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異世界転移

僕はとても感激した。とても気分が高揚した。


ずっと求めていたものが、ついに手に入った。


これでついに、幸せになれる。


                         2


僕の名前は夜桜穰よざくら みのる。今日から高校一年生。


いやー、どれだけこの日を夢見たことか。ついに、高校生だ。 


……まぁ、入学式はもう終わったんだけどね。


小学生のときは、「中学生になったらアニメ的展開が起こるんじゃね!?」とかワクワクしてたけど、結局何も起きずに平凡に卒業。


なんの波乱も起きなかった。友達はちょっと増えたけど、それだけ。 


でも、今は違う。


中学ではいろいろ努力した。読書、筋トレ、そして喋りの練習まで。ちょっとやばい方向に進んでる自覚はあるけど、僕は“主人公”になりたかったんだ。


だから今の僕は、中学の頃よりずっと主人公っぽいやつになっているはずだ。 


高校では何もしない、なんて夢のないことは無いはずだ! 


これはもう、絶対になにか起こる。絶対に。


僕はそう思いながら、制服の襟を直し、朝日を反射するアスファルトの道を歩いていた。


春の風は少しだけ冷たくて、でも鼻に届く花の匂いが気持ちよかった。


歩くたびに足の裏に感じる地面の感触が、「これから」が始まることを教えてくれる気がした。 


そう思ってルンルンで歩いていると、後ろから声をかけられた。 


「あれ、もしかして君も一年生?」 


女の子の声。軽やかで、少しだけ不安が混じったようなトーン。


僕は思わず足を止め、振り返った。


ヒロイン登場だ……!


早速か!? 激安展開にも程がある!


「そ、そうですよ」 


うっかり声が裏返りそうになるのを堪えながら返す。


「よかったー、私も一年生。同じ高校に来る友達いなくてさぁ。心細かったんだ。よかったら、一緒に登校しない?」 


「あ、ああ……まぁ、別にいいですけど……」 


そう。僕は、コミュ症なのだ!


あれこれ特訓はしてきたけど、やっぱり人と話すのは苦手だ。


三日くらい一緒にいれば慣れてくるんだけど、初対面はもうダメ。未知の存在にはやっぱり恐怖を感じる。


……でも今日は違う。今日の僕は、ちゃんと返事ができた。 


二人で並んで歩く。


会話は途切れがちで、たまに気まずい沈黙が流れるけど、なんて言うか「一緒にいる空気」ってやつは保てた。


……まあ、未来の嫁候補だから話せないと困るんだけど。

 

「やっと学校着いたね」


「そうだね」


校舎に入ると、新品の空気と、少しだけワックスの匂いが混じった独特な香りが鼻に入ってきた。


なんとなく、ここが物語の始まりにふさわしい場所に思えた。


席に着くと、隣はさっきの彼女だった。


さすがヒロイン。


でも僕はそこまで驚かない。これはただのシナリオ通りな展開だ。


その後は校内を回ったり、校則の説明を聞いたり、自己紹介をしたり。


自己紹介では声が震えて噛んだけど、まぁ、無事に済んだ。


そして昼休み。


チャイムが鳴った瞬間、教室の床に青色の魔方陣のようなものが浮かび上がった。


「……っ!」


目を見開く。全身の毛が逆立つような、何かが始まる気配。


魔方陣からは、青い光がゆっくりと広がっていく。教室全体を包むように、静かに、でも確実に。


皮膚がビリビリと震えた。視界がぐらぐらと歪んでいく。


でも、なぜか怖くなかった。


むしろ——自然と、笑みがこぼれた。




                       3




気づくと、そこは一面の草原だった。風が肌をなでるように吹き、どこまでも青く澄んだ空が広がっている。


空気が違う。匂いが違う。感触が違う。ここは本当に、前の世界じゃない。


僕は、嬉しさのあまり一人で走り出していた。


「よっっしゃぁーー!!」


叫んだ。完全に全力で。


興奮で胸が苦しい。ついに、ついに来たんだ。僕の求めていた世界。いや、物語!


周囲ではクラスメートたちが口を開けて呆然としている。だけど僕は、そんなの全く気にしていない。


なんかヒロインちゃんがこっち見てた気もするけど――いや、それはどうでもいい!


僕はその視線すらガン無視して、草原を駆けた。


「自由! 自由だ! 自由すぎてとても楽しい!」


子供のように、何も考えずに走る。心がふわっと軽くなった。足元の草の感触も心地よくて、風の音すら祝福に聞こえる。


しばらくして、僕は草原の真ん中でばたりと寝転んだ。


青空が目に染みる。眩しい。まるで未来そのものが広がっているようだった。


「この世界は、美しいな…」


「希望が、溢れてくる…!」


風はやさしく吹き、どこか遠くで鳥が鳴いた。心が洗われるようだ。


これはきっと物語の始まり。そう、僕だけの冒険譚が今、幕を――


「――って、え?」


遠くから、何か叫び声が聞こえた。


僕はのろのろと体を起こし、声のする方へ歩いた。


そして、見た。


地面に転がる、何人ものクラスメートの死体。


その中には、さっき僕に声をかけてくれたヒロインちゃんの姿もあった。


「……」


一瞬、思考が止まった。


けれど、不思議と悲しくはなかった。


ただただ、強烈にひとつの感情が湧き上がった。


――僕も死ぬかもしれない。これは、まずい。


慌てて周りを見ると、ゴブリンが何匹も、武器を持ってこちらを取り囲んでいた。


空はさっきまでの青空が嘘のように、黒い雲で覆われていた。雷が遠くで鳴っている。


ああ、これはもう絶望ってやつか。


死体がいっぱい。武器持った魔物がこっち見てる。空、真っ黒。


あーあ、死んだな。


でも僕はダサイ死に方はしたくないんだ。だから静かに潔く、死のう。



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