚っていう」


 トージがあごでしゃくってティハを指し示す。レオは頷いた。


「そうだよ。ティハっていうんだ」


「ティハ・リームルバといいます。よろしくお願いします」


 また律儀にも堅い敬語に戻ったティハが握手をしようと手を差し出す。それを見てトージは軽快に笑った。


「そんなお堅くならなくてもいいぞ。こういうときは、これくらいでいいんだ。…『オレはトージだ。よろしくな』」


 ぽん、と気安げにトージはティハの肩を叩く。ティハは少し目を見張ったが、すぐに嬉しそうに笑うとトージを真似た。


オレ(・・)はティハだ。よろしくな」


 ティハは見た目は凄みのある美形なのに、笑うと相好が崩れて幼くなる。こうしてみると、確かにユエと似た顔なのだとレオは実感した。


「…でだ。何?金の使い道の話をしてんのか?」


「ああ。バルバに言われて、金を稼いだんだが、ユエに受け取ってもらえなくてな。好きなことに使えと言われたものの、思いつかなくて困っている」


「ははっ。バルバ婆のおせっかいも堅物のユエにかかっちゃ形無しだな」


「おせっかい?なあ、トージ兄、どういうことだ?」


「…いや、お前は気にすんな。しっかし、オレなら高い酒とか買っちまいそうだがなあ。ティハは好きなものとかないのかよ?」


 よいせ、と石垣に買い物袋を置いて、レオの隣にトージが座る。


「好きなもの…『料理』だな」


ティハのつぶやきに、レオは「だろうな」と心の中で突っ込みを入れた。


「料理?なんだ、作るのが好きってことか?」


「いや、作るのは無理だ。食べるのは好きだが」


 至極真面目にティハが答える。トージはぷっと吹き出した。


「なんだ、食べるの専門かよ。じゃあ、話は早い。いくらでも好きなもん食い尽くせるじゃないか。後は…そうだな。その金で料理好きの喜びそうな家建てて、他の(・・)飯作りの上手い女とっ捕まえればいい」


 それができるだけのもんがそこに入ってんだろ、といたずらっぽい目でトージがパンパンに膨れたティハの鞄を指差す。飯作りの上手い女、と聞いてレオはぎくりと身を固め、一方ティハは驚いたように目を丸くすると急にぶつぶつと唸りだす。


「…そうか…。その手があった。…家を建てればいいのか!」


 レオは目を剥いた。もしかしてこの村に家を建てて料理の上手い(・・・・・・)ユエをそこに招くつもりなのか。三年前までは料理のいろはも知らなかったユエだが、最近はカミラも驚くほどの腕前になっているのだ。


「お、お、おい!この村にはそう簡単に家は建てられないぞ!」


 シュトカ村は十年ほど前までは移住者を受け入れていた。しかし、ここ最近は他領にまで名が知れてしまい、希望者が後を立たないので制限を設けている。

 もちろんレオとしてはそんなものが無くてもティハの移住に反対だが。


「いや、問題ない。この村に建てるつもりではないからな」


 じゃあどこに建てるんだ!と言い返しそうになったが、そこまで自分に聞く権利はないのでぎりぎりと歯を食いしばって我慢する。


 ユエはティハに全く興味がないみたいだし、薬師の修行を途中で放り出すような性格でもない。鼻息荒くティハはやる気を出しているが、もし他の街に家を建ててユエを迎えるつもりでも頑固な彼女はそう簡単に首を縦に振らないだろう。

 その間にユエに振り向いてもらえるよう頑張ればいい。よし、大丈夫だ。顔も体も金もティハには劣るが、ユエを想う気持ちは誰にも負けない。

 レオはともすれば顔を出しそうになる敗北感を押し込めて、健気に自分を励ました。


「ありがとう、トージ。これで金が使えそうだ」


 ティハは輝くような笑顔でトージに礼を言うと、いそいそと帰っていった。すっかり夕日が眩しい時間で、家々から夕食を作る良い匂いが漂っている。どうせ腹でも空いたのだろう。

 レオがたそがれていると、トージがその様子を見て申し訳なさそうな顔をした。


「…なあ。もしかして、ユエって料理上手いのか?」


 レオは声も無くこくりと頷く。


「…そっか。すまんかった。ちょっと他の女に目を向けてもらうつもりだったんだけどな…」


 あまりユエと接点のないトージは彼女が料理が得意だなんてもちろん知らなかったのだろう。なにかにつけ間の悪い男と評判のトージだし、悪気が無いのは分かっている。

 それでも、レオはしばらくうなだれたまま立ち直れなかった。



*****



「ただいま戻りました」


 ユエはいつものようにバルバの家に寄る。薬自体は昨日あらかた挽いているので、今日は調合を手伝う予定だ。


「ああ、おかえり。じゃあ早速やろうかね」


 バルバの指示に従って、乳鉢に薬匙で量った粉を入れていく。薬匙はバルバが普段から使っているものを借りていて、ユエは丸い匙にすくった粉をヘラ状の匙で丁寧にすり切って乳鉢に入れるという行為を繰り返す。


「…そろそろ、ユエも薬匙を揃えなきゃあならないね」


 作業を見守っていたバルバがふとつぶやいた。ユエは顔をあげる。


「そういえば、鍛冶屋のマリーと色々あって、薬匙を一本作ってもらうことになりました」


「一本?薬匙はふつう揃いで作るものだよ。それに、腐食に耐えるものじゃなきゃあならないから、使うのも特殊な合金で結構な値段になる。ユエ、お前マリーに一本と言ったのかい?」


 マリーの財布事情を考えて提案したことだったのに、なんと逆に高価なおねだりになっていたらしい。そう言えば、一本と口に出した覚えもない。気付いたユエが青くなると、バルバが渋い顔をした。


「…言わなかったんだね。だとすると、きっと揃いで作ってくるよ」


「そう…なのですか…。弟さんが作るから、としか…」


 バルバが溜め息をついた。


「弟ってのは、鍛冶屋の後継ぎのことかい?薬匙は、薬の量をきっちり量る重要なものだからね。適当な仕事で作ったものじゃあ、場合によって人の命にかかわることになる。…だから、この村で薬匙と言えば、鍛冶師の腕が試される品になるんだよ」


 マリーが弟の腕試し、と言っていたのはこういう意味だったのかと今更ながらユエは気付いた。

 薬匙はそう頻繁に売れないのか、ユエが包丁の砥ぎ直しで鍛冶屋を訪れたときも店頭に並んでいなかった。そのために、これまで値段を知る機会がなかったのだ。大きさから勝手に判断して安いものだろうと踏んだ自分の浅はかさに唇を噛む。実際は受注してから作る、高価な品だったということだ。


「…マリーに言って、別のものに変えてもらいます。ちょっとしたお礼、という約束なので」


 落ち込んでいるユエの様子を見て、バルバがふん、と考え込む。


「…そうだね。まあでも、薬匙ってのは修行中の鍛冶師にとって必須の課題だ。ふつう未熟者が作ったものを買う客は少ないし、もしかしたら是非と言われるかもしれない」


 ユエは眉を下げる。マリーは弟の腕は確かだと言っていたし、それを使うのももちろん構わない。でも、高額なものをお礼として受けとるのは非常に心苦しい。だったらユエがお金を補填すればいい話なのだが、本を買ったばかりで少し財布の中身が心許なかった。

 悩むユエをちらと横目で見て、バルバが天井を仰いだ。


「…まあ、そんときは私が金を出してやろう。もともと、師匠が弟子に薬匙を贈るものだからね」


 ユエは驚いて顔をあげる。バルバは「まったく、自分から薬匙を頼んできちまった弟子なんて初めてだよ」と苦笑していた。それでも、その目元はどこか優しげだ。


「…すみません。…ありがとうございます。嬉しいです」


 恥ずかしさから少し赤くなった頬をユエは押さえる。バルバはそんなユエを見て笑った。


「まあ、そろそろ買おうと思っていたからね、丁度よかったよ。…さあ、調合を進めるよ。次は…」


 何でもないような事のようにバルバは流してしまったが、ユエはその心遣いに感謝した。きっと、マリーとユエの関係に余計な傷をつけまいとしてくれたのだろう。バルバは口調がきついので誤解されやすいが、本当に周りを良く見ている人なのだ。

 そうして、夕方ティハが帰ってくる時間になるまで、ユエの調合の修行は続いた。



*****



 今日は本当に良いことを聞いた。

 ティハは足取りも軽く帰り道を歩いていた。


 ユエの兄弟子であるルイが復帰すれば森に帰る、そうティハはユエと約束していた。

 足腰の弱くなったバルバは自分で通える客しか受けていない。その方針ゆえ、通常であればユエが配達に時間を取られることはないという。そういう訳で、ルイが怪我から復帰すればまた森に通えるようになる。


 そしてその後はユエが今まで通りの頻度で森に通い、森に行けない日はティハが家に食べにくる。そういうことになったのだ。毎日でも家に通いたいとはもちろん言ったのだが、さすがに誰かにばれそうだとユエが渋った。ティハも残念には思ったものの、毎日料理を食べられることに変わりはない、と一旦は了承した。


 しかしユエの家で温かい料理を口にするうち、「森に行けない日」という約束をしたことをだんだん後悔するようになっていた。


 やっぱり、作り立ての料理はおいしい。それに、あの小ぢんまりした家の中で、わいわいと話しながら食べる雰囲気が好きだ。だんだんと日が経つに連れその思いは膨らんで、でも約束した以上ひっくり返すわけにもいかなくて、ティハは夜毎悩んでいたのだ。

 そこに、トージが良い案を出してくれた。


 そう、森に(・・)家を作ればいい。ティハは歓喜した。

 テーブルと三脚の椅子、料理を作るための炉端と台所、そしてユエが疲れたときに休憩できる寝室がひとつ。それさえあれば、毎日温かい料理を皆で食べたいというティハの願いが叶う。


 明日から早速準備に取り掛かろう。いつも通りお菓子をくれる女性たちに珍しく愛想をふりまきながら、ティハは『森の我が家計画』に思考をめぐらせていた。

やっぱり哀れな役になるレオさん。

どうしてこうなってしまうのか…


明日はお休みするかもしれません。

決まり次第活動報告にあげます。

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