戦い
僕は学校に向かって歩いていた。
朝の空気は少しひんやりしていて、蝉の声が遠くから響いてくる。
そして――神のいたずらなのか、それとも運命の導きか。
ヒロインちゃんと、ばったり出会った。
ヒロインちゃんは驚いたように立ち止まり、僕を無言で見つめている。
その目は、どこか怯えているようでもあり、安心しているようでもあった。
「よかった……!」
そう言って、彼女は全身の力を抜くようにして、ふらりと倒れ込んできた。
慌てて支えようとする僕に、彼女は震える声で言った。
「あのまま、殺されちゃったのかと思ったよ……」
その言葉のあと、彼女は胸に手を当てて、深く息を吐く。
「殺されないよ。あのあとペルソナとは和解したから、安心して」
「ていうか、名前なんていうの?」
少し落ち着きを取り戻した彼女は、まっすぐ僕を見て名乗った。
「私はイロイダ・ベネッツィア。イロイダって呼んでね」
「いい名前だね」
「僕は夜桜穰。いろいろあったけど、まぁよろしく」
彼女は小さくうなずき、ふと頬を染めて口を開いた。
「あ、あの、昨日はありがとう!」
「あなたは私の命の恩人だわ! よかったら一緒に登校しない?」
「別にいいよ」
完璧に洗脳できてるわ。
一度洗脳しちゃえばもう何も怖くない。
こいつはもう“未知”じゃない。すばらしいね。
そう思いながら、僕はイロイダと並んで学校へと向かった。
だが――。
「わーお……」
「なにこれ……」
目の前に広がっていたのは、あまりにも現実離れした光景だった。
学校が、燃えていた。
煙が空へと立ちのぼり、校舎の一部が崩れている。
まるで戦場のようだ。
――デウス。まあ、僕のことだけど。
この学校がデウスを狙っているってことが、ついに外部に漏れてしまったらしい。
それが信者たちの耳に入ったのだ。
そして今、彼らがこの学校を襲撃している。
教師たちと、信者たちとの戦いが、正門前で繰り広げられていた。
「デウス様を殺すなんて、ふざけたこと言ってんじゃねーぞ!!」
怒声とともに、魔法の閃光が交錯する。
空中では風魔法が渦を巻き、地面は爆発によってえぐられていた。
信者たちは続々と集まっており、その数はすでに1000人を超えている。
対する教師側は、せいぜい30人程度。
だが、信者の中には一般人も混ざっているし、教師たちはこの世界でも有数の実力者揃いだ。
多分。
――これは、ちょっと洒落にならないな。
このままじゃ、僕の“宗教”が本当にやばい宗教扱いされるぞ。
しかたない。
ちょっと、動くか。
「ごめん、ちょっと逃げるわ!!」
「へっ?!」
イロイダが驚く間もなく、僕は走り出した。
彼女を撒いてそのままスピードを上げ、ダッシュで家に戻る。
「お! あったあった」
仮面を手に取った僕は、満足げに笑った。
デウス様のときは、いつもこの仮面をかぶるって決めてるからね。
これがなきゃ始まらない。
すぐに浮遊魔法を展開し、再び空を駆けて学校へ向かった。
2
僕が空から戻った頃には、信者の数はさらに増えていた。
ざっと見ただけでも、1500人はいる。
空から見下ろすその光景は――まさに人がゴミのようだ。
なんかの映画みたいだな。
ふー……始めるか。
「――静まれ!!」
その一言が空に響いた。
魔力を込めた声が、戦場の喧騒を切り裂く。
「あ、あれは……!」
「デウス様!?」
「デウス様が…! デウス様が自ら敵を倒しに来たんだ!!」
ざわめきが広がる。
信者たちは戦いの手を止め、空を見上げて声を上げる。
僕はゆっくりと高度を下げながら、冷たい声で告げた。
「――静まれと言ったはずだが?」
「ひ、ひぃっ! す、すいません!!」
「お前ら全員、今すぐ家に帰れ!!」
信者たちは顔を見合わせ、困惑の色を浮かべている。
「で、ですが……」
「お前らの助けなんか、求めてない!!」
「こんな学校なんて、僕はどうでもいい!」
「それに……僕のことより、自分の家族や幸せのことを気にしろ!」
僕は一気に言葉をぶつける。
「ここで騒げば騒ぐほど、ただの迷惑になる!」
「僕を守りたいなら、幹部にでもなれ。お前らみたいな半端者に、僕を守る資格はない!」
「……わかったら帰れ。まだやるっていうなら、容赦はしない」
沈黙。
数秒後、信者たちは諦めたように、帰路につきはじめた。
地響きのような足音を残しながら、戦場だった場所から人が消えていく。
――ふぅ、疲れた。
とりあえず騒ぎは収まったみたいだ。
イロイダのところに戻ると、彼女は目を輝かせて駆け寄ってきた。
「騒動、おさまったみたいだね?」
「あれ? みのるくん?」
「ていうか、さっきの見た!?」
彼女は勢いよく僕の腕を掴む。
「デウス様、めちゃくちゃかっこよかった!!」
「怒ってたのに、私たちの幸せのことをちゃんと気にしてくれてて…!」
「かっこよすぎでしょ!!」
――なんか照れるなぁ。
でも、まぁ。
信者も、ヒロインも、うまく転がってくれてるし。
今日も、世界はちょっとだけ騒がしい。
それが、僕にとっての“普通”になりつつあった。




