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異世界転移

 僕は夢があった。


 それは言えばくだらないと馬鹿にされるような、変わった夢だった。


 でも、なんて言われようとも僕にとってはそれが一番大切だった。


 誰しも一度くらいは魔法が使いたい、転生してみたいと思ったことはあるはずだ。


 僕は魔法が使いたいし転生もしてみたい。


 それが僕の夢ってやつで非現実的な怠惰な夢だ。


 魔法が使いたいと言うか、アニメの、物語の主人公ってやつになりたいんだ。


 それが夢物語だと言われようと、薄々自分でもそんなこと起きないと、思ってしまったりしても…。


 僕にとってはそれが全てで、歩みを止めることは許されない。


 だから僕は今日も、いつも通り主人公を目指して生活する。


 そうすれば本当の幸せを見つけられるんではないかと、そう願っている。



*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*                         



 僕の名前は夜桜穰よざくら みのる。今日から高校一年生。


 いやー、どれだけこの日を夢見たことか。ついに、高校生だ。 


 ……まぁ、入学式はもう終わったんだけどね。


 小学生のときは、「中学生になったらアニメ的展開が起こるんじゃね!?」とかワクワクしてたけど、結局何も起きずに平凡に卒業。


 なんの波乱も起きなかった。友達はちょっと増えたけど、それだけ。 


 でも、今は違う。


 中学ではいろいろ努力した。読書、筋トレ、そして喋りの練習まで。ちょっとやばい方向に進んでる自覚はあるけど、僕は“主人公”になりたかったんだ。


 だから今の僕は、中学の頃よりずっと主人公っぽいやつになっているはずだ。 


 高校でも何も起こらない、なんて夢のないことは無いはずだ! 


 これはもう、絶対になにか起こる。絶対に。


 僕はそう思いながら、制服の襟を直し、朝日を反射するアスファルトの道を歩いていた。


 春の風は少しだけ冷たくて、でも鼻に届く花の匂いが気持ちよかった。


 そう思ってルンルンで歩いていると、後ろから声をかけられた。 


「あれ、もしかして君も一年生?」 


 女の子の声。軽やかで、少しだけ不安が混じったようなトーン。


 僕は思わず足を止め、振り返った。


 ヒロイン登場だ……! 食パンを咥えているわけではないが、これはヒロインだと脳みそが告げている。


「そ、そうですよ」 


 うっかり声が裏返りそうになるのを堪えながら返す。


「よかったー、私も一年生。同じ高校に来る友達いなくてさぁ。心細かったんだ。よかったら、一緒に登校しない?」 


「あ、ああ……まぁ、別にいいですけど……」 


 そう。僕はインキャなのだ。


 あれこれ特訓はしてきたけど、やっぱり人と話すのは苦手だ。


 三日くらい一緒にいれば慣れてくるんだけど、初対面はもうダメ。未知の存在にはやっぱり恐怖を感じる。


 ……でも今日は違う。今日の僕は、ちゃんと返事ができた。 


 二人で並んで歩く。


 会話は途切れがちで、たまに気まずい沈黙が流れるけど、なんて言うか「一緒にいる空気」ってやつは保てた。


 ……まあ、未来の嫁候補だから話せないと困るんだけど。

 

「やっと学校着いたね」


「そうだね」


 校舎に入ると、新品の空気と、少しだけワックスの匂いが混じった独特な香りが鼻に入ってきた。


 なんとなく、ここが物語の始まりにふさわしい場所に思えた。


 席に着くと、隣はさっきの彼女だった。


 さすがヒロイン。


 でも僕はそこまで驚かない。これはただのシナリオ通りな展開だ。


 その後は校内を回ったり、校則の説明を聞いたり、自己紹介をしたり。


 自己紹介では声が震えて噛んだけど、まぁ、無事に済んだ。


 そして昼休み。


 チャイムが鳴った瞬間、教室の床に青色の魔方陣のようなものが浮かび上がった。

 

 ……嘘だろ? まさかのそっち系かよ!!


「……っ!」


 目を見開く。全身の毛が逆立つような、何かが始まる気配。


 魔方陣からは、青い光がゆっくりと広がっていく。教室全体を包むように、静かに、でも確実に。


 皮膚がビリビリと震えた。視界がぐらぐらと歪んでいく。

 

 でも、なぜか怖くなかった。


 むしろ——自然と、笑みがこぼれた。

                   


*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*



 気づくと、そこは一面の草原だった。風が肌をなでるように吹き、どこまでも青く澄んだ空が広がっている。


 空気が違う。匂いが違う。感触が違う。ここは本当に、前の世界じゃない。


 僕は、嬉しさのあまり一人で走り出していた。


「よっっしゃぁーー!!」


 我を忘れて、とにかく叫んだ。


 興奮で胸が苦しい。ついに、ついに来たんだ。僕の求めていた世界。いや、物語!


 周囲ではクラスメートたちが口を開けて呆然としている。だけど僕は、そんなの全く気にしていない。


 なんかヒロインちゃんがこっち見てた気もするけど――いや、それはどうでもいい!


 僕はその視線すらガン無視して、草原を駆けた。


「自由! 自由だ! 自由すぎてとても楽しい!」


 子供のように、何も考えずに走る。心がふわっと軽くなった。足元の草の感触も心地よくて、風の音すら祝福に聞こえる。


 しばらくして、僕は草原の真ん中でばたりと寝転んだ。


 青空が目に染みる。眩しい。まるで未来そのものが広がっているようだった。


「この世界は、美しいな…。目に映る要素全てが、希望に満ちている……」 


 そんな浸ったようなセリフを吐いている僕は、今どんな表情をしているのだろうか。


 鼓動が大きすぎて大地を揺らしているかのように感じた。

 

 風はやさしく吹き、どこか遠くで鳥が鳴いた。心が洗われるようだ。


 これはきっと物語の始まり。そう、僕だけの冒険譚が今、幕を――


「ーーぎゃあぁぁぁー!!」


「って、え?」


 遠くから、何か叫び声が聞こえた。


 僕は嫌な予感がしつつも、のろのろと体を起こし、声のする方へ歩いた。


 そして、見た。


 地面に転がる、何人ものクラスメートの死体。


 その中には、さっき僕に声をかけてくれたヒロインちゃんの姿もあった。


「……」


 一瞬、思考が止まった。


 けれど、不思議と悲しくはなかった。


 ただただ、強烈にひとつの感情が湧き上がった。


 ――これ、僕も危なくね?


 慌てて周りを見ると、ゴブリンが何匹も、武器を持ってこちらを取り囲んでいた。


 日光が閉ざされた。空には雲が現れ、ポツポツと水を垂らしたかと思うと、一気に豪雨に変化した。


 死体がいっぱい。武器持った魔物がこっち見てる。空、真っ黒。


 水を吸った服が、妙に重く感じる。


 あーあ、死んだな。


 でも僕はダサイ死に方はしたくないんだ。だから静かに潔く、綺麗に死のう。



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