伝承に伝わる生物
まさかのこれは…!
なんだ?
龍? ドラゴン? 獣?
僕の心臓がぎゅんと高鳴る。
目の前の光景に、思わず息を呑む。
もやがかった森の中、木々の間から姿を現したのは、想像を絶する巨体だった。
背中に広がる鱗は黒光りし、鋭い爪が大地を掻き、地面に小さな地震のような衝撃を与えている。
前にも、こんなようなやつ出てきたよな。
こんなやばい奴しかいないのこの森?
僕は、みんなの顔色を伺った。
「嘘でしょ…」
声が震えている。
そりゃ、こうなるか。
ちょっと気まずいな。
僕がセリウスたちを説得して向かわせて、もしここで死んだら…。
いや、それを考えるだけで、背筋に冷たい汗が走った。
そんな気まずさ耐えれない。
「これは、伝承に伝わる龍獣、タラクスだ…」
へ?! 本当にヤバくね。
その瞬間、森の静寂を裂くように、タラクスが低く唸った。
空気が振動し、風が急に止まる。
葉っぱのざわめきも、鳥の鳴き声も消えたような気がした。
「流石にこれは…」
その瞬間、横からさらに強烈な気配が現れた。
「ふふふ、素晴らしい!」
あ! こいつは、最初の方に出て行ったやつだ。
「たまたまここら辺を通りかかったら、凄い気配がするので来てみれば」
「龍獣がいたとは」
うわー、めんどくさ…。
今から、僕が陰ながらアシストして、みんなはそれに気づかず、何故か勝てるって感じの展開にするはずだったのに…。
邪魔しやがって…!
「き、君は、スデリコ!」
「久しいね。君たちはなんと言うか、残念な結果になっているようだね」
本当にそうだ。
こいつはなんで無傷なんだよ。
こいつ、僕が思っているより、はるかに強いらしい。
「君たちはさっさと逃げたほうがいいよ」
「おい、急に来てなんだその言い草は!」
おお、久しぶりの元気なカルコスの声だ。
いくらカルコスでも、あの状況じゃ、ほとんど喋らなかったからな。
「カルコス、逃げれるなら逃げたほうがいいと思う」
セリウスは冷静に状況を分析し、カルコスに告げた。
「くっ、そうだな」
「みのる、よろしく」
「うん、任せて。足は速いから」
僕たちはそのまま、スデリコを置いて走り出した。
落ち葉が踏み潰される音が、耳に鋭く響く。
スデリコ、あんな奴に勝てるのか?
それより、最大の問題はあの龍獣よりも、スデリコよりも、なによりイカシスだ。
あいつの力は異常だ。
魔力量だけなら、僕より上。
いや、正確には、上になる時がある。
あいつは、どういうわけか、急に人格が変わったように別人になる。
普段は落ち着いているのに、条件はわからないが、急に変わる。
二重人格ではない。
いや、二重どころじゃない。
最近ではずっと無言だ。
食料が少なくなってから、急に何も喋らなくなった。
まるで死んだように…。
暴れ出したら、僕でも簡単には制御できない。
「ふう、結局逃げてしまったね…」
セリウスは少し悔しそうに言った。
「大丈夫だって、多分スデリコが倒してくれるよ」
「流石に全部独り占めはしないだろうし」
僕は自信なさげに、みんなを励ます。
後ろから、ずっと爆発音のような音が断続的に聞こえる。
「わかんないわよ、あいつなら独り占めもやりかねないわ」
ヒュブリスの声に、怒りと緊張が混ざる。
イロイダは本当に喋らない。
最低限の会話しかしない。
僕とは、最低限の会話すらしない。
そして、そこには、断固たる意思が漂っている。
「あれ、戦闘音が消えたね。終わったのかな!」
セリウスの声には、明らかな喜びが滲む。
「行ってみよ」
僕たちは、静まり返った森の奥へ戻った。
視界に映ったのは、さっきの龍獣と思われる奴の死体。
風が一瞬止まり、森のざわめきも消えた。
落ち葉の香りの中に、血の匂いがかすかに混じる。
次の瞬間、何かが起こりそうな予感が、背中を這うように走った…。




