悲しみ
僕は一人、木に頭を打ち付けていた。
「うああーー!! あはっ! あははは!」
「……頭、ぐらぐらするなぁ」
視界がぐにゃぐにゃしてきた。死を彷彿とさせる。でも、まだだ。これじゃまだ足りない。
「主人公は! 死にかけると! 覚醒するって決まってるだろうがーー!!」
ガンッ!
骨がきしむような音が、森に響いた。
「うあー!! あぁーっ!」
視界がだんだん赤く染まっていく。けど、不思議とあまり怖くないし、痛くもない。アドレナリンってすごいな。
「……とてもまずいなこれ」
「このままじゃ、普通に……死にそうだ」
そのとき、僕の意識はふっと消えた。
「おい……待ってくれよ……」
「ごめん……みのる……」
「僕はもう、この地獄から、解放されたいんだ……」
「うああーーーっ!!」
「はぁ、はぁ……!」
目を開けたとき、全身が汗でびしょびしょだった。どうやら夢を見ていたらしい。いや、悪夢ってやつか。
けどそれよりも、今――
「……傷が、全部消えてる!?」
さっきまでの痛みが嘘みたいに、体が軽い。どうして? なんでこんなことに?
それに、なぜか気分は最悪だ。なんというか、胸の奥がずっとざわざわしている。
ーー何か、とても大事なことを忘れてしまってる気がする。
じわっと、涙がにじんできた。
僕が泣くなんて、めったにないのに。おじいちゃんが死んだ時だって泣かなかったのに。
でも、今は違った。
心が妙に静かで、落ち着いていて、頭の中もはっきりしている。まるでずっと前からこの時を待っていたかのように。
……まあ、考えても分からない。とりあえず、生きるために動かなければ。
「……ん?」
「これは、一体……」
僕はさっき頭をぶつけていた木を見た。そこには、乾いた血がべったりと残っていた。
でもその血は……おかしい。
まるで、何年も前にそこに流れたような色をしていた。
しかも、草の背丈が高くなっている。木の葉も茂って、全体的に、少しだけ景色が違って見えた。
「……なんでだ?」
僕は確かに、ここで気を失った。せいぜい寝ていても、一日や二日くらいのはず。
水も飲んでないし、空腹もない。不自然だ。
体の傷は全部治ってる。頭も冴えてる。
けど、それよりも――
「なんで、涙が……」
一筋の涙が、勝手にこぼれた。
理由なんて分からない。ただ、胸の奥がずっともやもやしていて、それだけがやけにハッキリしていた。
……世界が、少しだけ変わってる気がした。
僕が寝ている間に、何かがあった――そんな気がしてならなかった。