偉人たちは皆、世界と戦ったのだ
俺は結局終業式を向かえるまで登校が許されなかった。しかし、あの動画で学校内でのいじめが公になってしまい、学校側はその対応に苦労したらしい。いじめを止めた生徒が自宅謹慎でいじめをしていた生徒はおとがめなし。そんなことは今の世間は許してはくれないことは誰も目にも明白であった。マスコミにかき回されないために俺を自宅謹慎は解除され、俺は自分が受けたテストや成績表をとりにいくはめにはなったが、終業式という無駄な行事を過ごさなかったことは不幸中の幸いだ。その日は冬休みの初め頃の日で12月30日の出来事であった。三学期からは普通登校が許された俺はうれしいようなそうでもないような気分で学校を後にし、自宅に戻って行った。そして、午後からは波野の家でモテない会議を開く予定になっている。ネットで俺を殺したメンバーたちを糾弾しなければならなかった。モテない世界代表(自称)として。
私服に着替えた俺は自転車に乗り、波野の家に向かって移動を開始した。真冬なのでちょっとの風で異常な冷たさを感じる。
線路の向こう側にある波野の家まで自転車で約十五分。そして、三階建ての一軒家に俺が到着すると、他のメンバーの自転車が置いてあった。
全員到着しているということだ。
久しぶりに彼らにあうきっかけがモテない組の会議というのもまたモテない。しかし、それでいいのだ。それが俺の生き方なのだから。
インターフォンを鳴らすと『入ってこい』という波野の声が返ってきたので俺はドアを開けると、相変わらず家の中が非常に広く。正面には波野の部屋に通じる階段が設置してある。俺はそれを登り始めた。
久しぶりに波野の家にきたので少し違和感を覚えている。そして、広い波野の部屋のドアを開けた。
『この俺が来たぞ!』
すると、急にパーンという大きな音が鳴り響き、俺は驚いてしまった。
『誕生日おめでとう!』
モテない正規メンバーたち全員がクラッカーを鳴らしたのであった。
「びっくりしたぜ。何この俺を驚かせてるんだよ!」
「久しぶりのご帰還ですからね」
比島が笑みで答えた。
「確かに。何せ、家に缶詰状態だったからな。究極の問題児です」
俺はいやらしい笑みを作った。
「学校もネットも炎上だよ。すべてお前の仕業だ。悪い人間だ」
大久保に言われた。しかし、言葉の中には嫌味は入っていない。むしろ、楽しんでいる。
「しかし、今日は誰の誕生日だっけ?」
俺は素朴な疑問を皆にぶつけると、全員絶句してしまった。
「おい、どうした? 何黙っている」
俺は皆の反応の意味を理解できなかった。すると、波野が口を開いた。
「お前の誕生日に決まってるだろ。自分の生まれた日をまた忘れたな!」
そうなのだ。俺は自分の誕生日をよく忘れるのだ。なぜなら、どうでもいいからだ。おめでたい日はもちろん、祝日などの日にちなど一切覚えられない。そして、覚える気がないのだ。その日がどのようなことがあったにしても、俺には関係ないからだ。例え、それが俺の誕生日であってもどうだっていいことだ。
「だから、波野。お前に俺の誕生日を覚えさせておいたんだろ。こんなこともあろうかとおもってな」
「何、偉そうに言ってんだよ! お前が覚えてろよ。自分の誕生日くらい」
「そういうの。どうでもいいんだよね。その日を祝おうと祝わないとで何か変化があるわけじゃないし。たいしたことではないのだよ」
「どこまでもモテない男だ。これじゃあ、長岡が大人になって彼女ができても、彼女の誕生日とか絶対忘れてけんかして別れるパターンだな」
「そうだな」
「必然だ」
メンバー全員が波野の意見に賛同している。
「安心しろ、俺は恋愛しないし、できないからそういう日は来ないよ。ははは」
しかし、全員からの冷たい視線が飛んでいる。これもまた、必然なのだろう。
その後、メンバーから用意されたお菓子などを食べながら、俺がいなかった後での学校の出来事を聞くことにした。
「お前が謹慎中は大変だったぜ。最初は長岡っていう変態が女子トイレで女子を襲ったっていう話で学校中話題になってさ。英雄じゃなくてただの変態。そこまず重要ね」
波野が調子に乗りながら話している。
「何が重要だ。俺は変態じゃない。変人だ!」
「どっちでもいいさ。まあ、それで最初は学校に変態がいたで大騒ぎでいじめについてはなかったことになってたわけ。おかげでお前とつるんでる俺はクラスメイトから事情聴取受けるしさ。大変だったんだ!」
「俺も大変だった。普段話しかけてこない人から質問攻めは辛かった。同じ中学校出身という理由でね」
大久保からも苦情が出た。
「俺たちはもっと酷かったですよ。そうですよね田辺さん」
「ああ、辛かった」
「おい、どいつもこいつもこの俺を責めやがって! 今日はこの俺の誕生日だぞ! 察しろこのやろう!」
「何が誕生日だ。さっきまで忘れてたくせに!」
波野からの突込みが正論過ぎたので俺は反撃できなかった。
「生沼、助けてよ。皆がこの俺をいじめるんだよ」
俺は悪口を言わない生沼にわざとらしい助けを求めた。
「長岡、安心しろ。三次元での苦しみは二次元世界で癒せるから」
生沼に助けを求めた俺が大馬鹿だった。
「この俺をダークサイドに引き込む気だな!」
「神聖なる二次元世界をダークサイド呼ばわりすんじゃない!」
「真の変態はお前だろーが!」
そんな会話が続き、学校の話に戻った。
「それで、お前は変態扱いされてたんだけど、動画をアップしただろう。あれで俺の学校に苦情が殺到してさ。職員室では電話が鳴りっぱなしだったらしいぜ。それで教師たちはやむなくいじめ調査をしたわけよ。すると、案の定いじめが発覚して例の三人の女子たちはすぐに停学になったわけ。だから、終業式にはいなかった」
「それはいいことだな」
「それで加藤さんへのいじめはなくなったけど、例の三人と仲のいい男子女子たちはお前の悪口でいっぱいだった」
この話は田辺がしてくれた。
「それがあいつらのクオリティだろ。人間性の問題だな」
「そういえば、あのいじめの主犯格の高木優子と付き合ってるって噂の二年生の飯島正志先輩がお前をぼころうとしてるって噂があるぞ」
田辺からの情報であった。
「面倒くさいな。そういう不良青春ごっこは他の高校でやってほしいものだ」
俺は怖がってはいない。確かに戦闘能力はここの全メンバーに劣るだろう。しかし、その時になってみなければ、どうなるかなど分からないものだ。
「結構マジで切れてるって話だぜ!」
「あんな女と付き合う男だ。ろくなやつじゃないな。特にリア充は」
「しかし、ネットのリア充世界の連中はうざったいぜ!」
田辺が嫉妬を抱きながら怒りを露わにしている。
「あいつら、どこまでも俺たちを否定するからな。しかし、いずれ苦しみが待っている。波野のように。ふふふ」
「俺をネタに使うな!」
波野はチョコレートを口に含みながら言った。
「そういえば、俺リア充世界のサイト見たことないんだよな」
その言葉に波野や大久保、田辺が噛み付いた。
「何で見てないんだよ?」
「モテない世界代表のくせに敵の情報を知らないだと!」
「お前はどこまでモテないんだ」
「たいしたことはないだろう。なあ、生沼?」
俺は無理やり話を生沼に振った。
「長岡の言うとおりだ。三次元のリア充など気にする必要はない。俺に言わせれば、三次元の女を好きになる男なんて皆B専だよ」
「何だ? B専って」
「ブス専、つまり、不細工好きってことだよ」
「なるほどね。完璧な左右対称の美少女アニメキャラ好きのお前らしい発言だ。ってことは波野はB専だったということか?」
「うるせい。話を摩り替えるな」
「っち、ばれたか」
すると、波野がノートパソコンを起動させ、インターネットにつないでくれた。
「見せてやるよ。リア充世界の嫌味サイトを」
「嫌味サイト?」
俺は最初意味が分からなかった。二次元や売れないアイドルにしか興味のない生沼と比島はおかしを食べ続け、残りのメンバーは画面に顔を向けた。
そして、『リア充世界』のサイトに俺たちはアクセスした。
『ようこそ、リア充世界へ。俺たちは世界を愛で満たすためにこのサイトを作りました。偽りの愛は金で買えますが、本当の愛はお金じゃない。俺たちはすべての人に幸せになってほしいためにこのサイトを作りました。やはり、人は恋愛で救われると信じています。そのため、最近の言葉で『リア充』というリアルに充実した人の話を集めています。独身や離婚、不倫、孤独死は悲しいものです。しかし、もう一度、本当の幸せを思い出してほしいのです。そのため、誹謗中傷はご遠慮ください』
愛で世界を救えるか。ある意味正しいが、その考えが大勢のモテない人間を生み出し、苦しめていることを理解していない。
「この俺に代われ!」
操作権を波野から奪った。
「では、嫌味の閲覧でもしましょうか」
俺は敵の正体が知りたくて、うずうずしていた。
俺たちのサイトと構造が似ており、いろいろな欄が用意されている。俺はその中から『青春』というアイコンをクリックした。すると、大勢の青春物語が語られており、俺はその中から三十代前半の男性の投稿文を閲覧した。
『初めまして。私は二児の父親で家族四人くらしです。妻とは幼馴染で幼稚園から高校までずっと同じ学校に通っていました。家も近所で小学校から仲が良く、いじめに遭った私を助けてくれたり、いっしょに遊んだりしていました。中学では同じ弓道部に所属し、仲良くしていたのですが、クラスや部活内では私たちがあまりにも仲が良かったので、付き合っているという噂が流れ、そういう空気になってしまったので、本当に付き合うことにしました。最初は仲のいい兄妹のような関係だったので違和感がありましたが、年齢が高くなり次第に女性として意識するようになり、中学を卒業するまでには完全に本当の恋人になっていました。受験勉強もいっしょにやったりしながら、無事合格し、同じ高校に入学しました。入学してより友達も増え、彼女といっしょに他の男女たちとつるむようになり、最高の高校生活を送りました。私たちが付き合っていることは互いの両親には隠していましたが、うすうす気がついていたらしく、互いの両親も非常に仲が良かったので、事実上の公認になりました。そして、高校二年生の夏休みの花火大会の日に結ばれました。その日のことは一生忘れません。高校卒業後も私は就職し、妻はバイトをしながら同棲生活を始め、現在に至ります。この話をすると、周りからうらやましがられるので、信じてもらえないこともあります。出来過ぎた話ですが事実です。今も妻とはラブラブでたまに二人だけでデートに出かけることもあります。浮気もしたことがありませんし、しようとも思いません。なので、浮気する男性の気持ちが理解できません。自分にあった女性と幼い時から出会えたことは神様に感謝しています。他の人たちも私たちみたいに幸せになってほしいです』
文を読み終わると、俺の周囲から数々の悲鳴が聞こえてきた。
「ちきしょー なんてうらやましいんだ!」
「気に入らないな」
「俺もそういう女性と出会いてぇ」
それに対し、この俺は彼らに説教した。
「お前たち、何を言っているんだ。モテない組のプライドはどうした。リア充などに嫉妬してどうするんだ。俺たちは俺たちにしか作れない幸せがあるはずだ。幸せな結婚だけが人生のすべてではないはずだ!」
しかし、俺の心の訴えは誰にも届いてはいなかった。
「うるせい。去勢された男は黙ってろ」
「幼馴染ってとこがうらやましい。悔しいぜ」
この状況を見た俺は愕然とした。モテない組は恋愛を否定する組織だ。青春を捨てた人間たちの集まりだと思っていたが、恋愛に未練が残っているとは思っても見なかった。
「俺も幼馴染の彼女いるぜ」
生沼の二次元発言に田辺、波野、大久保の三人は同時に声を上げた。
「二次元といっしょにするんじゃねー」
「はい・・・・・」
生沼は黙ってしまった。
「まあ、いい。次を見よう」
俺は他の投稿者の欄をクリックしたが、どれもリア充の自慢話だったので三人は機嫌を損ねていた。
「なるほどね。これが嫌味サイトの実体か」
そして、俺はリア充世界の管理者である、リア充仮面とリア充戦士の二人についての欄を閲覧し始めた。すると、俺たちと同じようにリア充組織を作っているようで、正規メンバーとして、二人の他に『リア充剣士』『リア充推奨家』などなど他多数の嫌味な連中が存在するらしい。しかし、俺の感知することではない。
そして、俺はネットでのライバルとなってしまったリア充仮面のリア充経歴を閲覧し始めた。
『私ことリア充仮面のリア充経歴を簡単に説明します。私は小学校時代にいじめを受けていました。昔から体が大きく、老け顔だったのでそれをクラスメイトに馬鹿にされ、友達が最初いませんでした。その時が私の沈滞期です』
「へぇ、結構苦労しているんだな」
『しかし、クラスが変わると人間関係も大きく変わりました。今のリア充戦士と知り合ったのもその時です。彼とはその後の親友関係を築き続け、今では腐れ縁と言い合っています。その頃から私の人生は大きく変わりました。まず、友人ができたことやいじめが完全になくなったことで私は数々の行事に参加するようになりました。最初は町内会でのドッジボールやソフトボールに参加しました。すると、自分は割りと運動神経がいいことに築きました。ソフトボールはまったくの初心者だったのですが、いきなりホームランを打ったときは驚きました』
「結局自慢かよ。リア充は運動神経いいやつが多いもんな!」
田辺が文句と言っている。
「人はそれぞれだよ。運動神経が悪いから人生は終わりじゃないさ」
俺はそうして田辺をなだめたが、本人の怒りは収まってはいない。
『その後は陸上クラブに所属し、そこで今でも仲のいい女子生徒と出会いました。もちろん、親友であり、恋人ではありません。ツンデレなあいつはしょっちゅう私やリア充戦士を蹴り飛ばして、ちょっかいを出され出し合っています』
「うっぜー、このツンデレ女、絶対気があるってことだぜ」
「いらいらしてきた」
「このアニメ的展開は何だ。捏造じゃないか?」
例の三人は不満と嫉妬でいっぱいだ。しかし、俺にはそういうわだかまりがまったくない。むしろ、俺の知らない世界を見ているような感覚に陥っている。俺にはなかったもの。三人にもなかったこと。それを彼は知っている。持っている。これが絶対的差なのかもしれない。それは上下の差ではなく、違いの差である。
『そして、小学校六年生の時に初めて彼女が出来ました。まさに初恋です。その時から俺の青春は始まったのかもしれません』
「青春の馬鹿やろう!」
「恋愛などくそくらいた!」
「リア充爆殺しろ!」
三人からはリア充に対する嫉妬を超えた殺意を感じる。しかし、それでも俺にはそういった曲々しい感情は沸き起こらない。俺は本当に恋愛に興味がないのだと実感させられる。もし、俺が普通のモテない学生であったならば、三人と同じ感情を抱いたのだろうか? 少なくとも、モテない組は作らなかったかもしれない・・・・・・・それはないか。
『中学時代も陸上部に入り、彼女はバトミントン部に入りました。リア充戦士はその時バトミントン部に入っていたので彼からバトミントンを教わり、彼女と二人でバトミントンで遊び、デートを重ねました。家に互いの家でゲームをしたり、とにかくいちゃいちゃしていました。あの時は本当に楽しかった。部活も、勉強も、友人関係も学校行事もすべてがうまくいっていた。まさに青春の絶頂期の始まりです』
「絶頂期ではなく、その最中ということは今もその青春の絶頂期ということか」
俺が自分なりの解釈をすると、残りの三人から殺意を更に超えた怨念のようなオーラを俺は感じ取り、俺はパソコン画面に戻った。
『運動会では彼女とリア充戦士、ツンデレ女の四人で同じ場所に椅子を固めて競技をいっしょに見たり、俺と彼女が二人してリレーのアンカーになって白熱したり、とにかくいいことづくしでした。しかし、それが長くは続きませんでした。彼女の父親の仕事で彼女が転校することになったのです。その話を聞いたときはショックでした。遠距離恋愛できる距離ではなかったためです。二人でいる時間が少なくなり、次第に悩むようになりましたが、別れることにしたのです。それは本当に辛いことでしたが、一番いい選択だったと思います。そして、中学時代の陸上大会に彼女や他の親友たちが見に着たり、彼女のバトミントンの試合を皆で見に行くようになり、残りの時間を二人だけではなく、皆で分かち合いました。そして、彼女が引っ越すことになり、最後ということで、公園でデートをして、そこで最初で最後のファーストキスをしました。一生忘れられません。そして、彼女は遠くへ行ってしまいました。けれど、今でも仲のいい友人として、携帯のメールのやり取りは頻繁に行っています』
「友人も恋人も部活もすべてうまくいっているか。まさに俺とか鏡を写したように相反する存在だな。これが青春ってやつなのかもな」
冷静さを失っている三人のこの話をしても、何の反応も返ってこなかったので俺はそのままリア充仮面の人生の足跡をたどっていくことにした。
『彼女がいなくなり、部活にも身が入らなくなった時期がありましたが、友人たちに救われ、中学を卒業しました。勉強はほとんどしなかったのですが、偏差値五十五くらいの高校に皆で受かることができました。そこでは、リア充戦士に勧められ、陸上部からバトミントン部に入部しました。そして、私は高校で新しい出会いがありました。リア充剣士やリア充推奨家との出会いは私に更なる人間関係の幅を広げることができました。そして、部活では新しい恋をすることになりました。最初の彼女のことが忘れられず、悩んでいましたが、完全に吹っ切ることができました。元カノとはまた違う魅力を持つ彼女とはとにかく趣味が合い、好きな音楽やスポーツの話などとにかく会話が途絶えることがないのです。昼休みはいっしょに同じ曲を同じイアフォンで聞きあっています』
「リア充仮面死ね!」
「ああ、世の中不条理すぎだし」
「自分の人生が悲しくなってきた」
三人の精神はもはや限界にきていた。
「目を覚ませ! そんなことではリア充たちの思う壺だぞ。こっちの世界に戻って来い!」
しかし、三人は錯乱状態であり、どうしようもなかったので、俺は諦めパソコン画面に戻った。
『そんな時、俺はバトミントンの大会で優勝しました。そして、リア充戦士とのタッグでも優勝しました。地区大会まででしたが、とてもうれしかったです。来年もがんばろうと思います。しかし、それが気に入らなかったのか、先輩たちに屋上で呼び出され、暴力沙汰になりました。先輩たちの嫉妬が原因です。一年生で優勝でしたから、仕方がなかったのかもしれません。しかし、昔から体が大きかったことと私と同じくらいのガタイであるリア充戦士の二人で先輩たちと戦いました。そして、そのけんかに勝利し、時間はかかりましたが、先輩たちを和解しました。その後もなぜか、因縁をつける同級生が現れてはけんかになり、勝利してきました。その後、私は考えました。私にけんかを仕掛けてきた人はどこか不満を持ち、幸せではなさそうな感じがしたのです。では、どうすれば人は幸せになるか? 私はそこで一つの結論を見つけました。それが『恋愛』です。恋愛をしているときが一番楽しく、うれしく、そして幸せです。夫婦関係も恋愛の継続ができれば離婚はしません。だから、私たちは恋愛を全国民に推奨することにしました。最近では草食系男子と呼ばれる男性が増えています。しかし、恋愛の充実こそが究極的な喜びだと考えています。これは人の本能だと思います。恋をして人は成長し、思い出を作る。それがさらに成長させ、価値観を広げる。それが恋愛の力です。私はすべての人間にリア充になってほしいのです。恋愛で傷つくこともあります。私も身をもって体験しました。しかし、恋愛で出来た苦しみから解放する方法もまた恋愛だと私は考えています。最高の相手を見つけることは難しく、恥ずかしく、辛いかもしれません。けれど、それを助けてくれるのは友人です。恋人と友人。彼らの存在は絶対です。これがリア充になりうる絶対的要素だと私は思います。皆さん。リア充投稿を載せてください。そして、その喜びを大勢の人に感じてもらい、人生を豊かにするための行動力にしてほしいのです』
これがリア充仮面の真意ということか。俺が恋愛という価値観からの縛りを解き放ち、苦しみから救済する後ろ向きな考え方。そして、恋愛をすることから生まれる喜びで人を救済しようとする前向きな考え方のリア充仮面。まさに同じ目的を持ちながら、交わることのない考え方。
リア充仮面の言いたいことにも確かに一理ある。それは事実だ。恋愛は、人間は本来持つ本能。それを最大限に利用し、幸福を得る。
一方の俺は恋愛という本能を捨て去り、苦しみを捨て去ることでの幸福感。どちらも長所もあり短所もある。何が正しくて何が間違っているという価値観では図る事はできない次元にいる。
全人類をリア充にしたい彼の考えを俺は理解することができた。例の三人はもうパソコンを見てはいなかった。お菓子を食べながら、リア充たちへの不満を言い合っている。
俺はリア充仮面に対する見方が変わっていたが、やはりこの恋愛主義を受け入れることができなかった。その第一の理由は他でもない俺自身の存在だ。俺は恋愛できない。異性に興味がどうしても持てない。幸福感も感じない俺にできることは後ろ向きな充足方法しかないのだ。
パソコンを閲覧していると、想像はしていたが『モテない組について』と記載されている場所を発見した。俺はその場所をクリックする義務を感じ、ボタンを押した。
『私たちは恋愛主義を掲げてきましたが、最近反恋愛主義を掲げた組織、モテない組を知りました。恋愛では人は救われないと語る干物男と名乗る人が管理者のようです。アドレスを以下に示します。そのサイトについて熱く語りましょう。』
俺たちのモテない組サイトのURLが載っている。そして、その下にはリア充とリア充にあこがれる人間たちのエゴがずらりと載っていた。
『何だか、悲しくなりました』
『こいつらマジキモ』
『あそこまで来ると、救いたくなるな。合コンでもセッティングしてやるよ?』
『あの干物男。きっと、ホ○なんじゃなねーの?』
『え、ここホモスレ』
『痛すぎ。モテない人間の傷の舐めあいサイトでマジ引くわ』
『少子化の原因となる根源のようなサイト』
『モテない巣窟発見!』
どいつもこいつも勝手なことを言っている。リア充の成り損ない共が!
俺はモテない世界代表(自称)としてこのサイトに投稿する義務と権利があると判断し、投稿欄に文字を打ち込み始めた。幸い、この『モテない組について』という場所の最終投稿文は十二月二十九日になっている。つまり、誰かが必ず見ているということだ。
『こんにちは。リア充そして、リア充にあこがれる成り損ないの皆さん。モテない組世界代表の干物男です。このサイトの存在は前々から知っていましたが、アクセスするのは今日が初めてです。今、このサイトの真意を知り、大変驚いていますが共感はできません。まず、一つだけ言っておきたいことはこのサイトを荒すつもりはないということです。ただの干物男、単体としてアクセスしたまでですので、この投稿はモテない組の総意ではないことを承諾ください。では、前振りを終わりにし、本題に入りましょう。リア充仮面さんの経歴や他の方々のリア充伝説を閲覧させてもらいました。俺たちが送ることがなかったことや今後も送ることがないであろう生き方が載っており大変参考になりました。これで、俺は今後もモテない組を続ける意思を持つことができ、感謝しています。俺はこれからも恋愛を否定して生きていく決意をさせていただきました。確かに、あなた方の生き方は間違ってはいません。その生き方を否定するつもりもありませんし、否定する理由もありません。恋愛で人を救済し幸せにしたいという考えもまた正しい。しかし、その正しさが時に人を傷つけることをリア充仮面たちに知ってほしいのです。はっきり言ってあなた方のリア充投稿文はモテない人間にとって嫌味以外の何物でもないのです。あなたたちは人を救うために恋愛や青春の良さをこのように投稿していることは分かります。そのことについて否定することはできません。しかし、その投稿文を見てうらやましいと思う人間以上に嫉妬を抱き、自分の学校生活を悔い、傷ついていることを自覚しているでしょうか? きっと、腹が立ち、気分を悪くする人がたくさんいると俺は思います。当然のことです。あなた方の投稿文は言い換えれば『ただの自慢』だからです。俺はこのように嫉妬してしまい、傷つく人たちを救うためにモテない組を作りました。正論は必ずしも人を救いはしません。あなた方の一番の欠点は恋愛や青春を推奨するだけで他に何もしないことです。ただの自慢で終わっているのです。恋愛や青春の良さだけをアピールしても人は必ずしもリア充にはなれません。それはその環境、つまり人間関係で人生の半分が決まってしまうからです。リア充仮面なら俺の言いたいことは分かるはずです。環境で人生の選択しが限られてしまう。リア充になれない人間が現れるのは今の社会では必然であり、それに苦しむこともまた必然なのです。俺たちはこれからも恋愛主義者たちであるリア充のエゴと戦います。それが俺のしなければならないことだからです。では、今度のバレンタインデーを楽しみましょう。互いの違う方法で』
そして、俺はパソコンから離れ、モテないメンバーたちとの誕生日回を続行した。




