恋をしました
世界観の設定は「名もなき帝国の物語設定」(https://ncode.syosetu.com/n2140ma/)をご参照ください。登場人物の一覧もご用意しております。
ただし、こんな設定などなくても読めるように書いておりますので、無視していただいて全く問題ありません。
「脳みそ空っぽにして読める珍道中」を目指します。
既に完結までの原稿は書き上がっているので、「エタりなし」は保証します。
「アディ! 私、運命の人を見付けたの!」
「えっ……」
急なお召しに驚いて参上した私は、膝から崩れ落ちた。
私の目の前にいる少女――キルエルト伯爵令嬢ヴァル・サーディバル・リリーメルは、大きな瞳をきらきらと輝かせて、頬を赤らめている。
「ね、アディ! 早速会いに行きましょう」
「ちょっ、姫様!?」
姫様は私の右手をむんずとつかむと、強引に立ち上がらせた。華奢なくせに、運命の人を見付けると「毎回」恐ろしい力を発揮する。自分より五セルも大きい私をぐいぐいと引っ張って、疾走した。なお、「疾走」というのは姫様の主観に寄り添った表現だ。
多分、姫様は今「ツバメのように」城館の廊下を駆け抜けていると思っていることだろう。感じていることだろう。
私には分かる。
「姫様、『今度は』どのような方なのですか?」
「騎士よ! とても美しい顔の若い騎士。まだ叙任されたばかりかな?」
窓から差し込む日光で、姫様の栗色の長い髪が艶やかに輝いている。髪が揺れるたびに、香油の甘い香りがふわりと漂う。昨夜、私が姫様の髪に丁寧に擦り込んだ成果だ。
「止まって!」
玄関広間の手前で姫様が急停止した。私は止まれず姫様の頭に顎をぶつけてしまった。侍女ごときが主の後頭部に一撃食らわすなど許されない暴挙だが、姫様は全く気にしていない。というか気付いてさえいない。男性に目が眩んでいるときの姫様は、他の感覚がとてつもなく鈍るのだ。
こんな鈍感な生き物、自然界では生きていけないだろう。
姫様は膝を少し曲げて、曲がり角から片目だけそっと出して玄関広間をのぞいている。
私も顎をさすりながら、姫様の頭の上から玄関広間をのぞき込んだ。二人で物陰から様子を窺う際の、いつもの姿勢である。
玄関の扉の脇に、見目麗しい青年騎士が立っていた。二人よりは歳上だが、まだ二十歳には達していないように見える。仕事柄、城館を歩き回ることが多い私は、警備役の騎士をあらかた見知っている。だが、彼を見たことはなかった。
最近出仕を始めた騎士なのだろう。
「どう? いい男でしょ!?」
「姫様、その表現は少しお下品では?」
「母上みたいなこと言わないで。それより、どうやってこの熱い想いを伝えたらいいと思う?」
「事を急くと相手を怯えさせることは前回学んだでしょう?」
先月、庭師の筋肉にときめいた姫様は、間髪入れずに庭に飛び出して愛を伝え、相手を大層震え上がらせた。仰天した庭師は道具を放り出して逃げ去り、一人取り残された姫様は首をかしげていた。
無理もない。姫様の父は帝国諸侯のキルエルト伯であり、平民どころか騎士でさえ容易に口を利けない雲の上の存在だ。
おまけに、本人はまるで頓着していないが、姫様は栗色の長い髪と空色の大きな瞳を持つ、目も眩むような美少女なのである。
そんな高貴で美しい姫君が突然「好きです!」などと言って突撃したら、平民は喜ぶ前に恐怖する。一緒に居たというだけで、手討ちにされる理由としては十分なのだ。
「なら、どうしたらいいの?」
姫様は眉をひそめて私の顔を見上げた。
この、無自覚な上目遣いがまた愛らしいのである。
「では、文をお出しになってはいかがでしょうか」
「文?」
「姫様の想いのたけをしたためて、贈るのです」
「それは良い考えね! さあ、早速書きましょう」
姫様は活力の方向性を得て、意気揚々ときびすを返して自室に向かった。無駄に行動力がある姫なのである。
取りあえず、名すら知らない騎士に吶喊して怯えさせることだけは阻止できた。
いい仕事をした。
だが、次の難題が私を待っていた。
「何て書けばいいと思う?」
文机に向かった姫様は、困惑して私を見上げた。
私も恋文など書いたことがないのだから分からない。それから、その愛らしい目で見上げるのはやめてほしい、と思った。
「とにかく、相手の好ましい所を挙げて、好意を持っていると伝えたらよろしいのでは?」
「好ましい所、か」
姫様は腕組みをして、ふむと考え込んだ。
私は姫様にお茶をお出しするため、そっと退室した。
姫様の私室に戻ると、彼女は何やら必死に書き付けている。凄い勢いで筆を走らせている。
恋文とは鬼気迫る勢いで書くものなのだろうか。
何やら、呪符でも書いているかのような雰囲気だ。
私が思い描く、恋する乙女が恥じらいながら、一文字一文字想いを込めてそそとしたためる、という感じでは全くなかった。
一体、どんなことを書いているのだろう……。
私は、姫様の肩越しにのぞき込んだ。
「麗しの君へ。
その切れ長の目が好ましい。
すっと通った鼻筋も良い。
鼻の穴も大き過ぎず小さ過ぎず。
髪の長さも眉毛の形も適度だ。
薄くてちょうど良い大きさの顎も気に入った。
身長も適切である。
手足の長さもよろしい。
きっと骨も美しいのだろう。
肋骨の数も正しいと見た。
内臓もさぞかし見事であろう。
足の裏も整っているに違いない。
私はそれくらいあなたを好いている」
「どう?」と言いながら姫様が鼻から勢いよく息を吹き出した。
「……怖っ!」




