9.騎士団長ヨーゼフ
「そういえば、イザールはいつ訓練をしているの?」
ある日の午後、私がいつも通り王女として貴族に見られても恥ずかしくない程度の昼食を終えた時。護衛騎士のイザールが手軽さ重視の携帯食を頬張っているのを見て、ふと気になって問うてみた。
この王宮において護衛騎士というのは、任務時間のうちは何よりも護衛対象を優先することになっている。だから少なくとも四交替が一般的だ。しかしイザールは、本人の希望によって四交替のうち二つの区分を一人で受け持っている。
つまりこの男、毎日12時間を私に捧げている。これは普通、有り得ないことなのだ。
形の上ではソニアやリーシェは一生の全てが私のものということになっているけれど、彼女たちには任意で休息を取らせている。ソニアは王女と同じだけ働いて(傍に控えて話し相手をすることを含むなら)同じだけ休んでいるし、リーシェは仕事さえしっかりしていれば私が呼ばない限り時間の使い方は自由。
そんな彼女たちと、無条件に私の護衛として気を張り続ける必要がある護衛騎士は違う。これほど消耗する仕事を長時間やらせては集中力が持たないから、6時間より多くはやらせないのが普通なのだ。前世の故郷より良心的である。
その上、近衛騎士には訓練もある。護衛騎士に課せられる訓練は一日2時間とはいえ、かなり内容が濃いと聞く。まる12時間も護衛をやりながらこなせるとは思えないのだ。
「護衛時間外に行っております。訓練さえなければ、もっと長く殿下の御身をお守りできるのですが……」
イザールはこともなげに答えた。体力お化けなのだろうか。それとも他の護衛ほど私の護衛に集中していないのだろうか。
というか、訓練がなければまだ伸ばすつもりなのか。そこまで来ると正直怖いんだけど。
イザール・ゼラスター。ゼラスター子爵家の三男坊であり、2年前から私専属の護衛騎士を務めている男だ。
彼はまだ19歳。弱冠17歳で王女の護衛に抜擢されているあたり、優秀な青年なのだろう。過去の王国はともかく父は実力主義なところがあるから、娘を護る騎士に力を求めない道理はない。
少し調べてみたところによると、やはり力はあるようだ。個人の護衛にさえこだわらなければ、次期騎士団長の有力候補であるらしい。
とてもそうは思えないのは、彼は私にとっては過剰な忠誠心で主を振り回す駄犬の側面が強いからだろう。
《セイクリッド・サーガ》劇中は今から5年後。その時近衛騎士団は、団長を勇者の護衛に出すことになる。
だがその時、騎士団長にあたる勇者の仲間にも、王都の騎士団長代理にも、イザールの名前はない。
……私の前世の記憶は不完全で、穴が空いたようにどうにも思い出せないことが多くある。どうやらそれに関連しているようで、作中でのイザールの姿を私は記憶していないのだ。
これについては、私はここのところ可能な限りで情報を探っている。しかし知りたいことの要領を得ないこともあって、どうにも糸口が掴めない状態だ。もう、あまり時間がないような気がするのだけど……。
閑話休題。
「ねえ、イザール。もし私が、あなたの訓練を見てみたいと言ったら嫌かしら?」
「! ……いえ。ご覧いただけるのであれば恐悦の至り。このイザール、全力で追加訓練をお見せする所存です」
「……そう。別に追加訓練をしろとは、言っていないけれど」
私は自分の一年の半分を守ってくれている人物のことを知らなすぎるのでは、と思ったのだ。護衛任務中のイザールのことはよく知っているけど、それ以外の場所でどう振る舞っているのかはほとんど知らない。それはよくないだろうと。
……それに、彼のこともうまく思い出せない。それを思い出すことができれば、芋づる式に他のことも思い出せるのでは……とも思っている。
ちなみにイザールは、ものすごく尻尾を振っていた。彼は人間だからもちろんそんなものはないのだが、私には見えるのだ。
他の人は誰もそう思っていないようだけど、私にとってイザールは犬だ。家に帰れば玄関先で飛びついてきて、散歩に出ればはしゃいでリードを引っ張り回すタイプの駄犬だ。しかも物覚えが悪い。そういう子を好む飼い主も世の中にはいたようだけど、私は従順なほうが好きだった。
でもまあ、そんな駄犬イザールを躾けるには、やはり外に出る必要もあるわけで。
「ソニア」
「はい」
「散歩に行きます」
私は手短に伝えると、ソニアは得心顔で頷いた。
私は察しの悪い犬に準備を急かした。
近衛騎士団の詰所は城内にある。
まあ、当然のことだ。彼らは非常時には真っ先に王族のもとへ駆けつけなければならないわけで、拠点を城外に置く理由がない。
私は身分柄、城外に出るには父の許可が必要なのだが、今回の目的地は城壁の内側。気軽に訪れることができるのは嬉しいところだ。
「殿下、いらしていたのですか」
「ごきげんよう、ヨーゼフ様。お邪魔してしまいましたか」
「いえ。うちのボンクラ共は喜んでいますから」
木剣を握って訓練に勤しむ騎士たちを背後に、私を迎えてくれたのは人の良さそうな若い男だった。
彼はヨーゼフ・シュティフター。王城の守備を統括する、この国の近衛騎士団長である。
アズレイア王国では近衛騎士団は軍と別に編成されているが、両者の仲は良好だ。
近衛騎士団は王城内の警備と王族の守護のみに集中するのに対し、王都そのものの守備を含むそれ以外の軍事行動は全て王国軍の管轄だ。この区分がはっきりしているから、この国では両者の喧嘩が起こることがない。
それともうひとつ。アズレイアの近衛騎士は歳を取ると自動的に王国軍へ編入となるのだ。あくまで要人警護が仕事なのだから、体が動かなくなったら本分を果たせないだろう、ということらしい。
そういう事情もあって、王国軍の幹部にも一定の割合で元近衛騎士がいる。騎士団はいわば王国軍の下部組織のようなものだ。
「お前ら、珍しいお方がいらっしゃるだけで現金な! シャルロッテ殿下では物足りないのか!?」
「い、いえ!」
「ふふ、いつも妹がお世話になっているようですね」
「とんでもない。いつも殿下に発破をかけていただいている有様ですよ」
「それならよかった。あの子も好きでの行動が役に立っているのなら喜ぶでしょう」
目に見えて浮き足立った騎士団の皆さんをヨーゼフ様が一喝。素人の私にもわかるくらい露骨に舞い上がっていたから、これはむべなるかな。王族を見て張り切ってくれるのは、近衛騎士としてはいい気概だけどね。
実はこのヨーゼフ様は私にとってよく見知った人物でもある。というのも彼、『セイクリッド・サーガ』では主要人物のひとりだったのだ。
騎士ヨーゼフといえば、『セイサガ』プレイヤーにはお馴染みの兄貴分だ。本編時には妻子がいた彼を案じたアメリアは別の騎士を立てようとしたものの、一番の実力者だった彼は自ら望んで勇者とともに旅立つ。パーティで唯一魔術は使えなかったが、その剣と盾で守りの要として活躍してくれた。
私の知るヨーゼフの為人は、豪胆で仲間思いな兄貴分。ただの一喝であれだけざわめいていた屯所を鎮めてしまうあたり、まだ若い彼だが騎士たちにはよく慕われているようだ。
彼自身にはとても預かり知らぬことだけど、未来を知っている私にとっては信頼のおける人物だ。それこそ、イザールよりも。
「それで、何か御用でしたか?」
「ええ。その……」
さて、本題だ。
嫌いな男と主君が話していて露骨に不機嫌そうな護衛騎士を、私は流し見た。
アメリア「イザール、お座り。待て」
イザール「グルルルル……」
『セイサガ』本編の勇者の仲間、一人目です。わざわざ騎士団長をつけるあたり、その時の王国の本気度がうかがえますね。
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