異世界転移
僕は夢があった。
それは言えばくだらないと馬鹿にされるような、変わった夢だった。
でも、なんて言われようとも僕にとってはそれが一番大切だった。
誰しも一度くらいは魔法が使いたい、転生してみたいと思ったことはあるはずだ。
僕は魔法が使いたいし転生もしてみたい。
それが僕の夢ってやつで非現実的な怠惰な夢だ。
魔法が使いたいと言うか、アニメの、物語の主人公ってやつになりたいんだ。
それが夢物語だと言われようと、薄々自分でもそんなこと起きないと、思ってしまったりしても…。
僕にとってはそれが全てで、歩みを止めることは許されない。
だから僕は今日も、いつも通り主人公を目指して生活する。
そうすれば本当の幸せを見つけられるんではないかと、そう願っている。
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僕の名前は夜桜穰。今日から高校一年生。
いやー、どれだけこの日を夢見たことか。ついに、高校生だ。
……まぁ、入学式はもう終わったんだけどね。
小学生のときは、「中学生になったらアニメ的展開が起こるんじゃね!?」とかワクワクしてたけど、結局何も起きずに平凡に卒業。
なんの波乱も起きなかった。友達はちょっと増えたけど、それだけ。
でも、今は違う。
中学ではいろいろ努力した。読書、筋トレ、そして喋りの練習まで。ちょっとやばい方向に進んでる自覚はあるけど、僕は“主人公”になりたかったんだ。
だから今の僕は、中学の頃よりずっと主人公っぽいやつになっているはずだ。
高校でも何も起こらない、なんて夢のないことは無いはずだ!
これはもう、絶対になにか起こる。絶対に。
僕はそう思いながら、制服の襟を直し、朝日を反射するアスファルトの道を歩いていた。
春の風は少しだけ冷たくて、でも鼻に届く花の匂いが気持ちよかった。
そう思ってルンルンで歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あれ、もしかして君も一年生?」
女の子の声。軽やかで、少しだけ不安が混じったようなトーン。
僕は思わず足を止め、振り返った。
ヒロイン登場だ……! 食パンを咥えているわけではないが、これはヒロインだと脳みそが告げている。
「そ、そうですよ」
うっかり声が裏返りそうになるのを堪えながら返す。
「よかったー、私も一年生。同じ高校に来る友達いなくてさぁ。心細かったんだ。よかったら、一緒に登校しない?」
「あ、ああ……まぁ、別にいいですけど……」
そう。僕はインキャなのだ。
あれこれ特訓はしてきたけど、やっぱり人と話すのは苦手だ。
三日くらい一緒にいれば慣れてくるんだけど、初対面はもうダメ。未知の存在にはやっぱり恐怖を感じる。
……でも今日は違う。今日の僕は、ちゃんと返事ができた。
二人で並んで歩く。
会話は途切れがちで、たまに気まずい沈黙が流れるけど、なんて言うか「一緒にいる空気」ってやつは保てた。
……まあ、未来の嫁候補だから話せないと困るんだけど。
「やっと学校着いたね」
「そうだね」
校舎に入ると、新品の空気と、少しだけワックスの匂いが混じった独特な香りが鼻に入ってきた。
なんとなく、ここが物語の始まりにふさわしい場所に思えた。
席に着くと、隣はさっきの彼女だった。
さすがヒロイン。
でも僕はそこまで驚かない。これはただのシナリオ通りな展開だ。
その後は校内を回ったり、校則の説明を聞いたり、自己紹介をしたり。
自己紹介では声が震えて噛んだけど、まぁ、無事に済んだ。
そして昼休み。
チャイムが鳴った瞬間、教室の床に青色の魔方陣のようなものが浮かび上がった。
……嘘だろ? まさかのそっち系かよ!!
「……っ!」
目を見開く。全身の毛が逆立つような、何かが始まる気配。
魔方陣からは、青い光がゆっくりと広がっていく。教室全体を包むように、静かに、でも確実に。
皮膚がビリビリと震えた。視界がぐらぐらと歪んでいく。
でも、なぜか怖くなかった。
むしろ——自然と、笑みがこぼれた。
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気づくと、そこは一面の草原だった。風が肌をなでるように吹き、どこまでも青く澄んだ空が広がっている。
空気が違う。匂いが違う。感触が違う。ここは本当に、前の世界じゃない。
僕は、嬉しさのあまり一人で走り出していた。
「よっっしゃぁーー!!」
我を忘れて、とにかく叫んだ。
興奮で胸が苦しい。ついに、ついに来たんだ。僕の求めていた世界。いや、物語!
周囲ではクラスメートたちが口を開けて呆然としている。だけど僕は、そんなの全く気にしていない。
なんかヒロインちゃんがこっち見てた気もするけど――いや、それはどうでもいい!
僕はその視線すらガン無視して、草原を駆けた。
「自由! 自由だ! 自由すぎてとても楽しい!」
子供のように、何も考えずに走る。心がふわっと軽くなった。足元の草の感触も心地よくて、風の音すら祝福に聞こえる。
しばらくして、僕は草原の真ん中でばたりと寝転んだ。
青空が目に染みる。眩しい。まるで未来そのものが広がっているようだった。
「この世界は、美しいな…。目に映る要素全てが、希望に満ちている……」
そんな浸ったようなセリフを吐いている僕は、今どんな表情をしているのだろうか。
鼓動が大きすぎて大地を揺らしているかのように感じた。
風はやさしく吹き、どこか遠くで鳥が鳴いた。心が洗われるようだ。
これはきっと物語の始まり。そう、僕だけの冒険譚が今、幕を――
「ーーぎゃあぁぁぁー!!」
「って、え?」
遠くから、何か叫び声が聞こえた。
僕は嫌な予感がしつつも、のろのろと体を起こし、声のする方へ歩いた。
そして、見た。
地面に転がる、何人ものクラスメートの死体。
その中には、さっき僕に声をかけてくれたヒロインちゃんの姿もあった。
「……」
一瞬、思考が止まった。
けれど、不思議と悲しくはなかった。
ただただ、強烈にひとつの感情が湧き上がった。
――これ、僕も危なくね?
慌てて周りを見ると、ゴブリンが何匹も、武器を持ってこちらを取り囲んでいた。
日光が閉ざされた。空には雲が現れ、ポツポツと水を垂らしたかと思うと、一気に豪雨に変化した。
死体がいっぱい。武器持った魔物がこっち見てる。空、真っ黒。
水を吸った服が、妙に重く感じる。
あーあ、死んだな。
でも僕はダサイ死に方はしたくないんだ。だから静かに潔く、綺麗に死のう。




