平民の一面
情報屋の酒場を出ると、姫様は「失敗してしまいました。不用意な発言は禁物ですね、アディ」と言って笑った。姫様も同じことをお考えだったのだ。
ピーデは、少し考えてから「ガレーナの酒場か……」とつぶやいた。
「ご存じなのですか? その……ガレーナ、の酒場とやらを」
「平民街の外れにあるとか……何か知ってるか、ギーレン」
「俺も知らねえな。聞き込みしながら行くしかねえだろ」
ピーデが歩き出そうとすると、「俺はここでフケるぜ」とギーレンが言った。
「傭兵仕事でな、これからカーリルン公領に行ってくる」
「カーリルン公領?」
「ああ。無能な女公爵を追い出すんだと。というわけでちょっくら稼いでくるわ」
そういえば、何年か前に女性が公爵位を継いだという話を聞いた覚えがある。そうか、無能だったのか。同じ女として、少し残念な気分になった。
ともかく、ピーデの先導でガレーナの酒場を目指すことになった。昼間から、酒場から酒場、さらに酒場。酒浸りの駄目人間のような行動である。夜明け前に起床して、姫様を起こして、つきっきりで姫様の世話をして、日没後に姫様を寝かしつけるまで、ずっと働きづめの私には縁のない場所だ。
飲み屋街を抜けて平民街に入った。
やはり、姫様や私に向けられる遠慮のない視線が不快だ。だが、酒場ほどなめ回すような感じはしない。
何が違うのかと観察してみると、平民街の人々はもの珍しそうに眺めはするが、そのうち自分がやるべき仕事に戻るのだ。彼らは、裕福ではないだけで、やるべき仕事を持って活動している。
「ここは平民街だからマシだがな……」とピーデは言う。
「マシ、とは?」
「帝都の外れには貧民街がある。あそこはクソの寄せ集めだ。女は、パン一切れのために体を売る。男どもは、平民街からかっぱらってきた酒をくらって、目に付いた女をさらって犯す。それがヤツらの日常だ」
「そ……れは……」
「平民は平民で、『貧民街の連中とは違う』と見下して差別して生きてる。自分はまだ上等な人間だと思ってる。貴族様が平民見下すのと同じよ。人は自分より下のものを作って見下す生きモンなんだろうぜ」
平民もまた、見下している……。
前回の旅で知った平民の、さらに違う一面を見せつけられた。
ふと横を見ると、姫様とフェーンも浮かない顔でうつむいている。ピーデの話を聞いていたのだろう。
私たちは、世間知らずだった。
ピーデは、街行く平民たちに声をかけてガレーナの酒場の場所を聞いている。彼は目付きが悪くて言葉も態度も悪い。平民同士といっても、別に気さくなわけではない。だが、自然に情報を引き出している。
彼がいなかったら、ガレーナの酒場にたどり着けただろうか。私たちは、あのように平民たちにものを尋ねることができるだろうか。
私は、いまだにピーデに心を許すことができなかった。彼が時折見せる、姫様に向ける視線が気になって仕方がない。姫様を守るためには、ピーデに警戒する必要がある。
だが、間違いなく、今の私たちにとってピーデは必要だった。
私は、まだ彼に対する感情を整理できていない。
カーリルン公領では現在、統一戦争の真っ最中。
詳しくは、『愚者たちの輪舞』(https://ncode.syosetu.com/n1332ko/)の第二章にて。




