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デルフィン皇子のお誘い




「アノ、休憩しない?」

「デルフィン皇子?」


 いきなり仕事場に顔を出されて驚いた。


 同僚を見ると慌てている。そして行ってこいと身振りで合図された。


「分かりました。お待ちください」


 今見ていた稟議書だけ仕上げてしまおう。


 数値の間違いが2か所。字の間違いが3つあった。差し戻しね。


 休憩所に出るともうデルフィン皇子が席を確保して手を挙げていた。


「お待たせしました」

「紅茶でいいんだよね?」

「皇子の手を煩わせるなんて申し訳ありません」

「いや、誘ったのはこっちだしね」


 確かにそうなのだけれど、さすがに恐縮してしまうわ。


「仕事場に顔を出されたのは初めてなので驚きました」

「そうだね。まあ、私もブルーも外から中の様子はしょっちゅう見ていたんだけれどね」

「え?」

「特にブルーはね」

「そうなのですか?仕事に集中していると外の様子など気が付かないので」

「そうだろうね。特にアノの集中力はすごいってブルーも言ってたし」


 なんだ、それ。


「ひょっとして才女と思ってるのはブルー様本人ですか?」

「ああ、あの噂ね。噂ってなかなか本人の耳に入らないものだからねえ」

「どこの誰が言っているんですか、私が才女だとか」

「大勢さ」

「信じられません。儀式でもブルー様は力説されておられましたが」

「ふふふ。やっぱりアノは楽しいね」


 なんだ、それ。


「ところで何か御用ですか?」

「ああ、謝ろうと思って」

「謝る?デルフィン様が私に?」

「そう。ブルーに言われてさ。全部バレてるって」

「あ」

「なんかアノを利用したみたいに思われていたら嫌だなあと思ってね」

「そんなことは思いませんが」

「ごめんね」


挿絵(By みてみん)


 軽くデルフィン皇子が頭を下げた。


「お止めくださいっ」


 思わず大きな声を出してしまった。


 慌てて周囲を確認するが、幸い近くのテーブルには人はいなかった。


「皇子が頭など下げてはいけません」

「でも、誠意は伝わっただろう」

「もう十分です」

「じゃあ、ブルーのことも」

「はい?」

「ブルーのことも頼むよ」

「頼む?何をです?」


 がっくりとデルフィン皇子が肩を落とした。


「婚約の件に決まっているじゃないか」

「それは、その、さすがに簡単には理解できなくて」

「一目惚れの話?」

「ええ、ブルー様とたくさんの会話をしたわけでもありませんし」


 貴族同士の結婚では相手の顔すら知らずに結婚の約束がされることがあるのは理解している。


 実際私の前回の婚姻も、相手のことをよく知っていたわけではない。


 結婚前に何度かお茶をして、いい人だなとは思ったし、商才に溢れる方なのだとは思ったけれど。


「ブルーはね。本当に葛藤していた」


 デルフィン皇子が遠い目をしながら言った。


「葛藤、ですか」

「聞いただろう?アノが結婚してあっという間に未亡人になったことを喜んでしまったこと」

「おっしゃっていましたね」

「彼はその自分の心情に本気で苦しんでいたんだ。アノに話した時にはあっさりと言っていたけれどね」

「そうなのですか」


 デルフィン皇子が深々と頷いた。


 そしてその栗色の髪をくいっと除けた。


「アノの心中を慮ってしばらくは自分からアプローチしないと誓っていたよ。アノの立場もあるしね」

「結婚相手を失ってすぐに乗り換える悪女に見えると?」

「そうそう。聡いねえ」


 デルフィン皇子が微笑んだ。


「だからアノが王宮で事務職に就いたと聞いて、ブルーは大層喜んだよ」

「そうなのですか」

「そう。事務職の部屋は外からも見えるから、アノを見に行けるって。休憩所でたまたま一緒になってお茶をするのはいいよなって言ってて」


 なんだろう。


 あの冷徹な表情からは想像すら出来ない。


「あのつかぬことを聞いても?」

「ん?なんだい?」

「とても失礼なことを聞いても?」

「なんだか怖いな。いいけど」


 私は失礼を承知で聞くことにした。


「デルフィン皇子が女性に興味が無いと言う噂があります。本当ですか?」

「ふふふ。それかあ。どっちだと思う?」

「エイフェ家のイノーエ様と懇意と言う噂も聞いています」

「そうだろうねえ。さあ、どっち?」


 珍しくデルフィン皇子が意地悪だ。


 ならば。


「実は見当はついています」

「え?」

「イノーエ様は侍女と知音です」

「おっとそっちからかあ。と言うことはリットルさんのコネクションかな?」

「そうです。あ、内緒です」

「だから私も女性に興味が無いと?」

「そう考えるのが自然です」

「うーん。どうも性欲というのが無くてね」

「は?」

「人間にはとっても興味がある。でも恋愛というか、そういう感情を女性にも、男性にももてないんだよ」

「そんなことってあるのですか?」

「御覧の通り。でもまあ、立場が立場だから後継ぎは作らないといけないかもしれないけれど、少なくとも王よりも宰相ならばその圧もぐっと弱まるだろう?」


 笑いながらデルフィン皇子が言った。


「だからね。ブルーにも、アノにも、とっても興味をもっている。でもどちらも狙ったりはしないさ」


 安心した。で、いいのかしら。


 私はすっかりぬるくなった紅茶を飲み干した。





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