金をくれ
「え…///、あ、え?」
僕は無言で真剣にヒュブリスを見つめる。
ふざけるでもなく、茶化すでもなく。ただ、静かに。
そうすると、ヒュブリスは顔を真っ赤に染めて、小さく息をのんだ。
「そ、そんな、急に言われてもぉ…」
彼女は視線を定まらせることができないようで、僕の顔をチラチラと見てくる。
その目は、さっきまでの高飛車な態度からは想像できないほど、不安げで揺れていた。
まるでそれは捨てられた子犬のような雰囲気だった。
「……」
僕は何も言わず、その目をじっと見つめ返す。
たぶん、今の僕の表情は、普段のふざけたものじゃない。
あえて言葉を交えないことで、真剣さを表現した。
「そ、それに、さっき嫌だって言ってたし…」
彼女は視線を下げて、自分の指先をつつきながら、もじもじとしている。
風がそっと吹いて、髪が揺れた。
「そんな、大昔の事は忘れたわ!」
「な、なによ、それ…」
ヒュブリスは眉をひそめる。
「とりあえず金貨千枚頂戴?」
僕は目をぱちぱちさせて、子供みたいに甘えるような声を出す。
「やっぱりそれ目当てじゃないのよぉぉぉぉ!!」
ヒュブリスは叫ぶようにそう言って、顔を真っ赤にしながら僕の胸をポカポカ叩いてきた。
痛くない。むしろ、くすぐったいくらいだ。
でもその仕草がなんだか可愛らしくて、つい笑みがこぼれる。
彼女の拳からは怒りよりも照れ隠しの色が強くにじんでいた。
「ばかばか!」
「別になんでもいいじゃん? ヒュブリスは僕のことが好きなんだろ?」
僕が軽口を叩くと、ヒュブリスは一瞬固まって、それから顔を背けた。
「ひどい! それとも、嘘だったの?!」
僕は乙女っぽく、わざと声を高くしてそう言ってみる。
「ち、違うわよ! 私はあなたのことが! その、あの…」
ヒュブリスは頬を赤く染めたまま、まるで恥ずかしさに押し潰されそうな顔で言葉を濁す。
「“好き”もまともに言えないかな?」
からかうように言うと、彼女はムキになって叫んだ。
「う、うっさいわねっ!」
──ん?
当たり前のように進めてたけど、そういえばなんで僕のこと好きなん?
「ねえ、ちなみになんで僕のこと好きなの?」
ふと疑問に思って聞いてみる。
「そ、それは…」
「ひ、秘密よ!」
ヒュブリスはぷいっと顔を背けて、そっぽを向いた。
その首筋から耳まで真っ赤になっているのが横からでも見える。
──なーんだ、つまんないの!
でもその態度、なんかわかりやすくて助かるね。
「ねぇ、そんな顔して秘密って言われてもさぁ、余計に気になるんだけど?」
僕はいたずらっぽく笑いながら、少しだけ顔を近づけた。
「っ……ち、近い!」
ヒュブリスは慌てて一歩下がろうとするが、足元の小石に気づかず、ぐらりとよろける。
「あっ、危──」
反射的に僕は手を伸ばして、彼女の腕を引いた。
ヒュブリスの軽い体が僕の胸にぶつかってきて、距離が一気にゼロになる。
彼女の髪から、ほのかに甘い香りがした。
「……」
「……」
互いに無言のまま、目が合う。
顔が近すぎて、彼女の瞳の奥がよく見える。
「み、みのる……?」
ヒュブリスの声は小さく震えていた。
僕も、内心本当にちょっとだけドキドキしていたけど──
「大丈夫? 怪我してない?」
優しく声をかけると、ヒュブリスは目を見開き、それから小さく頷いた。
「う、うん……ありがとう……」
──見たか!
これが、恋愛アニメを見まくってつけた恋愛術!
いわゆる本物の現実じゃまったく通じない恋愛術も、異世界ならバチバチに刺さるってわけ!
「まあ、もうなんかめんどくさいし、この話はまた今度ね」
僕はわざとあっさりした感じで言って、ヒュブリスからそっと距離を取った。
「え? ま、待ちなさいよ!」
「嫌だね」
「わ、わかったわよ!」
ヒュブリスはそう叫びながら、ちょっと焦った顔で僕の後ろを追いかけてきた。
その足音が、カツカツと乾いた石の上に響いていた。




