酒場から酒場へ
帝都に入った四人は、身の振り方を決める必要に思い至った。
一つは、キルエルト伯の家臣たちを頼る方法。フェーンの父ディランエルは、帝都に詰めてキルエルト伯の釈放を帝国に求める運動を続けている。彼らに接触すれば詳しい情報を得ることができる。
「ただし、キルエルト伯領に即刻連れ戻される可能性があります」
フェーンの表情は深刻だ。父ならどうするか、嫡男の彼には分かりきっていた。そして、キルエルト伯領としてはそれが正しいということも。
リリーメルに余計なことをされて帝国の心証を悪化させることは避けたいはずだ。
もう一つは、キルエルト伯の家臣との接触を避ける方法である。情報は得られないが、連れ戻される恐れもない。
フェーンに選択肢を提示されたリリーメルは、眉間に深い皺を刻んで考え込んだ。考え込むほどに、唇が突き出ていく。左右の眉が上下にずれてきた。
その顔を見たフェーンが激しく吹き出し、アディに後頭部を張り飛ばされる。
ピーデは、さっさと決めろという顔で、腕を組んで目をつぶった。
フェーンとアディは、リリーメルが口を開くのをひたすら待った。
「う~ん」と唸っていたリリーメルは、静かに三人を見渡した。
「まずは家臣たちに接触せずに動きましょう。接触するのはその後でも間に合います」
「姫様のご決断に従いますが、時間は有限だという点にはご留意ください」
「どういう意味ですか」
「何もできぬうちに、伯爵の処分が決せられる恐れがあります」
「そう、そうですね。大事なことを忘れていました」
「とはいえ、何をどうすればよいのか……」
アディが、人さし指の第一関節を軽く噛んでうつむいた。帝国を相手に、キルエルト伯家としての公式の経路を使わずにどう動くべきか。
リリーメルもフェーンも、押し黙ってしまった。しょせん、田舎貴族の子弟に過ぎないということを思い知らされる。
「そもそも嬢ちゃんたちは何をしに来たんだ。言える範囲だけでいいから言ってみろ。何が何だかさっぱり分からねえ」
ピーデに、フェーンが代表して説明した。リリーメルは口をパクパクさせるだけで、こういうときは役に立たない。
「呪いねえ……。お貴族様の考えることは分からねえな。短剣で心臓を一突きした方が簡単で確実だろうに」
「それができたら苦労はしません」
「でもな、呪いって効くのか? 効かねえことやってもしょうがねえだろ」
「それは……」
「呪いが効くと考える御仁もいるのだろう」
言葉に詰まったリリーメルをフェーンが代弁した。相変わらずピーデは興味がなさそうに尻をかいている。
「呪いが多少は話題になってるなら、何か情報があるかもな」
ピーデは、初めて一同の先頭を歩き始めた。
「付いてこい。噂話なら拾えるかもしれん。運が良ければな」
「どこへ?」
「噂が集まるところさ。お貴族様の世界の公式の情報は後でも手に入るだろう。だが、その情報だけじゃ解決してないんだろう?」
ピーデは、困惑する三人を従えて平民街へと入っていった。
◆
平民街の一角にある、猥雑な感じがする酒場に一同はいた。明らかに場違いな三人を、他の客たちは容赦なく眺めている。女二人には、下卑た視線と笑いが突き刺さる。
遠慮のない視線に体をなめ回されるような感じがして、アディは顔をしかめた。
ピーデが目付きの悪い顔で辺りを見回すと、先客たちの視線にやや遠慮の色が加わった。三人に特に因縁を付けてくる者がいなかったのも、ピーデのツレであったからだろう。ピーデと客たちの雰囲気から、フェーンは「こういう酒場のしきたり」を学んだ。
ピーデは、店主の目の前の席に座って酒を注文してから、「面白い話はねえか」と話しかけた。
「帝都じゃ毎日のように面白いことが起こる。田舎モンには分からねえだろうがな」
「宮殿がらみならどうだ。呪いとかさ」
「ああ、呪い事件か。今どき呪いってもな。誰も信じねえよ。胡乱な話だしな」
「詳しく知りてえんだが」
「宮殿の奥の話だからな。ここに来るド平民どもにとっては雲の上の話よ。お前だって興味ねえだろ」
「まあな」と言いながら、ピーデは小銀貨を店主の方に滑らせた。店主は、小銀貨を懐に収めながら、べこべこに凹んだ錫製の杯を棚にしまった。
「この店じゃ限界がある。詳しいヤツに教えてもらえ。それが小銀貨一枚分の情報だ」
そう言って、店主は店の隅に居る男を指差した。
「ああ? あの野郎、ギーレンか?」
「何だ、知ってるのか」
「昔一緒に仕事をしたことがあるだけだ。なぜヤツが詳しいんだ」
「ヤツは情報屋の伝手がある。しかし、そこに行くにはヤツを通すしかねえって話だ」
「ギーレンがそんな大層なヤツだとは思わなかったが」
「ヤツはただの傭兵よ。大物でもねえ。単に情報屋を知ってるってだけだ。だが、その情報屋はすご腕だって聞いてる」
ピーデは、リリーメルたちに「行くぞ」と言って、ギーレンに近づいた。
「よう、ピーディント。いつ戻った?」
「ギーレン、お前情報屋知ってるんだって?」
「誰から聞いた」
「ここの店主だ」
「ふん。後ろのガキどもは何だ」
「俺の雇い主だ」
「ふん。とうとうガキに雇われるほど落ちぶれたか」
「全くだ。こんなシケた店で飲んでるヤツほどじゃねえがな」
ピーデは黙って小銀貨を台に置いた。
「案内賃か」
「そうだ」
「まあいいだろう。付いてこい」
ギーレンは平民街に佇む小さな酒場に一同をいざなった。
「また酒場?」
リリーメルが不安げに眉をひそめる。
「店の中を見ても、汚えとか口走るなよ。話が進まなくなる」
ギーレンはそう言うと、店に入った。
「オヤジ、邪魔するぜ」
「挨拶なんざいい。いいから座れ。ここは酒場だ。酒を注文しろ」
「蒸留酒を二つと、ぶどう酒を三つだ」
「で?」
店主に問われてピーデが答えた。
「宮殿の呪い事件について知りたい」
「ああ、あれか。まずは無料情報を特別に教えてやる」
そう言って、情報屋なのか酒場の店主なのか分からない男は、事件の概要を話し始めた。




