お前は変わらないな
目が覚める。
一日の始まりは大抵目が覚めて始まる。
人生の始まりは、目なんて開けないのに。
人生の終わりには、目を開くこともできなかったのに。
「おはよう」
俺は空に向かって挨拶する。
「俺は、寝れないからずっと目を開けていたんだ。二度とおはようと俺に向かって言うなよ」
朝は大体慶の機嫌が悪くなっている。
「俺、本当ならもう二五歳とかだぜ?普通に会社とかで働いている年齢だ」
まあ、勉強の得意でなかった俺のことを雇ってくれる会社がどこにあるのかはわからないけれども。
「それに、目なんてあるのかよ?」
慶は、まったく成長していない。らしい。
「あるよ、何度も言わせないでくれ。俺には、俺の体が見えているんだ。今だって、普通にチンポ丸出しだ」
俺はどこを見ればいいのかわからないけれども、チンポ丸出しなのは嫌だな、と思ったのでとりあえずベッドから離れた。
「おい、またあの女の子と遊びに行くのか?」
慶の声が聞こえてくる。
「ああ、そうだよ。ミラベルな」
俺はキョロキョロと自分の周りを見回す。
「なんでキョロキョロしてるんだよ」
「それは、お前が見えないかなって一応見回してるんだよ」
俺がそう答えると「そうか」と慶が返してきた。
俺はそのまま階段を下った。
今日は、母はいない。俺は机の上にそのまま置かれている朝食に手をつける。
「おい、そのパンさっきハエが乗ってたぞ」
「食事中!!」
構ってほしいのか、慶はずっとそんなことばかりだ。
せっかく慶応義塾大学の「慶」の字を名前としてもらっているんだから、その名に恥じない言動を心がけてもらいたいと思う。
「あのさ、慶は今どこにいるの?本当に、この世界に来てるわけ?」
「俺もな、そこがよくわかんないんだよ。でも、いつもお前を見下ろしている感じ」
「馬鹿にしてるってこと?」
と俺が言うと慶は「そっちじゃねえよ」とツッコんできたが、実体がないのでどうも虚しく感じてくる。
いつもと同じ朝食を急いで口に入れる。
もう、一一歳になったのだ。
量も少ないけど、それはもう我慢するしかない。
昼間に、虫とか鳥とかを捕まえて夜料理してもらうしかない。
まあでも、案外楽しくはあるけれども。
「あのさ、いっつも同じ飯で飽きねえのか?」
「飽きないよ。前世でも、朝は毎日卵かけご飯だったもん」
この世界じゃ、卵なんて高級品で買えないけれども。
ただまあ、鶏さえどっかで買ってこれればいいんだけどな。
「あっそ」
慶こそ、色々と我慢することばかりなのだろう。
実体無くこの世界に産み落とされ、俺の周りをさまようことしか出来ていないのだから。
「あのさ、外に出てミラベルがいつこっちに来そうか確認できたりしないの?」
俺はパンをかじりながら慶に聞いてみた。
「無理。何回も言うけど、壁とかすり抜けらんないもん。というか、自分でもどこにいて何をしてるかわからないって言ったじゃん。この、どうやって喋ってるのかもわかんねえんだよ」
まあ、ちょくちょく聞いている話だけれども。
俺は一応手を合わせて「ごちそうさまでした」と言ったあと、外にある井戸から水を汲んで、食器を軽く水で流す。
ほんと、魔法でも使えたら便利なんだけどな。
不便なものだ。
そして、ついでにというか、歯ブラシなんてものはないので、井戸水で何回も口をゆすぐ。
彼女に不快な思いをさせるわけにはいかないからな。
そして、俺は木でできたバケツに張った水面に自分の顔面を写す。
「そんなところ誰も見てねえよ」
「誰もっていうか、一人しかいないし、こういうのだって気を使わなきゃだろ?もう、一一歳だし」
もう小学六年生になるのだ。ほんと、不思議な気分だ。
この頃は、まあ授業で寝て、放課後とか夜中にずっと遊んで。
そんな生活が懐かしい。
まあ、今は今でいいとは思うのだけれども。
鏡に写った俺の顔は、まだ眠たそうだった。
まずは顔を洗う。
そして、髪の毛を濡らして、自分の思うように成形することはできないので、とりあえずとりあえず濡らした髪の毛を手で抑える。
これでとりあえず寝癖は直る。
そしたら、俺は家に戻る。
家にいてもやることがないけれども、ミラベルが迎えに来たときにとりあえず家から出て扉を開けて彼女を出迎えたいのだ。
ただ、俺だって精神年齢はもう二〇代半ばなので、家にいて楽しいことなどない。
とりあえず、ほうきで家の中を掃除したりして時間を潰す。
「あのさ、指スマやろうよ」
慶も俺も、最近は退屈の限界だ。
「無理だろ。しりとりでもしてようぜ」
俺も、一旦ほうきを置いて、ミラベルが来るのを待つことにした。
俺はその場に座り込み、どこにいるかもわからない慶としりとりを始めた。
そして、どれくらい経っただろうか。
「来たよ!」
ミラベルの声だ。
俺と慶も、しりとりに辟易していた頃だったので丁度良い。
俺は膝に手をついて立ち上がり、そして玄関に向かって走り出した。
扉を開ける。
「おはよう!遊ぼう!」
彼女は、小さい頃から変わらないな〜、と会う度に感じる。
髪の毛は肩甲骨辺りまで伸び、少し大人びたことで元々整っていた目鼻がより存在感を出している、というか、かなりかわいいと形容するよりも「綺麗だ」と言った方が似合う見た目に成長していた。
「そうだね」
俺はそういって外に出る。
そして、そのまま扉を閉めるけど、慶はこの瞬間にはすでに家の外に出ている、ということなのだろうか?
まあいいか。
扉がしっかりと閉まり切る手応えを感じた。これで大丈夫だ。まあ、そもそもこんな辺鄙な場所に来る泥棒なんてものはいないと言っても過言ではない。
「おいかけっこしようよ」
まあ、俺は小五の時におにごっこをしていたか、と言われれば答えはノーなのだが、ここにはそれ以外の遊びがないのだ。
ボールも、我が家にもミラベルの家にもない。
「でも、また俺が勝っちゃうよ?」
さすがにこの年になれば、体力や筋力の差というのも顕著なものになってきた。といっても、彼女より少し速いくらいだが。
精神だけ無駄に成長している俺には、やはりこんな幼女には負けられない、というプライドがあるのだ。
「いや、今度は絶対に負けないよ!じゃあ、ロビンくんが逃げるね側」
それだと、俺がかなり有利なように感じるのだが。
「えっとね、逃げる場所はこのロビンくんの家から向こう側全部!」
彼女は屈託のない笑顔で、腕で大きな円を表現している。
向こう側全部というと、あの俺の身長くらい草丈のある草原を抜けると、森が広がっており、その向こうには俺達の知らない世界が広がっているのだ。
まあ、子供っぽい誇張表現の一つだ。特に気にすることでもない。
「いいよ」
と俺が言うとすぐに、彼女は俺の方に向かって走ってきたので、俺も急いで逃げる。
「ちょっと、それはズルでしょ?」
俺は全力で走りながら彼女に言う。
「ちょっと、待ってよ」
あ〜〜〜、正直、めちゃくちゃ楽しい!!
俺は彼女に追われる楽しみを全身で感じながら、走る。
「あ〜あ、またそんないちゃついちゃってさ」
慶も、俺が反論してこないのを前提に、そんなことを吐き捨てているんだろう。
俺は先程彼女が指定していた範囲を一応守るために、家とは反対の方向に向かって走った。
時折振り返ると、彼女がつばが飛び散るのも気にせずに俺のことを追いかけてきているのがわかる。
草原は、やはり草丈がかなり高い。定期的に刈ったりしているのだが、流石にそれだけではどうにも出来ない広さなのだ。
いくら時間を持て余しているとしても、これには敵わない。
「待って!!ハア、ハア、」
俺もかなり疲れてきたが、でも、一秒でも長くこうやって走っていたかったのだ。
「痛い!!」
突然、彼女が声をあげる。
俺は足を止める。そしてその場から「どうしたの?」と彼女に声をかけた。
「ちょっと来て」
彼女も俺と同じようにその場に止まり、なにやら下を見ている。
痛い、と言っていた。もしかすると、怪我をしてしまったのか?
俺は、心配になったので、息を整えながら彼女に近づいてく。
「え?どうしたの?」
と俺が完全に油断したところで、彼女が俺の腕をしっかりと掴んで「捕まえた」と言った。
「俺も捕まえられたいな〜」
少し黙っていてくれ。
「それはずるいよ」
と言ってみる。彼女は「今度は私が逃げる番だから」と言ってさっそく走り出していったのだ。今度は、彼女は俺の家の方に向かっている。
「ホントさ、お前らって変わらないよね」
別にいいじゃんか。ていうか、俺達もそうだよ。
俺は草をジョリジョリと踏みしめて、今度は俺は彼女のその華奢な背中を追う番らしい。
まあ、誰に決められなくとも追うつもりだけどね。
また見てね




